いつもの様にギターが入ったケースを抱えて、街に出る。
いつもの様に地下道の中心、ちょっとした広場になって居る場所に着くと、ギターを下ろす。

ギターを肩に掛け、ケースを目の前に広げ、弦を掻き鳴らせば響く音。


誰だかが言っていた、地下道にシンガーが多いのは、良く音が響いて普通よりも上手く聴こえるからだと。


その通りだと思いながらも俺は、今日もギターを掻き鳴らし、声を張り上げた。






ミュージックアワー





一曲唄い終えて一息つけば、目の前にしゃがみ込みぱちぱちと、手を叩いた少年。
しゃがんでいる為はっきりとは分からないが、多分俺よりも背は小さい。髪と同じくらい真っ黒な瞳と、両耳を彩るピアスが印象的だった。



「今の曲、俺めっちゃ好きっすわ」

「…そか。おおきに、ありがとう」



少しだけ口角を上げるだけで作られた、嘘っぽい笑顔。
だがその言葉は嘘偽りがないように感じられた。



それから、何曲か唄いつづける。彼はずっとそこにしゃがみ込んで、真っ黒な瞳をこちらに向けて。
足早に通り過ぎる人の中、まるで俺と彼だけ時間が止まっているようだった。





「俺ね、今日フラれたんっすわ。ずっと付き合うとった、幼馴染に、俺はもう、邪魔や言われて」



一時間くらい唄っていただろうか。空だったギターケースには小銭が投げいれられている。これで帰りに弁当でも買うか。
そう思いながらもずっとしゃがんで、俺の歌を聞いてくれた彼に目をやる。


すると、突然紡がれた言葉。



「へー…そりゃ、その、なんちゅーか…」



唐突すぎたその言葉に、俺の脳はついて行けず。
あぁ、こんな時どんな言葉を掛けてやればいいんだろうか、きっと傷ついているであろう彼の傷を、どうしたら癒せるだろうか。そんなことを考えながら必死に言葉を探していると、目の前の彼はまた少しだけ口角を上げて。



「…お兄さん、えぇ人やね。初対面の相手にいきなり身の上話されたんに、一生懸命になってくれて」

「そ、そないなことないっちゅーねん」



真っ直ぐ紡がれた言葉に照れて顔を逸らせば、耳真っ赤やでと、からからとした笑い声が聞こえた。
振り向き飛び込んできた顔には、先ほどと違って多分彼にとって本物の、笑顔が浮かんでいた。




「ついでに言うと、今日俺の誕生日なんっす」

「へーおめっとうさん」



誕生日にフラれたのか。それは目出たいなんて不用意に言ってはいけなかったんじゃないか。
言い終わってからそれに気付いた俺は彼を見るが、特に機嫌を損ねたようでもなく、そのまま言葉を紡ぐ。



「…俺、まだケーキ食うとらんのです」

「ほーそれは残念やなぁ…て、自分、ひょっとせんでも…」



嫌な予感がした。

だがしかし、俺たちつい数時間前に出会ったばかりだぞ。名前すら知らない、ほぼ赤の他人なんだぞ。そんな相手に、まさかなぁ?



「はい。そのお金で俺にケーキ、おごってください。そんで俺の誕生日、一緒に祝うてください」



その、まさかだった。



彼はギターケースの中に溜まった小銭を指さすと、にっこりと音が出るような笑顔を見せた。


拒否することも、出来ただろう。否、普通だったら拒否する。こんな、見ず知らずの何の接点もない人間の誕生日を、祝うだなんてこと、普通だったらしないだろう。


それなのに、俺は。



「…しゃーないなぁ、駅のドトールのケーキでえぇやろ。こないな時間やと、そこくらいしかやっとらんわ」

「えーもっと高いケーキが食いたいっすわーせめて、スタバにしません?」

「我慢せぇや!」



小銭をかき集めポケットに突っ込み、来た時同様ギターを背負うと。彼の手を取って歩き出したのだった。
男同士手を繋ぐなんてこと、この歳になってやるだなんて思わなかったけど。だけど随分と減った通行人と、唄い遂げたことによる高揚感が、それを可能にしてくれた。
掴んだ手は同じ男とは思えないくらい華奢で冷たかったけど、指が長くて。あぁ、こいつギター弾くんに向いてる手してるなって、思った。



辿り着いたドトールで、一杯200円のアメリカンを飲む俺の前、ケーキとカフェオレを美味そうに頬張る男が財前光と言う名前だということを。俺の大学の後輩だと言うことを知るのは、まだ少し先の話。



そして二人並んで、あの地下道でギターを掻き鳴らすようになるのは、もう少し先の話。






End.






光誕


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