彼と彼らの日常。05 「ほなこつ、他人に取り入るんが上手かね」 その言葉を聞いた瞬間、そいつの顔を見た瞬間、 「どうやったらそぎゃん風にできっか、教えてほしかよ」 こいつが犯人だって、感じた。 第五話 千歳千里の抵抗 「こんなん作る方法なん、簡単にわかるで。せやけど教えたらんし」 廊下で散々笑い転げたあと、財前くんは平然と言い放った。小春君がどこから取りだしたのか分からんハリセンで、そんな財前くんを思いきり叩く。べしんと、小気味のいい音が響く。見かけによらず彼は武闘派のようだ。 「なに寝ぼけたこと言うとるんや!友達んこと助けるんは漢として当然やろがぁ!」 「べつに友達になった覚えなんてあらへんし!小春ちゃんが勝手に言うとるだけやろ!俺、こんな奴と友達になんなりたないわ!」 「また自分は屁理屈を…!」 まぁ、財前くんの言う通りだ。確かに友達云々は小春君が言いだしたことであって。財前くんは同意してなんか、いない。少し悲しいけど、先ほど上げられた口角も下ろされて、俺に対しては睨むような視線を向けてくる。そして顔をぷいっと背けると。 「…大体、俺こいつんこと好きとちゃうから。せやけどこういう卑怯なことする奴も、好きとちゃうし。寧ろ嫌いやし。こういう奴がおるから、俺らん評判悪うなるんや。やから俺は俺で、勝手にやらせてもらうで。馴れ合ったって、意味ないわ」 目も合わせず言い切り、背中を向けて歩いて行ってしまう。 言っていることはカッコイイし、その表情はまるで大人顔負けで凛々しいものであった。しかしそう言って背を向けて歩いて行く姿は、どう見ても可愛らしいの一言で表現されるに相応しいものであって。足音に至っては効果音がぽてぽてって感じだし。周りにいる女子たちもキャーキャー言いながらその姿を見ているし。あまつさえ、菓子渡して餌付けしようとしている奴もいるし。 「…あれで光、身長あればかっこえぇって、小石らみたいに騒がれる部類になるんやろうけどな」 「そうやわね。何だかんだ言うて、あの子も中身は男前やし。残念やわぁ…ちゅーか知らない人から食べモン貰うたらアカンて言うたんに!もう…」 ユウジ君と小春君が呟いた言葉に、思わず頷いてしまった。あ、本当だ。差し出された菓子もらって笑ってる。うわ、ホントに可愛い。 「まぁ、取り敢えず。光んことはうちらに任せてもらえばえぇから。何かあったら、遠慮なく言うてや」 「あぁ、おおきにな、小春君」 「んもう!小春でえぇっちゅーてるでしょ?」 「あ…おおきに、小春」 「いいえ!」 ほなな〜と、笑顔を振りまきながら去って行く小春と、律儀にお辞儀をしてからその後を追うユウジが途中でちゃんと財前くんを捕獲してから遠ざかって行く姿を見送って。 「…それと、おおきな。小石川」 隣に立っていた小石川の方へ向きなおす。 「…俺か?」 すると小石川は鳩が豆鉄砲食らったような顔をしてみせて。あーあ、イケメンが台無しじゃないか。そんな表情を見せてくれた友人に、もう一度微笑みかけて。 「自分が財前くんらを紹介してくれたから、こんな心強い友達が増えたんや。やから、おおきに」 自分でも驚くくらい素直に言葉が出た。本当に、小石川のおかげだと。俺は思っていたから。小石川がいなかったらきっと、こんな風に立ち向かおうなんて思えなかっただろうし、人の輪だって広がらなかっただろう。だから。 「ホンマにおおきに、ありがとう」 「…明日は雪でも、降るんやないかな」 今度はきちんと、頭を下げた。小石川はそっぽを向いて憎まれ口を叩いてみせたが。ちらっと見えたその顔は赤くなっていて。こいつが照れていることが、簡単に分かった。 それから数日は何事もなく。だがここ数週間にはないほど、楽しい日々が過ぎた。 休み時間のたびに小春とユウジ(と、時々財前くん)が訪ねてきてくれて。そして俺たちのことを目一杯笑わせてくれて。それだけじゃなくて何気なくだが、クラスの連中の様子も伺ってくれているようで。 「大丈夫やで蔵リン。自分のことホンマに嫌うとる奴、こん中にはおらんよ」 そう穏やかな笑顔で告げた小春の言葉は、俺に力をくれた。 *** 本当に、気に入らない。 ここ数週間は目に見えて焦燥していく姿や誤解を解こうと必死になって空周りしている姿なんかが見られて、それなりに面白かったのに。校舎が違うから俺自身は知らなかったが、それなりに知名度の高い人物…金色小春が現れてから、白石と“友達”なんて生ぬるい関係になってから。また白石の表情は明るくなっていって。青臭い希望やら友情やらがにじみ出るようになっていって。 あぁ本当につまらない。 休み時間の度にやってくるその姿に、気付かれない程度にだが嫌悪を滲ませた視線を投げてやる。相変わらず白石はへらへらと笑っているだけだったが。 一人、周りよりも頭一つ小さい黒髪の少年と、目が合った。 途端、背筋に寒気が走る。 だが次の瞬間にはまるで興味をなくしたように彼の視線は余所に向けられていて。手にした菓子を貪って、金色に怒られているようだった。 「…なぁ、金色と一緒におる奴、誰?」 「あぁ。一氏と財前な。二人ともあっちの校舎やと有名らしいで。一氏は手先がめっちゃ器用で物真似が上手いっちゅーて。んで財前は…て、あのちっこい方な。あいつは入学早々なんやよう知らんけど大怪我してつい最近まで入院しとったって」 「ふーん」 一氏と、財前。こいつらもまた、俺の邪魔をするのか。 「それにしても白石ん奴、あない風に笑う奴やったんやな」 ふと紡がれた言葉。その言葉に先ほど俺の質問に応えてくれた、このクラスのムードメーカーを務める男の顔を見ると、その目には後悔に似た色が滲んでいて。 「…騙されちゃ、いかんよ。あぁやって、また他人に取り入ろうとしとるだけ。金色らって人気あるんやろう?その人気利用しようと、しとるだけとよ」 それを防ぐように、俺は囁いた。単純なこいつのことだ。これだけできっと動いてくれるだろう。また少しはひっかき回してくれるだろう。俺がすることはその間に、どう次の手を打つかを考えるだけだ。 「そう、そうやな…」 「そうっちゃ。簡単に、信じちゃ、だめ」 そう言い残すと俺は、耳触りな笑い声が溢れる騒がしい教室を抜け出した。 → |