「明日、自分の誕生日やろう」


だから、目一杯お祝いしよう。
これまでの時間を、全て埋めるくらいに。





石田健二郎の約束




今日も今日とて、教室には一番乗りな俺、白石蔵ノ介。いつもだったら予習復習でもしようと、朝の静かなこの時間は、勉強に費やすのだが、今日は違う。
今日俺には、重大な目的があるのだから。
俺がこの場所…自分の席に座ってから、数十分。他のクラスメートたちが次々と教室に入って来る。しかしまだ、俺のお目当ての人物は現れない。

もうあと数分で、朝のHRの開始を告げるチャイムが鳴るというのに。彼はまだ、この教室にはいない。いつもだったらとっくに席に着いている時間なのに。ひょっとして、登校途中に事故にでも遭ったのだろうか。暗い考えが、頭に浮かぶ。それを振り払うように必死に頭を振っていると、早足にこちらに向かってくる足音が、廊下から聞こえた。
その足音は教室の前で止み、ガラリと音を立てて、防寒の為にしっかりと閉じられていたドアが開く。

そこから入って来た人物を認めると、ずっと椅子とお友達になっていた俺の身体は立ちあがり。



「小石川!明日、予定あるか?」



おはようの挨拶もなしに、きちんと隙間ないようにドアを閉めている、小石川に言い放った。


「明日…明日は…」
「暇やろ!せやろ!」


そんな俺に少し驚きながらもおはようと、いつもの調子で挨拶をしてくれてから。小石川はカバンを下ろし、中に入っていた教科書類を机の中に収めながら、思案するような素振りを見せながら、口を開いたが。俺はその言葉全てを聞く前に、目をきらきらと輝かせて。有無を言わさぬ口調で、小石川に詰め寄る。
思えばこのとき、小石川は困った顔をしていたのだ。それなのに俺は、自分の都合ばかりを彼に押し付けていた。


「あ!チャイムや。ほなまた後でな!」


鳴り響くチャイムに俺は自分の席へと、戻る。何か言いたそうに口を開いた小石川には気付かずに。




「小石川の誕生日とやぁ…何あげよか、迷っとね」
「取り敢えずや。ユウジはどでかいケーキ作ってくれや。めっちゃ美味いやつな」
「注文多いわなぁ…まぁ、えぇけど」


その後も何度か、小石川が何かを俺に言いたそうな顔をしていたのに。俺の頭の中は、数日前からずっと立てていた計画でいっぱいで。小石川をどう喜ばせようかってことで、いっぱいで。
彼の顔を見る余裕が、すっかりなくなっていた。
昼休み、いつもの屋上にいつものメンバー…と言いたいが。小石川と忍足は、委員会の仕事だけで来られない。それを幸いにと、俺は明日小石川の誕生日会をしたいと、その為に皆に協力して欲しいことを告げる。すると予想していた通りなのだが、皆からは快い返事がもらえて。
早速今日の放課後、皆でプレゼントを買いに行こうと話していた、そんな時。


「白石、ちょおえぇか?」
「ぐへっ…って忍足?何や自分、委員会は終わったんか?」


飾り付けはどうしようだの、ケーキの他の料理はどうしようだの。まるで親がわが子の誕生日会をどう盛り上げようか、考えるように。いつもより円を小さくして話し合っていると。いきなり学ランの襟を、後ろから引かれた。思わず蛙が押し潰されたような声を出してしまったが(念のために言っておくが、あくまでも例えだ。俺が蛙だという訳でもなければ、俺は蛙を押し潰したこともない)、それにもめげずに振り返ると、委員会に言っているはずの忍足が立っていて。


「えぇから、ちょお、こっち」


そう言うと掴んだままだって襟を、ぐいぐいと引っ張る。仕方なしに立ちあがると、立てた親指でくいっと、屋上の出入り口であるドアを、示す。そこに何があるのだと聞こうとしたが、いつもの能天気な表情はどこへやら、有無を言わさぬ強い瞳に背中を押され、すごすごと俺は、そちらへと歩いて行った。

何だか嫌な予感がして、ため息交じりに重いドアを開ける。すると。



「よぉ、白石」
「小石川?何で自分、こないな所におんねん」
「あの…実はな…」


そこに立っていたのは、バツが悪そうな表情をした小石川で。彼の口から紡がれた言葉は俺の予感通り、俺にとってはあまり、喜ばしいニュースではなかった。



「ふーん、小石がなぁ…」
「まぁ、白石の言い方は強引やったけん。断るに断れんかったとね」
「あら、噂をすれば…おかえり、蔵リン。それと、待ってたで、健坊」



小石川を伴って、向かった時以上にとぼとぼ背中を丸めて戻ってきた俺に、小春から底抜けに明るい声が掛けられる。横に座るユウジからは、まぁ、しゃーないわなって、慰めの言葉が。その反対隣に座る財前くんは、ちゃんと人の話聞いとらんからやでって、呆れたような言葉がそれぞれ、発せられて。


