彼と彼らの日常。12





帰ってからゆっくりと、台本を読んでみた。
表紙とその裏にある配役とそれぞれの設定だけは、小春の文字で書かれている。その中の一人、蔵という男がどうやら、俺をモチーフにして作られた人物のようで。彼を含めてそれぞれの設定を頭に入れると、ページを捲った。


そこにあったのは、俺が今まで知らなかった世界。
小春なあの時、俺たちなら出来ると言ってくれた。だが俺にこれが出来るのかと、不安に思う。俺のこの世界を、小春が構築した世界を、表現出来るのかと。

だけどその不安の反面でこれをやってみたいと、思って。



―――自分らなら出来る!



小春の声が、蘇る。彼が俺たちをイメージして、作りだした世界。
そうだ、俺は一人じゃない。少なくとも財前くんはやるって(本心からかはわからないが)言っていたじゃないか。

俺は、一人じゃない。友達が…仲間がいる。
それに気付けた俺には、もう不安なんてものはなかった。








「お、白石、はよー」

「あぁ、忍足か……あんなぁ、俺…」




「「劇、やりたいんやけど」」



翌日昇降口で顔を合わせた忍足と。まさか全く同じ台詞を吐くことになるなんて。
思いもしなかったけどな。




「裏切り者!!」

「裏切るもなにも…俺、やらへんとは一言も、言うてへんし」



忍足から了承を得てしまえば、後は千歳だけだ。流石モデルにしているだけのことがあって、あの役は千歳にしか出来ないと、寧ろあの千という男は千歳そのものだと、思うようになってしまって。


「自分がおらんと、劇成り立たへんやないか!」

「そぎゃんこつ、俺が知ったことやなかよ!!」



きーきーと声を荒らげる千歳に、何でそんなに嫌がるんだと聞くと。小さい声で「やって…恥ずかしかよ、劇なんて…」と、消え入りそうな声が返ってきて。俯いてしまった顔は、半分涙目で真っ赤になっていて。
ここまで嫌がっとるんやから…と忍足が間に入ろうとした。しかし俺は、一度やると決めたら、やり通す男だ。



「…千歳、俺んこと陥れようとしたよなぁ?俺、めっちゃ傷ついとんねんでぇ?今でもなぁ、あん時のこと思い出すと、胃が痛うて痛うてなぁ…どう責任、取ってくれるんかなぁ?」



我ながら、すごく嫌なやり方だと思う。現に隣に立つ忍足は最低と顔に書いてあるし。目の前の千歳は金魚みたいに口をぱくぱくさせているし。

だけどさっきも言ったけど、俺は一度やると決めたら、やり通す男だ。例えどんな手を、使っても。


「き、汚い!白石、最低ったい!!」

「何とでも言えや。自分がやったことに比べたら、まだえぇ方やしなぁ?」



そう言ってやると黙り込んでしまった千歳。よし、あと一押しだ。だが決定打となる一言が見つからず。
さてどうしたものかと、未だに信じられないという忍足の視線を無視して考えていると。朝っぱらから誰に貰ったのか。手作りと思われるクッキーを頬張りながらやって来た財前くんがすれ違いざまに一言。



「……写真、ばらまいたろーかなー、どこにばらまこーかなー」



もごもごと口は動かしながらも、しっかりと紡がれた言葉。何のことだと、忍足と二人で首を傾げると。



「〜〜〜っ!やります!やらせていただきます!!」



千歳が吠えた。よくわからないが、結果オーライだろう。
千歳の気が変わらないうちにと、その両腕を片方ずつ忍足としっかりホールドして。そのまま引き摺るように、小春とユウジの元へと連れて行った。後ろにぽてぽてと、財前くんがくっ付いて来るのを確認しながら。



こうして、俺たち四人は文化祭で劇をやることになる。
果たしてそれが吉と出るのか凶と出るのか、まだまだ分からないけれども。
だけどきっと、変わるきっかけは掴めると、思うから。



「小石川!俺らな、文化祭で劇やんねんで!」

「……劇?誰が?」

「俺と忍足と財前くん、それから千歳!小春が台本書いてくれてな、ユウジが衣装とか作ってくれてんねんで!凄いやろ!」


俺は、自分のことでいっぱいいっぱいだった。
ただ自分の目の間に広がって行く世界しか、見えていなかった。



「……そりゃ、楽しみやわな」




知りたいと思った相手が目の前にいたのに。
全くその相手のことを、知ろうとしていなかった。
全くその相手のことを、見ようとしていなかった。





こうして、文化祭の日が近づいていく。












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