「…俺なぁ、春って大嫌いやねん」

季節が変わる、人もまた変わっていく。


「メールくらい、ちゃんと見ようや」

そんな変化を見逃さないよう、情報源はしっかり確保。





忍足謙也の不調





「…俺なぁ、春って大嫌いやねん」


至極真剣な顔でそう言う忍足に。思わず俺たちは動かし続けていた利き手を止める。


春休み直前、いくつかもう出されていた課題を片付けてしまおうと、集まった財前くんち。家主である彼は先ほどから、日当たりのよい場所で千歳と金太郎君と並んで昼寝をしている。三人とも無防備な顔を晒して…本当に、気持ち良さそうだ。
そんな三人は置いておいて。他の皆はほどほど真剣に目の前に広げた課題に取り組んでいたというのに。



「…なんちゅーか…意外やな。忍足が春、嫌いとか」
「ちゅーか一瞬、うちのこと嫌い言うたんかと思うたわぁ…」


あまりにもドスの利いた声に驚いてしまった為か、一呼吸置いてから皆からぱらぱらと、渇いた言葉が返された。勿論俺…白石蔵ノ介もうすぐ十七歳も例にもれず。


「春嫌いて…何やねん、いきなり…」


落としそうになったペンを握り直すと、努めて静かに声を出す。それに対して忍足は小さくため息を零しながらこちらに視線を向けたが、すぐに自分の前に広げられた問題集の方へとそれを戻してしまった。
普段滅多に不機嫌さを露わにしない忍足のそんな態度に、今度は皆、頭の上にはてなマークを浮かべてしまう。春が嫌いだと言いそこまで不機嫌そうにするには、どんな大きな理由があるのだろうか。


「…春は謙也クンの誕生日やろ?せやんに、嫌いなんか」
「ふーん…ワイはめっちゃ好きやけどな、春」


顔を見合わせて言葉を探していた俺たちではない声が、窓際から聞こえる。見れば眠っていたはずの財前くんと金太郎君が起き上り、揃って不思議そうな顔を忍足に向けている。子どものように目を大きくさせて一心に見詰めている二人に、今度は不機嫌さから来るのではない溜息を、忍足は零して。


「まぁ…そない、大層な理由があるわけちゃうねんけどな…」


よっと声を上げて腰を上げると二人の方へと歩み寄って、その間に割り込むように座り直す。同じ歳であるはずの三人なのに、妙に忍足が大人びて見えた。
そんな忍足なのだったが、その次の瞬間彼の口から出た言葉に、俺たちは全員ひっくり返させられることとなる。





「…俺なぁ、花粉症やねん…やから、春が来るんがもう憂鬱で憂鬱でしゃーなくてなぁ…」



ホンマにその理由は、大層なものでもなんでもなかった。
まぁ、花粉症の人にとってこの季節がとても辛いものだってことくらいは知っている、知っているが。



「「んなことのだけのせいかい!!」」



両側に座っていた財前兄弟から華麗なツッコミが炸裂した直後に、テーブルに座っていた俺たちからもノートやらペンやらが投げつけられ。


「…んー?何で謙也、そぎゃんぼろぼろになっとっと?」
「…春やから、やろな」


ようやく目を覚ました千歳から間延びした声が掛けられる頃には、皆忍足の方など見向きもせずに、目の前に広げられた課題に取り組んでいた。





「…で、さっき財前くんが言うてもうたんやけど」
「あ?俺、なんか言うたか?」
「んもう蔵リンったら。言わな謙也クンやで?気付きもせんかったやろ」
「謙也クンやでって…何げに酷ないか?小春…」


目覚めた千歳と財前くんも、そして復活した忍足も。全員が一通り課題を片付けたところで、キッチンから金太郎君がケーキ(勿論ユウジの手作り)を運んできてくれて。載せられたプレートには「お誕生日おめでとう」の文字。


それを見て、あぁと頷く忍足の顔にはもう、あの時のような不機嫌さは微塵もない。



「…せやったな、今日は俺の、誕生日やったわ…道理でやたら朝からメール来とる思うたわ…」
「メールくらい、ちゃんと見ようや」
「やって頭ん中、花粉の飛散量のことでいっぱいやってん」



そのメールはきっと、花粉のことなんか忘れさせてくれる言葉で埋め尽くされていただろうに。それをちゃんと読んでおけば、自分の誕生日に不機嫌になることだって、なかっただろうに。
そう思いながら、何度目かになるこの歌を皆で歌う。こんな風に、誰かの…友達の誕生日を祝うことに馴れはじめている自分に、少し驚きながら。



「…ま、こうやって皆に誕生日祝うて貰えるんやから…春も、えぇかな」



ローソクに灯された火を一息で吹き消して。やっと見せた忍足の笑顔と言葉に、皆一緒に笑った。
桜の蕾が、日に日にその膨らみを大きくしていく春の日。花粉の飛散量も大変多かった、そんな春の日の出来事。
もうすぐ、俺たちが同じ学校に通うようになって、一年が経つ。



そしてもうすぐ、俺たちは二年生になる。



季節は確実に廻り、そして俺たちは互いの新しい面を、いくつも見つけていくのだ。







彼彼。



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