彼と彼らの日常。10




「坊主とちゃうわ!」



そう言った相手は、自分よりもちっこくて。だからやっぱりワイにっては坊主でしかなくて。


「自分、めっちゃ失礼なやっちゃな!親の顔が見てみたいわ!」



小さな身体を怒りで震わせるその姿。何だか初めて会ったなんて思えなかった。





第十話 遠山金太郎の正解




「ほなまたなー」

「おん!また明日!」



今日も大好きなテニスをして、いっぱい汗かいて。部室に備え付けられているシャワーで簡単に汗は流したが、こんなカンカン照りのお天道様の下を歩いて帰っていれば、また汗が出る。帰ったらもう一回シャワー浴びて、それから冷蔵庫の中に入っているはずのアイスを食べて…
そう考えていると、練習で疲れきっているはずの身体も、軽いもので。小走りになりながら、家路を急ぐ。


「…っめろや!俺、そないな趣味あらへん!」

「そ、そんなこと言わんで…な?お小遣いあげるから…」

「いーらーん!!」



と。耳に届いた鋭い声。それを宥めるような何となく、ねちっこくって厭らしい声。家に向かって一直線だった足を止めて方向転換。声のした方へと走り出す。

辿り着いたのは表通りから少し入った狭い路地。そこにはちっこい坊主と、その腕をしっかり握って下卑た表情を浮かべたオッサンがいた。


これって、ひょっとしなくても。




「あー!!犯罪者や!!おまわりさーん!!ここに犯罪者がおるでーーー!!!」



思った通りのことを、叫ぶ。叫んだつもりはなかったんだが、どうやら自分は地声が大きいらしく。自然と叫ぶくらいの大きなものになってしまう。その声は表通りまできっと届いていて。そしてにまにまと不快な笑みを浮かべていたオッサンの耳にも、届いていたようで。


「こ、今度!今度おっちゃんと、えぇことしような!」

「誰がすっかダボ!」


坊主の威勢いい声と、そのちっこい身体に見合わない跳躍力での蹴りは見事、犯罪者(未遂)の背中に決まり。オッサンは言葉の通り逃げるように、その場を後にした。



「大丈夫やったか?坊主」



はぁはぁと、怒りの為か肩で息をしている坊主の方へと歩みよる。近付いて見ると、尚更その小ささが際立つ。
自分もあまり背は高いほうじゃないが(これから伸びる、伸びるに決まっている)、そんな自分よりも小さいのだから、中学生くらいだろうか。目深に被られていた帽子によって良くは見えなかったが、成程変なオッサンに絡まれるわけだ。なんというか可愛らしい顔立ちをしている。未だ上下に揺れているその小さい肩へと、何の気なしに手を置こうとした。が。



「坊主ちゃうわボケ!」



オッサンに向けたのと同じトーンの怒声と共に、その手は振り払われた。キッと下から睨むように向けられた視線は、とても鋭くて。
可愛らしいの部類に入るであろうその外見とのギャップに、思わず言葉を失う。

振り払われたことによって行き場をなくした手を浮かせたまま「やって坊主やん。それとも嬢ちゃんやったんか?そりゃ堪忍な!」と、その外見から導き出された結論をそのまま口にしてパチンと手を合わせる。本当にそうだとしたら、申し訳ないと思ったから。だがそれは、どうやら正答ではなかったようで。


「自分、めっちゃ失礼なやっちゃな!親の顔が見てみたいわ!」


忌々しそうな舌打ちというオプションが付いた怒鳴り声を置き。その坊主(多分)はくるりと踵を返すと、何やらぶつぶつ言いながらすたすたと、歩き去ってしまった。小さいその背中を、思いきり伸ばしながら。その姿は虚勢を張っているようで。大きく見えるのに、実際の大きさよりも小さく感じられた。






