根暗、陰気、オタク、変人。呼ばれ方は、色々あるが、どれも決して、よい意味ではないことくらい、自分でもわかっている。

だけどどれもが全て、自分を形容するには相応しい言葉であることも、よくわかっている。




近未来




『おかえり、ひかる。今日も学校、お疲れさん』
「ただいま金ちゃん。今日は一度も指されんかったで」
『そか、よかったなぁ。ひかる、宿題やってかんかったもんな』
「それは…しゃーないやん、金ちゃんと喋るに、夢中やったんやから」
『ほな、ワイも同罪やな』


けらけらと、音を立てて笑う赤毛の少年。それを見ながら黒髪の少年も、少し音を出して笑った。

暗く決して広いとは言えない部屋。その部屋の隅、遮光カーテンが閉められた窓の横に置かれた机。そこに置かれているのはデスクトップパソコン。その前に座るのは、黒髪の少年。

少年の名は財前光。
中学2年生である彼は、学校が終わると直ぐに帰宅し、家族への挨拶もそこそこに、自室へ籠る。そしてカバンを置いたり制服を脱いだりする手間さえ惜しんで、パソコンのスイッチを入れる。

ぶぃんと、独特の起動音を聞きながら、黒一色であったディスプレイが徐々に、様々な色を映し。見慣れたデスクトップ画面が映し出される頃には、光はすっかりと体制を整えてデスク前の椅子に座るのであった。そこにあるアイコンをクリックし、ハードディスクの容量、殆どを使用しているソフトを開く。


そして現れたのは、赤毛の少年…遠山金太郎である。
数年前に発売された“コミュニケーション練習ソフト”と称されたプログラムは、使用者にとって一番コミュニケーションをとる必要がある相手(光の場合は同年代の人間)に姿を変え、画面越しではあるが、使用者との信頼関係を深めていく。そして使用者は徐々に実在する人間ともコミュニケーションをとることが可能になる。そういった謳い文句で、一世を風靡したのであったが。



「…俺、学校なん行かんで、ずっと金ちゃんと一緒に居りたい」
『ダメやでーひかるはちゃんと、学校行かんと』
「…学校行かんかったら金ちゃんは、俺のこと、嫌いになる?」
『……それは、ないけど……やけど、学校は行った方がえぇ。ワイはそう思うで』


いつからか。生身の人間よりも優しいソレに依存する人間が増加し、逆に使用者の社会適応を阻害していると指摘されてもいる。メーカー側は自主回収を進めているが、回収率は低く。それだけこのソフトに依存する人間の多さを物語っていた。
光もそんな、画面の中の“人間”に依存している一人であった。

彼はその性格が災いしてか。
中学に入学してからというもの、“友だち”と呼べる人間は一人もいない。表立って嫌がらせを受けたりいじめられたりということこそないが、無視、嘲笑、陰口、そういったモノは日常茶飯事。身体に傷は一つもなくとも、その幼い心は無数の傷でいっぱいになっていた。

すっかり“生きる事”への渇望をなくしていた光に、彼の兄は一本のソフトを差し出す。それこそが今、彼の目の前で起動されているソフトであり、彼の唯一の友である、遠山金太郎なのである。

光がどっぷりと金太郎に嵌っていく様を見た兄は、彼にソレを与えたことを後悔した。自主回収をきっかけに、ソレを切り離そうともした。しかし、光が唯一、自分らしくあれる場所を奪うことは、結局出来なかった。金太郎を連れて行かないで、と泣いて縋る弟の手を、振り払うことはとうとう出来なかったのだ。



「そっか…金ちゃんがそう言ってくれるんやったら俺、頑張る」
『おん!ワイも、応援しとるで!大丈夫、ひかるやったらすぐ友だちかて出来るって。ワイが保障したるわ』


幸運にも。
元々使用者を社会に適応させることを目的として作られているプログラムは、使用者をそれ以上不適応的にさせることがないよう。それまで積み重なった関係を元に、使用者にとって最善の言葉掛けをし、社会へと目を向けさせる。
だがしかし、未知であり恐怖の対象である社会よりも、既知でのみ構成され自分を守ってくれることが保障されているモノの方が、比べ様のないほどに安心であって。

金太郎の言葉に光は、少し眉を下げて微笑むことしか出来なかった。そこにあるのは未知への恐怖か。それとも既知の期待を裏切ってしまうであろうことへの罪悪感か。



『ワイが、三次元にいけたら、えぇのにな。ひかる、一人にして、ごめんな』
「…金ちゃんは、悪ないよ…根暗で陰気な、俺が悪いんや」
『そないなことない、ひかるのえぇところ、ワイはいーっぱい、知っとるで』



画面の中で金太郎が、切なそうに眉を寄せる。そんな表情に、いくらそれがプログラムされたものであると知っていても、光は心が揺れ動く。本当に金太郎が目の前に存在してくれたら。何度そう願っただろうか。その願いが叶えられたことは一度もなかったし、これからもきっとないであろう。

そう分かっていても、光はそう願わずにはいられなかった。


それから夕食という名の家族との団欒を挟み(家族と必要以上の会話をするようになったのも、金太郎の功績である)、また金太郎と会話をして。22時になったらもう寝なアカン、そう金太郎が言えば、おやすみと挨拶を交わして。金太郎を呼び出すこと以外には殆ど使用しないパソコンの、電源を落とす。

先ほどまで笑顔の金太郎が映し出されていたディスプレイが、再び真っ暗になる瞬間が、光は何よりも嫌いであった。




「…金ちゃんが、ホンマに居ってくれたら、よかったんにな。金ちゃんにやったら俺、何でも話せるんにな」



真っ黒になった画面に向かって言葉を紡ぐ。それに対して応えてくれる人もモノもなく。
そして自然と零れ出した涙を拭ってくれる相手も、いなかった。





End.







ひかたん2011


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