「…まぁ、ちゃんと言いだんかった俺のが悪いんやから…ホンマ、すまんかったな、白石」


益々肩を落とした俺に、小石川から本当にすまなそうな声が掛けられた。
小石川はちっとも、悪くないのに。財前くんの言う通り、ちゃんと彼の話を聞いていれば、こんなことにはならなかったのに。小石川も俺も、こんな思いしなくて済んだのに。


「…悪いんは俺やし。俺が勝手に盛り上がって、勝手に落ち込んどるだけやし…そら、ちょお考えたら、分かるよな。石田さんが小石川の誕生日、何もせんわけないてことくらい」


そう、明日…つまり小石川の16回目の誕生日。先日めでたく戸籍上も親子になった石田さんが、仕事を休んで自分の誕生日を祝ってくれると言ってくれたことに、彼はひどく感激して。学校が終わり次第合流して、一緒に過ごすことを約束したそうだ。
普通の親子だったら、16にもなって父親と二人きり?と思ってしまうかもしれないが。小石川と石田さんは違う。普通じゃない、なんて言い方はよくないってわかっているが、一般論からしたら、二人は“普通じゃない”だけど列記とした“親子”なんだ。
そんな二人が、今まで出来なかった分、思い出をつくろうとしているのに。俺なんかが邪魔していいわけ、ないじゃないか。



ただ。
はじめて出来た友達が、友達になってからはじめて迎える誕生日を、祝いたかったんだ。
これまで一緒に祝った、ユウジと小春、それから千歳の誕生日は、すごく楽しかった。だから、小石川の誕生日にも同じように、皆で笑いたかったんだ。
ただ、それだけだ。



「…まぁ、白石主宰の小石川の誕生日パーティは、一日延期すればえぇっちゅー話やな」


それが出来ないと決めつけて、大袈裟化もしれないが、この世の終わりだとでも言いたいような顔をしていた俺だったが。


「なんやて?もう一遍、言うてや」
「やから。別に誕生日当日に祝わんでもえぇやろって、言うとるんや」
「そうったい。俺、大晦日産まればってん、当日友達に祝ってもらったことなん、殆どなかよ」


忍足の言葉に、弾かれるように頭を上げる。
すると、何を当たり前のことを、と顔に書いた忍足と千歳が、諭すように言葉を、紡いでくれて。


「せやな。4日やったら俺、時間あるさかい…その日に祝ってもらうても、えぇかな?」


それから重ねるように、少し照れくさそうに紡がれた、小石川の言葉に。



「も、もちろんや!約束やで!明後日は必ず、俺主催の誕生日会やるんやからな!」



目一杯、頷いたのだった。
そんな俺を見て小さく微笑んだ小石川は、笑顔のまま、右手の小指を差し出してきて。
俺も自分の小指を、それに絡めた。指きりなんて、小学生の頃妹とした以来だなって、思った。





***




「どないしたんや?健二郎」


空になった皿が下げられて、広くなったテーブル。次に出される料理は何だったか、目の前に座る息子の好きなものばかりを注文したはずだから、彼はきっとまた、喜んでくれるだろう。
そんなことを考えながら、健二郎の方を見る。先ほどから右手の小指を立て、それを嬉しそうに眺めている彼に、思わず声を掛けた。


「ん…何でもない。せや、義父さん」


その小指を大切そうに、右手で包みこむと。健二郎は少し照れくさそうな顔をしてから、言葉を発する。


「明日、友達と約束あんねん。ちょお遅くなるかもしれへんけど…えぇ?」
「なんや、えぇに決まっとるやろう。楽しんできなさい」
「ん。おおきに」


“友達”という単語を発する時、健二郎はまだどこか、照れくさそうな顔をする。そして発し終わると、嬉しそうな顔をする。それはきっと、彼にとってその“友達”が、かけがえなく大切な人たちだから。そしてきっと、彼にとって“友達”が、未来を変えてくれた恩人であるから。
そんなことに気付いたのは、もう大分前のこと。本人はそれに気付いていないようだから、口にすることはないが。


運ばれてきた料理に、わあっと小さくだが感嘆の声を漏らして。新しいナイフとフォークを手にした健二郎に。
やっと本当の親子になれた、ワシのかけがえのない一人の家族に。



「誕生日おめでとう、健二郎」



今日何度も贈られてきたであろう言葉を。
そして明日もきっと、何度も贈られるであろう言葉を。




もう一度、贈った。




どうかこの子の未来が、幸多いものでありますようにと、祈りを込めながら。








彼彼。



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