***






「信じられへん!あんだけ再婚再婚言うとったんに、まだ相手んところのガキに会うてなかったん!?」

「や、やってしゃーないやろ?光んことをどう説得するんかが、大切だったっちゅーか…せやから今日、4人で飯食おうっちゅーことになったんやし…」


することもなかったので適当に街をぶらついていたら、変なオッサンに声を掛けられた。それだけでも十分腹が立つのに。その上知らないガキに坊主呼ばわりされた。すごく、腹が立つ。
そんなムシャクシャした気持ちを抱えたまま家に帰ったら、オトンがめっちゃいい笑顔で「これから新しい家族で、飯食べ行こう」なんて言って。嘘でも一度容認してしまった関係に対して今更、とやかく言うことも出来ないし。渋々と、用意されていた小奇麗な服を着せられて連れて行かれたのはどっかのホテルのレストラン。いかにもーって感じの場所。着いてみるとあのオンナはいたけど、そのガキはいなくて。どうやら遅れてくるらしい。あぁまた、腹が立って来た。俺のことを待たすなんて、いい度胸している。きっとふてぶてしい奴に決まっている、だってオトンのことを騙すようなオンナのガキなんだから。
三人でテーブルについた後も、あのオンナは散々謝り倒すと、俺のことをかわえぇだのその服よぉ似合うだの、分かりきったことを言ってきた。機嫌を取って取り入ろうたって、そうはいかない。容認はしても賛同はしない。俺はお前のことを、受け入れたりはしないんだから。



「オカン、堪忍な!すっかり忘れとったわ!」

「金太郎!そない大きな声出さんの!て、走らんでえぇわ!」



そんなことを思いながら少し高い椅子の上で足をぶらぶらとさせながら、思いきり音を立ててジュースを飲んでいると。



「あー!昼間の坊主やん!あん後ちゃんと家帰れたんか?ワイ、めっちゃ心配しとったんやで!?」

「坊主ちゃうっちゅーとるやろがぁ!!」



現れたのは、昼間のガキだった。
あぁ、本当に腹が立つ。



終始にこにこと屈託なく笑い続けオトンとも簡単に打ち解けてしまったそいつと。終始不機嫌を全開に会話に参加することなく出された料理を消化することだけに専念していた俺。二人の関係を「おめでとう」と簡単に祝福出来てしまったそいつと。未だに心の底では納得出来ていない俺。


何だか本当に、腹が立った。そいつのも、俺自身にも。



出されたデザートのアイスを、スプーン一杯に掬って頬張る。苛々しているが甘いものには罪はない。途端、口中に広がった主張しすぎず、かと言って控えめでもない程良い甘みと冷たさに、思わず表情が柔らかくなっていると。



「ほい、ワイのも食べや」



正面に座っていたガキが相変わらずの笑顔のまま、自分の前にあったデザートを差し出した。
一瞬、何が起こったのか分らなかったが、正直甘いものは大好きだし、食べられるものならもっと食べたい。だから。



「…おおきに」



スプーンを口に咥えたまま最低限の敬意を払ってやると、ニカッとそいつは、笑った。



「にしても、ワイめっちゃ嬉しいわ。兄弟欲しかったし」

「そうなんか?金太郎くん」




自分の分を食べ終えてもう一皿にスプーンをつけた時に発せられたそいつの言葉。それに嬉しそうに乗っかるオトン。それだけなら、まだ許せた。だって甘いものが俺の心を癒してくれていたから。


だけど、流石の俺だって、こんなこと言われたら怒るだろう?




「おん!こんなかわえぇ弟おったら、ワイみんなに自慢できるわ!同じ高1やって聞いとったけど、中1の間違いやったんやな〜やって、こないちっこいし!」

「こう見えても高1じゃボケぇ!!!」





すっかり空になってしまったデザート皿を、俺は目の前に座る失礼極まりないガキに、投げつけてやった。あとでオトンから聞いた。あいつより俺の方が誕生日早いって。オトンとあのオンナが籍を入れた場合、俺があいつの兄貴になるんだって。




本当に、腹が立って仕方のない一日だった。











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