「…いつもお世話になっちょる、お礼ったい」


情けは人の為ならず。


「いつも、ありがとうございます」


それはいつか必ず、自分の身に返って来るものなんだ。




渡邊オサムの至福




「…なんやねん、これ」


渡邊オサム、二十八回目の誕生日。
この歳にもなって誕生日だなんて、祝うほどのものでもなく。年度末の貴重な休日の一日、程度にしか考えていなかった。恋人と一緒に過ごす、なんてことも考えてみたが。
お互い男である俺たちにとって、イベント事を一緒に祝うという習慣は殆どなかったし、俺から誕生日を一緒に祝って欲しいなんて言えるはずもなく、結局そんな考えは捨てて。ならゆっくりと、一日使って疲れを癒せばいいと。普段以上に仕事をして、近くのファミレスでいつもよりちょっと高いセットメニューを注文してから帰った、前日の夜。
満たされた腹と五日分の疲れから、そのまま帰宅し最低限のことを済ませると、すぐベッドに沈んだ。このままずっと、眠っていたい。今年の誕生日は自分感謝デーにしようと、決心した。


だがしかし、昼近くになって覚醒してみれば。
昨日脱ぎ散らかしておいたはずのコートやスラックスはハンガーにかけられ、ワイシャツをはじめ溜まっていた洗濯物は全て、綺麗に洗われベランダで風に吹かれている。
はて、誰がやったのかと首を傾げながら向かったリビング。そこに引っ越した当初からずっと置いてある見慣れたガラステーブルの上には、いつもは掛けられてなんかいない真っ白なテーブルクロス(しかもレース)が掛けられ。真ん中にはご丁寧に、花瓶に生けた花まで飾ってある。

普段、コンビニ弁当を温める為に電子レンジを、カップラーメンにお湯を注ぐ為にガスコンロを使うくらいのキッチンからは、ここ数か月聞いていない包丁がまな板にぶつかる音。よく文章中ではトントンと擬音があてられるような音。加えてレトルトやインスタントの食品では出せない素朴な、そして温かみのある美味そうな匂いが、漂ってくる。

リビングの時点までは、俺の一応恋人である千歳千里がやってくれたのではないか、と思っていた。しかし、この匂いの時点でそれは違うと悟る。
だってあいつ、料理出来ないからな。俺よりも更に、だ。

いつだったか、友達が誕生日にケーキを焼いて大失敗していた、という話を聞いたが。そこに千歳が加わっていたら、更に状況は悪化していただろう。まぁ、男だから。と開き直ってしまえばいいのかもしれないことかもしれないが。それでもあの状況は、酷過ぎる。俺が言うのだから、よっぽどのものなのだ。
そんな千歳に包丁の音は兎に角、こんなに美味しそうな匂いを発する料理を作れるはずはない。


だったら、誰なんだ?
こんな、昼近くまで眠っていたおかげで極限まで空腹を感じている身体に、多大なる刺激と食欲を与えてくれる匂いを発せるような、そんな(多分)美味そうな料理を作れる人物は。


恐る恐る、リビングからのれん一つで区切られている、キッチンの中を覗きこんだ。



「あーオサムちゃん。おはようったい…っとユウジ。これどぎゃんしたら、よか?」
「おはようごさいますーそれと、お邪魔しとりますー…あぁこれは、小春たちが買うて来てくれるモンと足してもらうさかい、今はそこに置いといてや」
「ユウジー鍋沸騰しとるでーっと、どもっす、渡邊先生」
「だぁ!沸騰しとるでーやないわ!火くらい消せや、このボ謙也!!」


そこにいたのは、まぁ会話からもわかる通り。
俺の恋人兼元教え子な千歳千里と、そのお友達である一氏君と忍足君で。


「ユウ君、買うて来たでーあら、渡邊先生。お邪魔しとりますー」
「おい小春!それから財前くん!俺ら二人に荷物押しつけるんやないわぁ!」
「白石…もう着いたんやさかい、文句言わんで…っと渡邊先生、おはようございます」
「なぁ、菓子食うてもえぇ?」


ガチャっと、何の躊躇いもなく開けられた玄関から入って来たのは、彼のお友達の残り四人。上から金色君、白石君、小石川君に財前君。その内白石君と小石川君の手には、近所のスーパーの買い物袋が、しっかりと握られている。


