彼と彼らの日常。12





「…なぁ、一個提案があるんやけど」


新しい世界を知ることで、俺は変われると信じていた。


「……そりゃ、楽しみやな」


それだけで全てが上手くいくと、信じていた。





第十ニ話 金色小春の提案 





色々あった夏休みも、あっと言う間に終わってしまって。手帳を開けば溢れだす色取り取りの文字たちが、どれだけこの夏休みが充実したものだったかは教えてくれている。

始業式の日、級友たちが夏休み前と変わらない様子で挨拶をしてきてくれて。制服に学生鞄を持った姿でそれに返事をしながら学校へと向かううちに、段々と自分が学生であることを、思い出される。

夏休み中もまぁ、勉強会をしたり図書館へと通ったりと、学生らしいこともしていたが。やはりこうやって制服に身を包み学校に来ると、どこか気分が違ってくるものだ。



そんな風に、新学期が始まって。新学期明け早々の実力テストやら委員会決めやらが終わって。帰りのHRで、クラス委員長である小石川の口から出た一言。


「えっと、今週中に文化祭でやるクラスの出しモン決めなアカンもんで。明日の朝のHRで希望とか取るから。何かやりたいもん、考えといてや」


文化祭。
学校にはそんな行事があることを。俺はすっかり、忘れていた。





「ふ〜ん。小春たちんクラスは、たこ焼き屋やるんや」

「そうやで〜まぁ、定番っちゅーたら定番やけどね。蔵リンたちんところは?」

「俺らも無難に喫茶店。ミックスジュースが売りなんやで!て、女子が騒いどったわ」



数日後の昼休み。
天気がいいからと屋上に集まって食べる昼食。IHが終わったというのに小石川は、部活の集まりで不在だが。千歳が加わったメンバーは円になり、すっかり平らげた弁当を隅に寄せると、来月中旬に開催される文化祭の話題に花を咲かせた。

HRでは色々な意見が飛び出したが、やはり実現性があるもの・自分達の負担が少なく利益が上がるもの、という理由で俺たちA組は喫茶店を行うことになり。そうなると提案者を中心に主に女子たちがメニューやら制服やらについて、積極的に話はじめて。どうやら俺や千歳は、準備や当日の手伝いをするだけでいいようだ。せっかくだから、もっと関わりを持ちたいと思うのだが。そう簡単には行かないようで。「白石君や千歳君は、当日客寄せしてくれれば十分や」と言われてしまったら、それ以上は何も言えずに。時折「テーブルクロスの色は何がいい?」などという、質問に応えるだけの状況だ。委員長の小石川は予算やら衛生面やらで、もっと相談受けているみたいだが。


「謙也クンは、何やるん?甘味処、やらんの?」


弁当だけでは足りないのか。スナック菓子を頬張りながら財前くんが忍足に声を掛ける。そう言えばこの中で、同じクラスの人間がいないのは忍足だけだ。


「あぁ…うちか?うちはなぁ、忍足謙也ディナーショーや!」

「「「はぁ?」」」



自信満々、といった風に忍足が放った言葉に、一同思わず目を丸くしてしまう。
ディナーショー?ディナーショーってアレか?よく演歌歌手とかがホテルとかでやっている、アレか?どこからツッ込んでいいものかと、千歳たちと目を見合わせていると。


「…やったんやけど、生徒会の方で高校生らしゅうないとか、どこが文化なんやとか、言われてもうて…」

「そりゃ、生徒会が正しいわな」


至極残念そうな声で嘆く忍足の姿に、ユウジの冷静な一言に。皆声を出して笑った。すっかり秋色になった空に、笑い声が響いた。



「で、結局は何やるん?」

「あーなんやっけ。取り敢えず、食いモン系やったと思うで?」

「思うて…えぇ加減やなぁ、自分…」

「しゃーないやん。ディナーショーやないんやったら、俺に出来ることなん、限られとるし」


じゅうっと音を立てて、紙パックのジュースを飲みながら愚痴を零す忍足に、何だか自分の置かれている状況に似ているなぁ、なんて思って。そう言えば小春たちは何をするのだろうか?たこ焼き屋だったら、当日に販売するくらいしか、大きな準備もないだろうに。


「…なんや、皆あんまり、活躍せぇへんのやな。小石川以外」


だから思ったまんまのことを、口にしてしまった。


これが中学の頃だったら。クラス委員長とかやっていた頃だったら。問答無用で色々な役職に借り出されていただろうに。今の俺はその他大勢と同じか、それ以下の働きしか、出来そうにない。
変わらなければと、思ったばかりなのに。結局何も、出来ないでいる。





「…なぁ、一個提案があるんやけど」


俺の一言に、すっかり黙り込んでしまった空気を打ち砕くように、小春が口を開く。
そこから飛び出したのは、ここにいる誰もが思いもよらなかった…否、共犯者であるユウジと財前くんはある程度、予想出来ていたのだろう、内容で。


「蔵リン・光・謙也クンに千歳くん、このメンバーで劇やったら、おもろいと思わへん?…実は夏休みん間に、自分らをモデルにした劇台本、書いたんやよね…」

「実はそれを聞いて、自分ら様に衣装、作ってる最中なんやよなぁ…」

「皆きっと忙しい思うて、絶対無理やと思っとたんやけど…暇やったら、やってもえぇわよねぇ?」



はい、これ台本!
笑顔と共に渡されたのは、B5サイズの冊子。ページ数は100くらいか。ぱらぱらとめくってみると、びっしりと活字が並んでいる。

ほい、これ衣装案!
はにかむような笑顔で渡されたのは、A3サイズの紙が何枚か。そこには布地や細かいディティールまで描きこまれたデッサンが何点か、描かれていて。


「自分らなら出来る!ってことで返事は、はいかYesやで!」

「ちょっと待っと!何?その横暴!?まだ俺ら、やるなんて一言も、言うてなかよ!!」


呆然としている俺と忍足を余所に、千歳がツッ込んだ。そう言えばこいつがツッ込む姿を見たのは、初めてかもしれない。自分よりも頭一個は大きい千歳に食いつかれている小春は、そんなもの屁にも思わないといった表情で。



「あらん?光はやるて、言うとるで?なぁ、光?」

「んー小春ちゃんと、ユウ君の、言う通りにすんで」


ささっと財前くんに菓子を渡すと、再び良い笑顔をするのだった。
その菓子を受け取り早速中身を頬張ると、もごもごと口を動かしてから。財前くんは小春の言葉に、同意を示した。その応えにえぇ子!と頭を撫でながら、小春はまたどこから取りだしたのか、スナック菓子を財前くんに与えていた。完全に、買収されている。
俺だけではない、忍足と千歳もそう思ったに違いない。

喋り終わるとまた菓子を頬張って、自分らもやれやーとすごんで来ても。小さい口いっぱいに菓子を詰めてもごもごやっていたら、ちっとも怖くないしちっとも説得力がない。まずはその口の中のモン、片せやと、忍足が言ってしまったことにも頷ける。


「…まぁ、急に言われても迷惑やろうし。考えるだけ、考えてもろうてもえぇかな?」


すっかり黙り込んでしまった俺たちに助け船を出すようにと、ユウジが柔らかい口調で言ったのと同時に、チャイムが鳴って。弁当やらゴミやらを片付けると俺たちは、屋上を後にした。



その手にはしっかりと、小春とユウジから渡された台本と設定画を持って。











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