彼と彼らの日常。11




「久しぶりやな、白石」


その言葉通りに、久しぶりに見た彼の姿は変わらなかったのに。


「楽しみにしとんで」


お互いに変わってしまっていたなんて。ね。





第十一話 小石川健二郎の帰還





今年の夏はオーバーワークだ。絶対そうだ。


そう思いながら手帳を開くと、そこに溢れるのは沢山の予定とそれから思い出される記憶たち。
去年までの手帳の八月のページは確か、家族で出掛けるだの、この日までにこの宿題をやってしまうだの、そんなことばかりが黒一色で書かれていたのに。今年の手帳、開かれたページには色とりどりの筆跡の違う文字。その全てが全て、俺にとっては大切なもの。

夏休み早々に財前くんの親父さんの再婚事件があったが、それが俺の与り知らぬ所で解決してしまうと(そのことにものすごく無力感があったが、財前くんから小さな声でだが、色々とおおきにって言われたので、よしとした)、あとはただ立てられた計画をどう楽しむのか、それだけに俺たちの意識は集中して。

祭りにも行った、海にも山にも行った(小春が絶対に日焼けしないと意気込むのとは反対に、忍足は馬鹿みたいに日焼けしていた)。カラオケにも行ったし(千歳がじぶりしか唄えないと分かったときの財前くんの表情が忘れられない)買い物にも行った(ユウジがメートル単位で布を購入する様に呆気にとられてしまったのは秘密)。俺にとって初めてのことが連続だった夏が、ただ駆け足に通り抜けて行って。



「…もう、明日やん」



余りの目まぐるしさにとても大事な日を忘れていたなんて。我ながら呆れてしまう。
明日の日付につけられた、大きな赤丸。そして書きこまれた黒い文字。



小石川、帰還。



たったそれだけ。このカラフルなページから見れば浮いているように見えるその文字は、俺が書きこんだもの。


明日、小石川が帰って来る。
俺たちの街に、帰って来る。






「久しぶりやな、白石」

「おー小石川ぁ!元気やったか?」


結局。
何やら用事が立て込んでいたらしい小石川と顔を合わせることが出来たのは、彼が大阪に戻ってから3日後のこと。学校の傍にある喫茶店で一人、あいつを待つ俺。またしても楽しみ過ぎて約束の時間より15分も速く着いてしまったことは、ここだけの話。
しかし小石川は約束よりも5分は早く来てくれて。散々勿体ぶってから注文したアイスティーは、まだテーブルに届いていない。


「…今日はジャージやないんやな」


夏らしいシンプルな色合いのシャツにジーパン姿といった小石川が俺の目の前の椅子に座ろうと、それを引きながら出した言葉。その一言に四月、彼とこんなに近付くきっかけとなった事件を思い出して。
せっかく「合宿お疲れ」とか「IHどうやったん?」とか。聞こうと思っていた言葉が全部頭から綺麗さっぱり飛び去ってしまって。


「てぇ!まだその話引き摺るんかい!!」


立ちあがると思いきり、ツッコミを入れてしまった。
まぁ、仕方ない。俺は悪くない。静かな喫茶店であるために周りの目も痛かったが、気にしたらだめだ、うん。

で。立ちあがってみて彼の傍に立ってみて。その時になって、初めて気が付いたことが一つ。



「…なぁ小石川。自分、背ぇ伸びたんとちゃうん?」



夏休み前、最後に並んだ時には同じ高さにあったはずの目線が、高い所にある。高い所と言っても、千歳程離れているわけではないのだが。そこまで高くはなっていないのだが。


「あぁ…なんやもう伸びんと思うとったんやけど…夏休みの間に、8cm伸びた」

「ホンマに!?俺なん、中2ん頃から3cmしか伸びとらんのに!?」


リアルに数字を言われてしまうと、広がってしまった彼との差を実感する。俺が皆と遊んでいる間に、彼はまた、成長してしまったのだということを。まざまざと、見せつけられた気がした。

そんな俺の考えに気が付いたのか。ゆっくりと腰を下ろすと小石川は「夏休み、楽しかったんやろ?」と、ちっとも変わらない笑顔をよこした。そんな彼にまた、自分の小ささというか幼さというか…兎に角、まだ俺は小石川に気を遣わせてしまっていることを、実感した。






「はぁ?準優勝?って、全国で二位っちゅーことやんな?」

「まぁ…そうなるわな」

「すごいやん小石川!おめでとう!!」



俺のアイスティーが届いた時に小石川が注文したホットコーヒーが届いてから。まずは俺から夏休みにあったことを話して。千歳と友達になったと言った時は面白いほどに目を見開いて。そして財前くんちの再婚騒動の顛末を話し始めると険しい表情を見せて、だけど最後にはよかったって、微笑んだ。そんな彼を見て俺も、笑った。

それから小石川に、IHの結果や合宿での出来事などを聞くと。飛び出したのはIHで準優勝したということ。準優勝、その三文字が頭に飛び込んできた瞬間、俺は思わずまた立ち上がってしまって。自分のことのように…否、それ以上に嬉しく思って、喜んでしまって。

珍しく照れくさそうな顔をした小石川の両手を取ると、思いきり握り締めた。その手は竹刀ダコが出来ているのであろう、自分のものとは違いごつごつとしていて。それだけで彼がどれだけ真剣に剣道と向き合ってきたのかが、剣道に打ち込んできたのかが、良く分かった。その手は去年、必死になってラケットを握り続けていた自分の手と、どこか似ていた。


今の自分が嫌いなわけではない。寧ろあの頃の自分よりも自由に過ごしているし、世界が広がったと思っている。
でも、小石川や小春たちの話を聞いていると、これでいいのかとも、思ってしまう。
このままでいいのかって、思ってしまう。


俺も何かしなくてはという、妙な焦燥感が生まて。それは今日小石川に会うことによって、より大きくなっていた。












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