彼と彼らの日常。08




「…俺、もっと白石と一緒におりたい」


上目遣いの効果も相俟ってその言葉は何ともまぁ、甘美な響きで。俺の脳を身体を、じんわりと浸食していく。


「…どうなっても、知らんよ」


呆れたように釘を刺す友人の言葉なんか、耳に入らないくらいに。





第八話 白石蔵ノ介の休日





「…遅い…」


俺、白石蔵ノ介は激怒していた。
沸々と湧いて来た苛々はとっくに頂点を越えていて。不機嫌さは表面に滲み出ている。
いつもだったら一人で街を闊歩していれば必ずある逆ナンの類も(ほら、俺って結構顔いいし)一切ない。寧ろ皆俺を遠巻きにして、避けるように歩いていく。それくらい、不機嫌さや苛々が出ているのだろう。自覚はある。痛いほどに。だけど俺は一切悪くない。苛々の原因となっている連中が悪いんだ。

だってそうだろう?俺の腕に嵌められて、先程から何度も何度も睨むように見詰めている時計(じいちゃんからの入学祝い)が正しく時を刻んでいるのであれば、今はもう10時15分で。ショルダーバックから取り出した携帯電話(電波時計内臓)も時計と同じ時間を示している。待ち合わせは10時ちょうど。はーい、この時点で10分の遅刻が確定〜
それだけなら、まだいい。10分くらいなら大目に見てやってもいい。だがしかし!俺はここに、9時45分から立っているんだ。基本的に5分前行動の男だが、今日はその…初めて友達と出かける、という俺的一大イベントであるために楽しみで楽しみで仕方なくて。出掛ける1時間前には完璧に支度を整えて(因みに今日のコーディネートは昨日の夜姉ちゃんに付き合ってもらって考えた、濃いグレーのTシャツに生成のシャツを羽織って、グレーに白のチェックが入ったパンツに靴は黒のスニーカー、地味とか言うな地味とか)に家でずっとそわそわしていた俺を追いだしたのは「途中でコンビニでも寄っとけばえぇやろ。えぇ加減、うっとおしいわ」という妹の可愛くない一言。その言葉に押されるように、蹴飛ばされるように俺は家を飛び出して。妹の言葉通りコンビニに立ち寄ったりわざとゆっくり歩いたりしながらも到着したのは待ち合わせの20分前。

それから30分。誰一人ここに来ない。その間俺、ずっと一人で待ちぼうけ。



なんやねんこれ。どんないじめや。




「…ごっめ〜ん蔵り〜ん!髪のセットに時間食うてもうて!」

「セットする髪なん、ないやろ!寝坊やろ寝坊!せやから俺、昨日はさっさと寝ようなって言うたんにぃ…か、堪忍な、白石!」


そこから待つこと5分。ちっとも悪びれない顔で手を振りながら華麗なステップでやって来た小春(ピンクのやたらひらひらしたシャツにアイボリーのパンツに細身のスニーカー、女子が持つようなエナメルのハンドバック)と、反対に猛烈に反省しています!と顔に書いてあるユウジ(トレードマークのバンダナの代わりにキャップが頭には載せられ、ボーダーのTシャツにダメージジーンズとスポーツメーカーのスニーカー、黒のメッセンジャーバック)がやって来る。あまりに必死に謝って来るユウジの様子に、どれだけ怒鳴ってやろうかと考えていた台詞はすっかり、頭から抜けてしまって。



「なんや、光ん奴まだ来とらんのか?遅刻なん、えぇ度胸しとるな」



自分のことは棚に上げてまだ姿を見せていない財前くんを標的にする忍足(緑系のシャツやらタンクトップの重ね着と七分のジーパンにサンダル・手ぶらで携帯のストラップとチェーンが服の裾からのぞいている)が姿を見せたのが小春たちから遅れること更に5分。お前だって十分遅刻だとツッこんでやると、「俺待ち時間嫌いやから、遅れて行くようにしとんねん」と。訳の分からない理屈を当然の様に言うものだから、こちらも毒気がすっかり抜けてしまって。



「……はよ」



ぴったり27分遅れてやってきた財前くんは、そりゃもう愛らしいいでたちで。無地のタンクトップに白黒チェックのオーバーオールパンツ。上に羽織られたカレッジカーディガンの袖とオーバーオールの裾は暑いからだろう、めくりあげられている。学校に履いてきているものよりも少し底の厚いゴツめのスニーカーにワックスが塗られていない頭にはサンバイザー。肩にはトートバックが下げられている。なんちゅーか、なんちゅーかもう…


「か、かわえぇ!!こ、これからお兄さんと、えぇことせぇへん…?」

「しらいしー顔がヤバいで顔がー」



子ども服のカタログから飛び出て来たような愛らしさで。


思わず抱きつこうとしたら本気で避けられた。うん。わかっているけどさ。忍足の苦笑混じりの一言が、ずしん押しかかった。





「あら?蔵リンが呼んだって子は?」

「あぁ。あいつんちちょお離れとるから。30分猶予をやってん」



全員が揃ったというところで小春が小首を傾げる。俺が呼んだもう一人のあいつが揃えば、本当に全員が揃うことになる。俺の予定では、この30分の間に彼らにあいつのことを説明するはずだったのだが。遅れて来たこいつらが悪い。いきなりの御対面となってしまうが、仕方ないだろう。

と、人混みの中、一際大きな頭を見つけると。




「ちっとせーこっちやでー!!」



周りの目なんて気にせずに、大声を上げて思いきり手を振った。名前を呼ばれた恥ずかしさからか、カランカランという音と共に小走りになってあいつ…千歳がこちらに掛けて来る。因みに格好はどこの民族衣装だ?と問いたくなるようなTシャツとジーパン、足元は下駄…下駄?まぁ、妙に似合っているからこの際ツッコむのは止めておこう。そんな千歳がこちらに来ると笑顔で声を掛けてやる。めんどくさそうにそれに応える彼に。





「あーーー!!こいつ、蔵リンを陥れた張本人やないの!なんでここにおるんやぁ!!!」



小春が吠えた。

可愛らしい格好をしているのに、最後の一言はドスが効いていて、まるでどっかの組の人みたいだ、会ったことなんてないけれども。そのまま自分よりも頭一つくらい大きな千歳に掴み掛かるとその身体を上下に揺らし出した彼を、ユウジと二人掛かりで止めて。


「俺が呼んだんや!…その、あれや。どうせやったら大勢のんが楽しいやろうから」


千歳がここにいる理由を告げると、些か納得のいかないような顔をしてみせたが。「蔵リンがえぇっちゅーんなら、しゃーないわ」と呟くと。俺と友達になった時と同じ笑みを浮かべて千歳に自己紹介をはじめた。うん、見込んだ通り。小春たちだったらきっと、千歳のことを受け入れてくれるって。そしてきっと千歳に学校がつまらないなんて、言わせないようにしてくれるって。

自己紹介の途中、忍足の後ろにいた財前くんと目が合った時だけ千歳が妙に怯えているように見えたが。気のせいだろう気のせい。



そのまま皆で街へ繰り出す。ゲーセンやらショッピングモールやらファミレスやら…今まで家族としか来たことがない場所を、友達と歩く。それがこんなに楽しいことだなんて、俺は知らなかった。


自然と笑みが零れる一方で、小石川も一緒にいられたらよかったのに、と思ってしまったことは秘密。







「ほーなら小春とユウジは幼馴染なんか?光も?」









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