「…何の騒ぎや?これは…」


キッチンとリビングの境で、立ちつくしてしまった俺を傍目に、買い出し組だったのであろう四人はずかずかと、キッチンの中に進み。一氏君が手際よく、買ってものを仕分けていく。その手際よさは、地元で教師をしながら主婦業もこなしている、俺の母親だって顔負けだ。

それをただ、呆然と眺めていると。



「オサムちゃん。準備が出来たら呼ぶったい。それまで、寝室にいて欲しか。お腹空いてるだろうけど…まぁ、今はこれば食べて、我慢しちょって」


今白石君たちが買って来た袋から取り出した菓子パンを渡され、千歳によってつい数分前までいた、寝室へと押しこまれた。


「…何やねん、ホンマに…ここは調理室ちゃうで?」


まだ温もりの残るベッドに腰掛ける。よく見てみると、洗濯物以外にも片付いている部分は、結構見つかって。ネクタイも綺麗に、しかも色別に分けて収納されているし、読み散らかしていた新聞は、廃品回収にすぐ出せるように紙紐で束ねられている。床だって拭かれているし、本棚まで丁寧に整頓してくれてある。一体誰がやったのか分からないが、その並びはとても綺麗で、そして系統や作者、出版社といったところにまでこだわられた棚になっていた。
そんな、すっかり綺麗に…まるでここに引っ越してきた当初のようになった部屋を見渡しながら。千歳に渡された菓子パンにかじりつく。ドアを挟んだことによって、大分少ないものになっていたが。それでもまだ漂ってくる匂いが、菓子パンだけでは満たされない俺の食欲を、刺激し続けた。


「オサムちゃん、お待たせったい。準備、出来たとよ」


それからどれくらい時間が経っただろう。このまま放っておかれたら、もう一度寝てしまいそうになった頃。控えめなノックの後に顔を覗かせた千歳に、手を引かれて向かったリビング。
そこには千歳のお友達一同が、テーブルを囲むよに並んでいて。テーブルの上にはレースのテーブルクロスと花が生けられた花瓶だけではなく、部屋一杯に漂っている匂いの元であろう、見るからに美味そうな料理が、所せましと並べられていて。




「「渡邊先生、お誕生日おめでとうございます」」



満面の笑みで、揃って言われた。



「…あーその、なんや……おおきに、な」



俺はニヤたせいでだらしなく緩んで真っ赤になった顔を見られないよう、頭を逸らしながら。真っ直ぐそう言ってくれた彼らに対してそう、応えることが精一杯だった。


「…みんながな、オサムちゃんにいつもお世話になっちょる、お礼ったいって」


そのあと出て来たケーキに無理矢理刺された二十八本のローソクに灯された炎を吹き消して。こんなことするの、いつ以来だろうと思っていると、一氏君と小石川君の手によって、手際よくケーキや料理が取り分けられていって。気付けば皆、主役であろう俺のことは放って、好き勝手に料理に手を伸ばしている。
そんな若者たちに負けじと、俺も必死に、予想以上に美味い料理をかき込んでいると。隣に座っていた千歳から、控えめに声が掛けられた。その目はこちらを向いておらず、笑い合いながら食事や会話を楽しんでいる、彼の友達がいて。


「みんな、感謝しとるったい。オサムちゃんに…俺も、勿論ったい」


そう言い微笑む俺の恋人は、とても誇らしげだった。



「……なんやえぇな、こういう誕生日も」
「そうとね…まぁ、俺たちが恋人になって、はじめてのオサムちゃんの誕生日だったばってん、二人きりで祝いたかて、思うちょった。やけん、この方がよかちって、思う」
「せやんなぁ…まぁ、来年は二人きりっちゅーことで」
「ん…そうやね」


すっかり膨れてしまった腹をさすりながらソファーに並んで腰をかけ、まだ料理の取り合いを続ける若者たちを眺める。自然と出た言葉に、肯定と共に渡された小さな要望に応えると、千歳はまた、笑った。
そんな千歳を見て、そして口一杯に料理を頬張り笑顔を振りまいている彼の友達を見て。


俺も自然と、笑顔になっていた。



「渡邊先生!」
「「いつも、ありがとうございます!!」」



本当、こんな誕生日も、結構いい。






彼彼。



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