彼と彼らの日常。08




メロンソーダを泡だてながら、忍足が感心したような間の抜けたような声を上げる。
途中立ち寄ったファミレス。自然と話は互いの身の上話になって。


「せや。俺んちと小春んちはお隣さんでな。産まれた頃から知っとる仲や」

「んで。幼稚園時から光も一緒に遊ぶようになって…そっからはもう、腐れ縁もえぇとこや」

「くさっとらんもーん」



忍足がしているようにオレンジフロートに息を吹き込みながら応える財前くんは、どこか嬉しそうで。本当に小春とユウジのことが好きなんだなーって、思えた。


「今日の服かて、ユウ君が作ってくれたんやで」


へへん、と胸を張る財前くんは、まるで家族の自慢でもしているようだった。それより今、手作りって言った?その服、ユウジの手作り?


「マ、マジか!?ユウジすごいやん!めっちゃ器用なんやな…」

「あー…まぁ服だけやけどな。それよりも小春んが凄いで?やって小春、プロの小説家やもん」

「プロぉ!?」


続けられた言葉に、丸くなった目を益々丸くする。目玉が飛び出るんじゃないかって思うくらいに。


「まぁ、プロ言うても時々短編書かせてもろうとるだけやし。名前だけのプロやったらぎょうさんおるしな…それより謙也クン!自分実は凄いんやな!この前美術で描いとった絵、府知事賞取ったんやて?中学んときも色んなコンクール総ナメやったらしいやん」

「あぁ、俺それくらいしか取り柄あらへんしな〜」


そこからまた続けられた言葉。
えっと、何ですかね。俺の周りって実は、凄い人ばっかりだったんですかね?何と言うか、芸術的な方が集まっているんですか。

俺は今まで、ただ勉強が出来ればいいって、誰かに褒められればそれでいいって、思っていた。でもそれが間違いだって、気が付いて。こうやってみると俺は本当に、空っぽな人間だったって、分かって。



「…何変な顔、しとっと?」

「…んと、ちょお自信、のうなってもうて…」

「ふーん…俺んこと巻き込んでまで新しくスタートやーとか意気込んどった白石は、どこに行った?」



思わず俯いてしまった顔を上げると、真剣な瞳を向ける千歳がいた。


そうだ、そうだった。俺はこいつに新しく始めようと、言ったばかりじゃないか。
その言葉にその瞳に、思わず表情が柔らかくなる、笑顔になる。そんな俺を見た千歳は一瞬仕方ないって言うように笑って、それから慌てて顔を背けた。こいつが本当は悪い奴じゃないって、心の底には暖かい物をもっているんだって、改めて思った。







「ほんなら、またな」

「ん。次は来週の花火な。楽しみにしとるでー」



楽しい時間はあっという間とはよく言ったもので。気が付けばもう18時。夕食は家で摂ると言った手前、そろそろ帰らなくてはいけない時間帯。集合したのと同じ駅で、皆と別れる。

そんな中、方向が同じなのだからてっきり小春たちと一緒に帰ると思っていた財前くんが、俺の方にとてとてとやってきて、そして。



「…まだ帰りたない…俺、もっと白石と、一緒におりたい」


ぎゅっと、俺の腰に抱きついたかと思うとそのまま顔を上げて、そんな可愛らしいことを言うものだから。



「もう全然OK!いつでもどこまでも相手したるで財前くん!!」



やっと打ち解けてくれたのだと、思わず抱き返してぐっと親指を立てる。
後で忍足から聞いた話だが、その時の財前くんはしてやったり、という表情をしていたそうだが。俺のちょうど胸のあたりにあった顔を見ることなんて、出来るはずもなく。
ただ腰に回された手に込められた力が一瞬だけど強くなったって、感じただけで。


「…蔵リン、光に甘いんはえぇけど…どうなっても、知らんよ」


その後迷惑かけるなと散々俺と財前くんを引き離そうと試みた小春とユウジだったが、必死に抱きしめ合う俺たちにいい加減諦めたのか呆れたのか。溜息混じりに一言呟くと、手を振りながら連れ添って雑踏の中へと姿を消した。それに続いて忍足も、俺に抱きついたままの財前くんの頭を軽く撫でると「ほなまたな」と、いつもの笑顔を残して駅へと入って行って。


残ったのは、俺と財前くん、そして千歳。まだ時間に余裕があるという千歳も連れ込んで、三人でもう一軒どこか遊びに行こうと提案すると、大人しく頷く財前くんとは反対に千歳は一瞬引きつったような表情をして見せて、そして怯えるように頷いた。何だろうか、千歳と財前くんって、相性悪いのだろうか。

さて、どこへ向かうかと歩き始めた途中、急に走り出した財前くんを追いかけて辿り着いたのは駅のコインロッカー。見ているとそこから大き目のドラムバックを取り出して。



「なんや財前くん。でっかい荷物やな〜まるでどっか旅行するみたいやないか」



冗談交じりで投げかけた言葉。この時の俺はその後、こんなにも事態が大きくなるだなんて思っていなかったもので。



「旅行やあらへん。家出や家出…最近な、オトンに取り入っとるオンナがおんねん…そいつ、母親面しよって家に出入りしとって…」



忌々しいと言いたげに紡がれる言葉は、どれも衝撃的なもの。両親の夫婦仲もよく、兄妹の仲もいい、円満な家庭に育った俺には決して縁がないと思っていた言葉。



「…今度そいつとオトン、再婚するんやて。信じられへん、相手のオンナ、俺と一個違いのガキがおんねんで?ありえへん、ありえへん!」



普段はあまり表情を表に出すことがない彼が、顔を真っ赤にさせて唸っている。それは本当に許せないと、言っているようで。



「きっとオトン、騙されとるに決まっとる。相手かて金目当てなんや…俺は絶対に、許さへん。せやから…」



一息つく財前くんに倣って、いつの間にか息を殺していた俺と千歳も大きく呼吸をして。そして次に来るであろう、衝撃に備えた。



「家出て、抗議すんねん。やから白石、今夜泊めてや」



言葉を放つと同時に再び腰に回された腕。先ほどと違うのは決して逃がさないと、鬼気迫るものが感じられることで。
先ほどは可愛いの一言しか思い浮かばなかったその姿に、他の色々な感情が見え隠れしていることに気付いた。そしてこれは俺一人で、どうこう出来る問題じゃないことも。



「千歳…付き合えや」

「俺も!?」



さっきはせっかく歩み寄って来てくれた彼を離すまいと、財前くんにしっかり回されていた腕は千歳の俺より太い腕を、しっかりと掴んでいた。




白石蔵ノ介。高校生活初めての夏休みをエンジョイ!しています。
…と言いたいのですが。確かにエンジョイはしているのですが。
しっかりと腰に回された細い腕、それは確かに俺を頼ってくれているのか。それとも只単に利用しようとしているだけなのか。きっと前者なのだと、思います。
けど、だけど。いきなりちょっと、スケール大きすぎませんか?この展開…


取り敢えず。家に友達を連れて帰る旨を告げる電話を入れると、電話の向こうから今夜は赤飯だだの、寿司の出前取らな、だのと明るい家族の声が聞こえてきて。
それにまた少し、腰に回された腕に力が入ったのは、きっと気のせいじゃない。











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