男が花に詳しくったって、只キモいだけ。 そんな風に、当時の俺は思っていた。 花屋 俺の家は、この近辺ではそこそこ名の知れた花屋である。 今の場所に店を構えたのは、もう100年ほど前…らしい。この辺りはいつも聞く数字が違うから曖昧であるが、兎に角俺が産まれるよりずっと前から、俺の家は花屋だったのだ。 そんな家に産まれた俺は、どう足掻こうとも花屋の息子である。物心着く頃にはもう、花屋の店先に座っていたし。中学に上がる頃には、家族の真似をして店に立っていた。 そして高校にあがった今。 俺は一人で店番を任されるまでに、成長していた。 ぶっちゃけなくても、男子高校生が、しかも硬派で通っている(であろう)俺が、花屋だなんて。キモい以外の何物でもないと思う。俺だって、本当はこんなことしたくないが、産まれてから今日までの17年間、染みついた習慣というものは恐ろしい。客が来れば言われた通りの花を束ね、頼まれればそれをアレンジメントにし、手先の衰えて来た祖父母や、元より不器用な父よりはよっぽど、立派なものを作ってみせた。 「光くん、ありがとうね」 常連である客がドアを閉じると同時に出たのは、溜息。あぁ、本当俺、何やっているんだろう。 バイト代と称して貰う小遣いがなければこんなこと、やってられない。もう一度ため息を吐くと、カランカランと陽気なベルの音と共に、つい先ほど閉められたばかりの扉が、開かれた。 「いらっしゃいませー」 特に相手を確認することもなく、間延びした口調で一応、挨拶の言葉を投げて。それから目を上げれば飛び込んで来たのは、鮮やかな赤。店の中には様々な色が溢れているけれど、もっと鮮やかな色は沢山あるけれど。そんな中でもしっかりとその存在を主張する、赤。 「…あのーワイ、花とかよぉ分からんのやけど…彼女に贈る花束?見繕ってもらえるか?」 そんな赤の持ち主は、頬を少し赤く染めながら、そう言った。 その言葉に自分の仕事を思い出し。男と店内に並べられた花を見る。この男のイメージからだったら、原色かそれに近い、はっきりとした色の花を組み合わせるのが良いだろうが。この男よりも贈る相手のイメージで選んだ方がいい。ていうか、素人目でも相手をよく知っているであろうこの男が、自分で選んだ方がいい。 そう思った俺は素直に、そして一応客である男に対して言葉を選んで、それを伝えると。 「…そうやな。その通りや。ちょお、花見せてな」 うん、と頷き。店中に咲き乱れる花を、一つ一つ、見詰めた。その目は真剣そのもので。一歩足を踏み出せば、あーとかうーとか言葉を発しまた戻り、今度は横にずれてみたりする。 そんな男の様子を暫く観察していた俺だったが、ベルの音と共にやってきた他の客に意識を取られる。珍しく客足が続き、俺も連続していくつも花束を作って、一息吐こうとした時だった。 「これに決めたで!」 すっかり存在を忘れていた赤毛の男が、大声を上げる。その手に握られていたのは、真っ赤なガーベラ。今朝親父が市場から仕入れたばかりのそれは、男の髪同様に、自らの存在を大きく主張するかのように、花弁を大きく開いていた。 その花に、これを受け取る相手もこの男のように自己主張の強い女なのか、それとも只単に、この男の主張の強さが贈る物にまで現れたのか、などと考えてみる。 ただ分かったのは。 沢山の時間を費やして選ばれたこの花を受け取る相手は、そこまで思われている相手は、きっと幸せであろうということ。 男からガーベラを受け取り、それだけでは殺風景だと、予算を聞き、色合いやバランスを考えて、一つのブーケを作る。今日作った中で一番、鮮やかなものが仕上がった。それを薄い色の不織布で包み、同系色のリボンを結べば、はい出来あがり。 「…なんや、めっちゃすごいなぁ…魔法でも、見とる気分やったわ」 仕上がったばかりのそれを、両手でしっかりと持った男は。どおか紅潮した顔でそう告げる。上手ね、綺麗ね、器用なのね。そう言った賛辞は毎回の様に聞いていたが、こんな風に言われたのは初めてのことで。普通にほめられるよりもどこか、照れくさい気がする。 「…彼女、喜んでくれると、えぇっすね」 釣りを渡しながらそう言えば。 「おん!これやったらあいつ、絶対喜んでくれるで。兄ちゃん、おおきにな!! 色取り取りの花にも負けない鮮やかな笑顔をくれた。 まるで本当に愛おしものを見つめるように、手の中の花々に視線を注ぎながら、陽気なベルを響かせながら男はこの店を、出て行った。 そんな後ろ姿に、また小さくため息を吐いて。俺にもあんな風に、自分のことを愛してくれる相手がいればいいのに、なーんて。ちょっと考えてみたりした。 ベルが鳴る。俺はまた、花を手に取り、束ねていく。 今度は、それを受け取るであろう相手のことを、少し考えながら。 不思議と、いつものような憂鬱や面倒くささを感じることはなかった。 End. ひかたん2011 |