「誕生日、おめでとう」


この歳になってまで“誕生日”に拘りなんてないけれど。
だけど祝ってもらえることは、やっぱり嬉しい。それが好きな人だったら、尚更。


「堪忍な、一緒におられんで」


大丈夫。その気持ちだけで、十分だから。






千歳千里の忙殺




「よっしゃ!ダッシュで食品売り場や!」
「タダで蕎麦食えるんやで!?なくなってまう前に、早う行くで!!」


昼食を済ませてキッチンでおせち料理を作る母と妹の背中を眺めながら、リビングで寛いでいたところにいきなり掛かってきた電話。出てみればいつものメンバーが電話の向こうには勢ぞろいしているようで。「今すぐ出て来いや!一緒に歳越そうや!」と、その言葉に頷いてしまったのは日付変更直後に掛かってきた、あの人からの電話のせいだろうか。

指定された場所に行ってみれば。忍足と小春はセールで買ったのだと、両手に紙袋をいくつも抱え。一氏も安かったから買ってしまったのだと、頬を掻きながら新しい裁縫箱と、大きな布を見せてくれた。財前は誰に貰ったのか知らないが、両手いっぱいに菓子を抱え、持ちきれない分は何やら幸せそうな表情の白石に押し付けていて。唯一手ぶらの小石川(本当は石田だが、言いにくいから結局小石川で貫いている)は、そんな面々に苦笑していた。

元々、白石は小石川と、忍足は遊びに来ていた従兄と、そして残り三人は三人で遊んでいたそうだが。何の因果か途中、ここ…学校の傍にある大型ショッピングモールでばったり出くわして。



「そんで今夜、二年参りしようってことになってん。そんで、どうせ暇しとるんやろうから、千歳も呼んだろーってことになったんや」


手にした菓子を財前に与えながら、暇やったやろ?と重ねて聞いてくる白石に、俺は小石川と同じような表情を浮かべることしか出来なかった。まぁ、暇をしていたことは事実だけれども。本当は今頃…と考えると、少しだけ痛む胸。だがその痛みは目の前で広げられているコント染みた日常に、消されていった。
さて、合流したまではよかったが。


「千歳ぇ!あの服!あの緑の服取れや!」

「…疲れた。おぶれ」

「迷ったら千歳集合!はい、解散!」

「……ちとっちゃんやったら、ちょお色目使うてお姉さんにお願いしたら、きっともっと、安うしてもらえるわよねぇ?」



こいつらは人のことを何だと思っているのか。まだ半分も回っていないと言うショッピングモールを走り廻ると、次々と荷物を増やしていく。その最中、俺を移動手段にしたり、値切りに利用したり、集合場所にしたり…一体自分が何のために呼ばれたのか、分からなくなってきた。そもそも二年参りをするのだったら、別に昼間から集まる必要なんてないんじゃないか?

いつの間にか持たされていた荷物。背中にへばりついた物体…もとい財前。次はあっちだこっちだと引っ張られる腕。本当、俺は一体何のために来たのだろう…



「ほい。これ千歳の分な」
「冷めんうちに、皆で食おうや」


そんなことを考えていたら、差し出された湯気の立つプラスチックの容器と割りばし。中を覗いて見ると蕎麦が入っていて。そう言えばそろそろ一休みしようと小石川が言いだし、やっとの思いで休憩できると思っていた矢先に場内アナウンスが入って。それによって知らされたイベント…年越し蕎麦の振舞いに参加しようと、皆で走ってきたのだった。背中の重みが消えていると思ったら、ずっとへばりついていた財前は小春とユウジに挟まれ、既に蕎麦を啜っていた。まぁ、一時期の扱いに比べればマシになった…と、思いたい。

はよ取れ、と目で促す白石から受け取った容器は暖かくて。啜った蕎麦は絶対に家で食べるものの方が美味いに決まっているのに、だけど母が茹でる蕎麦よりもずっと、美味しく感じた。



そうこうしている内に、時間はどんどん進んで行き。荷物も最初の倍以上に増えて。一旦一番近い小石川の家に荷物を置かせもらうと行けば、仕事が終わるめどが付かずに、一度荷物を取りに来たのだという石田さんがいて。どうせなら時間までここにいればいいと、許可を得た俺たちはコンビニで食糧を調達すると、石田邸の広いリビングで宴会紛いのことを始めた。

それが中盤に指し掛かり、皆で歌合戦とお笑い番組を交互に観始めた頃になって初めて、携帯に先生からメールが何件も届いていることに気付いて。
読み進めていくとその内容が段々「怒っとる?」「愛想尽かしたん?」「何でもするさかい、許してや」と、切羽詰まったものに変わっていくことが、妙に可笑しかった。そう言えば深夜、電話を終えた直後から彼らと合流するまでは、俺よりも家族を選んだ(選んだ、と言っても、体調を崩されたお祖母さんの見舞いに行くのだから、仕方ない)先生に対して少なからず嫌悪を覚えていたのに。そんな感情…それだけでなく、先生に約束を反故にされたことすら、忘れていた。

