彼と彼らの日常。13





「おーこないなとこにおったんかぁ」


間の抜けた声は確かに彼の緊張を解きほぐし。


「な、なんでこぎゃんとこにおっとぉぉぉぉぉぉ!!!!!!???」


そして彼を年相応の姿に、してくれた。





第十三話 渡邊オサムの来襲





「…やば、ごっつ緊張してきた…」


あれからあっという間に、文化祭当日になってしまって。その間に皆で買い出しに行ったり台詞の読み合わせをしたりユウジが作ってくれた衣装を着てみたりと…兎に角、色々なことをしたが、その全てがあっという間。
忙しいとか疲れたとか、感じている間もないくらいに、目まぐるしく時間が過ぎ去っていった。

その間、クラスの仕事の手伝いもしなくてはと思っていたが、千歳と忍足、そして財前くんと劇をやると言った途端、目の色を変えた女子が「そんなんえぇから!劇だけに集中してや!」と、背中を押してくれて。どうやらB組とE組でも同じような光景が見られたらしく。小春とユウジも含め、俺たちはそれまでの準備や当日の店番からも、外されて。有り難いことに、劇だけに集中することが出来た。
その間、暇を見つけては小石川も手伝いに来てくれて。舞台枠や練習場の確保にも、力を貸してくれた。本当に、どれだけ感謝しても、し足りないくらいだ。



そしてあと数時間後、いよいよ俺たちが演じる舞台が、幕を開ける。
今日までの一か月と少し、授業以外の時間の殆どを掛けて来た舞台が。




生徒会やら部長やらの仕事で生徒の前に立つことなんて馴れているはずなのに。あと数時間で舞台に立たなくてはならないとなった時、俺は柄にもなく、緊張していた。こんな経験、初めてだ。

緊張でがちがちになっている身体を解すように大きく深呼吸をしてみるが、特に効果もなく。ただ酸素が吸いこまれて二酸化炭素が吐き出される、その感触があるだけ。何度も台本を握り絞めた手を、閉じたり開いたりしてみたが、震えるその手は何かを掴むことは出来ないだろう。思わず、溜息が洩れてしまう。俺ってこんなに、臆病だったのだろうか。


と、背中に小さな衝撃。



「…なに湿気た面しとるんや。らしくないで」



振り返ると財前くんが、背中に頭突きを喰らわしていて。顔を上げるとにやりと、笑った。
そんな小さな仕草だったけれども。俺にとってはとても、大きな意味を持っていて。



「何や白石?緊張しとるんかぁ?まだまだやな!」



その様子を見ていたのであろう、忍足もこちらに近づいてきたかと思うと。先ほど財前くんの頭が当たった辺りを、何度もばしばしと、叩いてきた。その手が声が、小さく震えていたから、きっとこいつも緊張しているのだろうに。それでもいつもと変わらない笑顔を見せる忍足が、何だかめっちゃ凄い奴のように、思えた。


気が付けば身体の震えは止まっていた。開幕は、あと一時間後に迫っていた。





「…あら?千歳くんはどこ行ったん?」

「そういや、さっきからずっと見とらんわな…」



そろそろ舞台袖に移動して準備に取り掛かろうかという時。千歳の姿が見当たらないことにようやく気付く。みんななんだかんだ言って、自分のことでいっぱいいっぱいだったのだ。
小春は小春で、自分の書いた台本が受け入れられるのか。ユウジもユウジで、自分が作った衣装や小道具にどんな評価が下るのか、心配している。平気な顔をしているのは、先ほどから携帯をいじりながらスナック菓子を頬張っている財前くんだけだ。何だかんだ言ってこの子は、結構図太い神経の持ち主なのかもしれない。



「俺、ちょお探して来るわ」

「俺も行く!」



身体の震えは止まったが、まだどこか緊張が抜け切れていない俺が逃げるように教室を飛び出すと、同じように忍足も走り出した。やはりこいつ落ち着かないでいるのだろう。
二人で手分けして探した方が早いと思いながらも、小走りになりながら一緒に、千歳を探す。



「おった!千歳ぇ!何しとんねん!!」


やっと(と言っても、ほんの数分も走っていない)のことで見つけた千歳は、


「……おなか、いたい……」


廊下の隅で小さく、蹲っていた。






「だ、大丈夫か?えらんか?」


普段の半分以下のサイズになっている千歳に、駆け寄る。その顔はすっかり色を失くしていて。額にはうっすらと、汗をかいていて、目は少しうるんでいる。具合が悪いです!と全身で訴えていた。

そんな千歳を立ち上がらせようと手を出すが、無理と言うように首をぶんぶんと振って。ぎゅっと、その巨体をまた小さくしてしまって。
千歳がいないと、あの劇は成り立たない。しかしこんな具合の悪そうな奴を無理矢理引っ張り出しても、結果は見えているし、無理はさせたくない。
さて、どうしたものかと。忍足と顔を見合わせていると。




「おーこないなとこにおったんかぁ。ちっこくなっとったから、どこにおるか分からんかったわ!」



けたけたと笑う声と一緒に、聞いたことのない声がして。その声に俺たちが振り返るよりも早く。速く。




「な、なんでこぎゃんとこにおっとぉぉぉぉぉぉ!!!!!!???」











「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -