彼と彼らの日常。11 何と言うか。久しぶりに会った白石は、白石のままだった。 表情はくるくるとよく変わるし。歯に衣着せずに言いたいことは言ってくる。俺がIHで準優勝したと告げた時も、目を大きく見開き思考を整理すると、全身でその感情を表すかのように立ち上がると、何のためらいもなく俺の両手を、ぎゅっと握りしめた。 こういうことが簡単に出来てしまう。それが白石だ。それが、白石なのだ。 だが、変わったと思う部分もある。例えば彼の口から飛び出してくる名前。 四月、お互いに本音を話すようになったばかりの頃は家族のものばかりだったそれが、今では忍足や小春、果てには千歳や財前の親父さんの名前までもが飛び出してくる。その全ての名前を彼は大事そうに、その口から紡ぎだす。 きっとその時に自分がどれだけ嬉しそうな顔をしているかなんて、気付いていないのだろうけれども。 それは出会って間もない頃、まだ彼の世界に俺だけしかいなかった頃とは、全く違う姿。 その姿が嫌だとは思わない、寧ろ白石が自然に過ごせるようになったこと、白石が色々な表情を引き出せるようになったことは、いいことだと思うし。そんな彼を見ることは、俺としても楽しいし。 ただその様子を俺が見ていられなかったことが、残念なだけで。 白石が忍足たちと出掛けたり、財前の家族と関わったりしている中、俺は遠く離れた場所にいた。全ては事後報告で済まされて。その間に一度でも俺のことを頼ってくれればと、思ってしまったりして。 あぁ、完全な嫉妬だ、これは。 最初は俺だけが知っていた白石の姿を、他の人間が知ってしまったことへの。 そして白石だけが俺を置いてどんどんと、変りつつあることへの。 最初は二人だけだった狭くて小さい世界が、どんどんと大きくなっていく。 それはいいことであるはずなのに。それを彼は望んでいるはずなのに。 それを俺は、いいことだとは思えずに。 このまま小さな世界にいたいと、このまま変わらずにいたいと、思ってしまっている。 そんなこと、不可能なのに。 そんなことを、望んでしまっている。 そんなことを望んでしまっている俺に気付いたとき、彼がどんな顔をするかなんて。 わかりきって、いるのに。 そんなことを彼が望まないってことくらい、わかっているのに。 それでも望むことを止められない。 こんな醜い感情、知られてはいけないのに。 握りしめられた手は、俺のものとは違ってペンダコが目立って、俺のものよりも細く小さくて。 そしてとても暖かかった。 *** 思わず握ってしまった手を、少し名残惜しいなどと思いながらも離して。それからまた座ると、他愛のない話で盛り上がって。それはまるで夏休み前、休み時間に交わす会話のようだった。 ただ違うことは、場所だけではない。 目の前にいる人物…小石川が俺の知らないところで、大きく変わってしまっている、とうこと。 否、変わってしまった、ではないか。元々小石川は俺よりも出来ていたし。そう言えば剣道だって、家の人の影響だかで小学校の頃から続けていたって、前に言っていたし。 ただ俺が、知らなかっただけだ。俺が知ろうとしなかっただけだ。 小石川はずっと傍に、いたっていうのに。 彼は勉強が出来ることも、女子たちからキャーキャー騒がれる部類の顔立ちをしていることも、よく告白されていることも知っていた。だって俺はその場にいたから。その場を見ているから。 しかし一方で、剣道部に所属していることは知っていても、彼が一年生ながらレギュラーであって、しかも全国二位の腕前を持つ実力者であることも、知らなくて。そう言えば小石川の家族構成も、どこに住んでいるのかも、俺は知らない。 それは俺が見ることがない部分は、知ろうとしなかったから。 この時俺ははじめて、小石川のことを、もっと知りたいと思った。 そして本当の小石川に近づきたいと。そんな小石川と一緒にいても恥ずかしくないと思える自分になりたいと。思った。 「ほな、またな」 「ん。今度は明々後日の海やで!遅刻すんなや」 「わーっとるって。楽しみにしとんで」 喫茶店で何時間も話して(流石に飲み物一杯じゃ悪いと思って、そこで昼食を摂った)、その後一緒に本屋やCDショップなどに行って(そこで俺はまた少し、小石川を知れた気がした)。別れる時はまた、いつもの通り。大きく手を振る俺に対して、穏やかに微笑む小石川。ここだけ見たのならば、ちっとも変わらない。 だが、変わらなくてはならない。 俺だって小石川に、皆に追いつけるように。皆のように誇れることが持てるように。彼らと並んでも恥じることがないように。彼らに胸を張って友達だと、言ってもらえるように。 その為にもまず、俺に出来ることを考えよう。そしてそれを、はじめてみよう。 はじめなくては失敗も成功も、産まれやしないんだから。 この時俺は、自分が変われば全てが上手くいくって信じていた。 俺だけが変われば、全てが上手くいくんだって。疑っていなかった。 それが思い違いだって気付かずに。 ただただ待ちかまえているであろう未来に、夢を馳せていた。 → |