目の前でテレビを囲み、映された芸人のネタにダメだしをしたり、歌手と一緒に熱唱したりしている友人たち。その姿を見ているだけで、自然と笑みが零れてきて。




――別に怒ってなかよ。こっちはこっちで、楽しんでると。心配せんで、よかよ。



それだけ返すと、携帯の電源を落とした。



「ほな、行こうか」
「ん。今から行けばまだ、そない混んどらんやろ」


歌合戦がそろそろ終わるという時間。すっかりくつろぎモードに入っていた俺たちだったが。当初の計画を思い出すと重い腰を上げる。昼間とは比べようのないくらいに冷えた空気から身を守るように、先ほど買ったジャケットやコートを皆、身に着けると。



「よっしゃ!行くで!!」



白石の声を合図に、夜の街へと繰り出した。




除夜の鐘が鳴る中、何人か俺たち同様にお参りに行くのだろう、カップルや親子連れの姿を見ながら、7人という大人数で道一杯に広がりながら、歩く。風が吹くと身を寄せて、身体が温まってくると距離を置いて。車が通れば縦一列に並んで。他愛のないはなしをして、今年一年を振り返って。そう言えば彼らと知り合ってまだ一年も経っていない事実に、少し驚いた。もう何年も前から知っている友人のような、そんな感じがしていたから。


目的地に着くと、もうすっかり列が出来てしまっていて。このままでは年内に境内に辿り着くのは不可能ではないだろうか。人より頭一つ高い身長を生かして先を見るが、あまり広くない参道は人で溢れかえっている。
ごーん、ごーん、と、重い音が響く中。目的が果たせないかもしれない、何てこと気にせずに。俺たちはいつものように笑って、笑って。風を受けている身体は寒いはずなのに、そんなもの何も感じないで。

大晦日に因んだうんちくを忍足が披露して。それに小春が嘘情報を付け加えると白石と財前が本気にして。小石川が二人にそれは嘘だと言い聞かせる一方で、ユウジは小春に注意して。
学校にいる時も、こうやって休みの日に学校外で会う時も、ちっとも変わらない姿。変わるのは学校では皆揃いの制服を着ているのに、今は皆思い思いの服装でいる、ということくらい。



そんな空間がいつの間にか、心地いい場所になっていた。
そんな空間がいつの間にか、先生の隣くらい好きな場所になっていた。



腕時計を見ると、あと数分で今年が終わる。そんな時間になってもちっとも、境内には辿り着けそうにはない。だけどそんなこと、どうでもいいことのように感じられるのはきっと、彼らと一緒にいるからだろう。
こんな俺とでも一緒にいてくれて、認めてくれる彼らが一緒にいるからだろう。
ありがとう、小さくそう呟いてみようかと口を開けた瞬間。皆がくるりとこちらを振り返る。
思わずきょとんと、口を開けたまま間抜け面を晒してしまった俺に、満足そうに微笑んでから。



「いっせーのっせ!」

「「千歳、誕生日おめでとさん!!」」



除夜の鐘の、最後の一音が響く。
並んでいた人たちから、歓声が上がり。遠くの空では花火が咲き開き、光り輝いている。



「あ、年変わったみたいやな」
「あけましておめでとー」


周りの歓声と一緒に飛び上がってから、まるで何事もなかったかのように会話を再会させる。え?俺、今日が…正確には昨日が誕生日だなんて、誰かに言っただろうか?相変わらず間抜け面をしていた俺に、近付いて来た小石川が柔らかく笑いながら言う。


「財前がな、金太郎君から聞いたんやと。自分が大晦日産まれやって。それを小春に言うてな、まぁ、今日全員集まったんは偶然やってんけど。どうせやったら千歳の誕生日祝い、しようやってことに、なってん」


先生やご家族と過ごした方が、自分はよかったんかもしれんけどな。
そう付け加えた小石川は照れくさそうに笑うと、また皆の輪に戻ってしまった。
まだ、頭の整理が付かない。目の前でいつも通りにしている皆を見ても、ちっとも落ち着かない。寧ろ心を乱されてしまっている。
そのままの状態で何となく賽銭箱の前で手を合わせていたが、願えたことなんて何もなかった。

それから参拝を済ませると、来た時同様に道一杯に広がりながら小石川の家に向かう。ただ違うのはまだ頭が展開を飲み込めていない俺が、その列から外れて地面を見ながら、考え込んでいるだけで。


「せや千歳!学校始まったら改めて誕生日パーティな」


急に思い出したように紡がれた言葉。弾かれるように顔を上げるとそこにはいつもと変わらない笑顔を浮かべた皆が立っていて。


「せやでー光がもうちょい早う言うとったら、ちゃんとお祝い出来たんに…」
「……教えただけ、マシやし」
「こいつはまた可愛ないことを…ま、確かに言うたんは偉かったけどな」
「謙也、光んこと甘やかすなやー今年はもっと厳しく育てるんやから」
「てユウジ、自分は財前の親かっちゅーねん」


たった一人の好きな人じゃなく、巡り会えた何人もの大切な人たちに祝われる誕生日。



「…ありがと」



それも結構いいものだって、思えた。
そんな2009年、それから2010年の、出来事。







彼彼。



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