彼と彼らの日常。09





翌日。
散々姉貴と妹に引き止められていた二人だったが、昼食を食べるとそれぞれ、家路に着くことになった。俺の家族五人と財前くんと千歳。七人で囲む食卓は狭かったけれども。財前くんは終始黙りっぱなしで千歳も困った顔をしたままだったけれども。出された料理は綺麗に食べられて、オカンは満足そうに笑っていた。


玄関でスニーカーに足を突っ込んでいる財前くんに、せめて駅までは送って行こうかと申し出たが、頑なにそれを拒み。



「…世話んなったな。おおきに」



来たとき同様に大き目のドラムバックを肩に掛け、小さく頭を下げると。すたすたと去って行ってしまった。
相変わらず、背筋は真っ直ぐに伸ばされていて。昨夜はあんなに小さく見えた身体だったのに、今はいつものように…否、いつも以上に、その身長よりも大きなものに見えた。



「…取り敢えず、何かあったら俺にも連絡して。出来ることがあれば、すっと」

「ん。おおきにな千歳。それと、巻き込んでしもうて悪かったわ」

「……今更。それに、色々あったばってん、今は俺も、財前こつ、心配っちゃ」



財前くんの姿が見えなくなって。千歳もそう言い残すと、家へと帰って行った。そう言えばあいつの家、結構ここから離れているんだよな、悪いことしたよな、なんて。本当に今更ながら思ってみたり、して。

財前くんと千歳の間に、何があったのかなんて知らないし、俺から聞こうとも思わない。


ただ今は、千歳が彼の為に何かしたいと思っていること。財前くんが俺たちのことを頼ってくれたこと。
それが全てだ。






その後、小春とユウジが家を訪ねて来た。財前くんが自らの意思で帰ったことを伝えると、二人揃って苦虫を噛み潰したような表情をしてみせて。



「…大丈夫かしら、あの子…」

「また、自分なんていらへんのやーって、自棄にならんかったら、えぇねんやけど…」



ユウジの言葉に、昨日の財前くんの言葉が蘇る。


―――オトンかて最後には、俺んこといらんように、なってまうんや……


届くか届かないか分らない、小さな声の中。その一言だけは妙に、響き渡っていたから。
結局俺たちに出来ることは、何もない。彼の方から俺たちを頼ってくれるまで、何も出来ない。


その事実が、歯痒かった。そんな自分が、悔しかった。







***





「……ただいま」

「光!帰ってきてくれたんか!?」



家に帰ると広いばかりのリビングに、オトンが一人でいた。あのオンナはいない、きっと自分の家に帰ったのだろう。

寝ないで待っていたのか、ソファーの上、疲れた表情を浮かべて佇んでいたオトンは俺の姿を認めると、真っ先に駆け寄って、よかった、よかったと、何度も繰り返しながら俺の身体を抱き締めた。こんな風にオトンに抱き締められるなんて、何年ぶりやろって、そしてもう、こないなことあらへんのやろなって、ちょっと思った。

昨日のこと、謝りはしなかった。だってアレは全て、俺の本心だから。オトンに知っておいて欲しかった、俺の本心だから。今でもあのオンナのことは気に入らない。あのオンナが母親になるなんて、認められない。

だけど。俺がいくら我儘を言っても、もうオトンは聞いてくれない。しゃーないな、光はって、笑顔を向けてもくれない。


だったら俺が、諦めるしかないんだ。
いつも何だかんだ言って折れてくれた、俺を優先してくれたオトンは、もういないんだから。
オカンが出て行ってからずっと傍にいてくれて、俺を一番に考えてくれたオトンはもう、いないんだから。


それなのにここでまた我儘を言ってしまったら、オトンにまで捨てられてしまうかもしれない。これからは二人で頑張ろうなって言ってくれたあの言葉が、嘘になってしまうかもしれない。


そんなのは嫌だ。今はまだ、一緒にいたい。だから、だから。



「…ホンマに再婚したいんやったら、再婚したら、えぇと思うよ…俺、反対せぇへんわ」



俺はオカンが家を出て行ってから初めて、嘘をついた。



そんな嘘にオトンは俺が姿を見せた時以上に、嬉しそうな顔をして。これからもっと幸せになろうなって、また俺のことを、力強く抱き締めて。



なんだかもう、どうでもよくなった。
誰が親でも、誰が家族でも、どうでもよくなった。


だって俺にとっての本当の家族は、オトンだけで。
俺が本当に心を許せるのは、オトンと小春ちゃんとユウ君だけなんだから。


その時ふと、けんじろーと謙也クンの顔が浮かんで。けんじろーと謙也クンのことも信用してもいいのかなって、この二人だったら信用できるかなって、俺の味方になってくれるかなって、思って。

それから白石と千歳の顔が浮かんだ。あいつらは二人揃って、俺に散々な目に遭わされているのに、昨日はずっと傍にいてくれた。俺のこと、きっと守ろうとしてくれていた。オトンとあのオンナが来た時だって、心配そうに俺のこと、ずっと見ていてくれた。ずっと隣にいてくれた。


それが嬉しかっただなんて、心強かっただなんて、絶対に認めたくないけれど。だけどそれも、事実なんだろうなぁ。だって今でもそのことを思い出すと、何となくだけど、あったかい気持ちになれるから。



昨日は結局一睡も出来なかったけれども。だけど俺がいた空間は決して不快なものではなかった。
昨日一晩過ごした場所はとても暖かくて。何となくだけど、白石らしいなって、思える場所だった。

あんな嘘つき野郎でも、あの後はちゃんと俺と、真っ直ぐに向き合ってくれた。千歳だってあれだけ脅してやったのに、俺から逃げようとしないで、しっかり向き合おうとしてくれた。



俺はどうしたら、いいんだろうな。俺もちゃんと二人と、向き合わなきゃいけないのかな。


今度小春ちゃんとユウ君に、聞いてみようかと思ったけれど。そうしたらきっと笑われるか。それかものすごく喜ばれるかのどっちかだろうなって、思った。




オトンは相変わらず、よかっただの嬉しいだのと言いながら、俺の身体をぎゅうぎゅう抱き締める。
その腕の感触が、昨日の白石の腕と、何となく似ていた。

それはとても心地いいものなのに。どちらも俺一人のものには決してならない。
きっと誰もが俺以外に、大切を作ってしまうから。俺を一番には、きっとしてくれないんだから。






誰か俺のことをずっと一番に見てくれる人が現れればいいのに。
そんな願いはきっと空には届かずに。どこかで消えてしまうんだろうけれど。













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