※大学生設定





「いらっしゃいませー」

自動ドアが開く音、そこから流れ込んでくる少し生温かい春の夜風。
ドアの方なんて、入ってきた客なんて目もくれず。手元にある雑誌を捲りながら言う。

客は一人なのだろう。話し声は聞こえない。店長は奥で深夜放送の映画を観ることに夢中になっている。自分の顔は未だに、カウンターの上に広げられた雑誌の誌面に向けられたまま。



「お願いします」



聞きとれるか聞きとれないか、そんな小さな声とカウンターの上に置かれた食品。
期間限定の炭酸飲料と結構がっつり系の弁当。それから、白玉善哉。

そのチョイスに一体どんな人間がこれを買うのだと、雑誌を引っ込めて顔を上げて見れば。



「…あの、会計…」



そこに立っていたのは、自分とさほど変わらないであろう、男だった。






コンビニ物語。





その後も彼は何度か、深夜に訪れてはペットボトル飲料と弁当と、それから白玉善哉を買って行った。
一度だけ白玉善哉が切れていたことがあって。その時は飲み物と弁当だけを買って行ったが。レジにそれを持って来た彼の顔は、不愉快そのものであった。


そんなことを何か月か繰り返す内に、わかったことがある。

どうやら彼はこの春からこの辺りで一人暮らしを始めたのであろうこと。
毎週三日、月・木・土曜と深夜のバイトをしていること。
家に招くような友人はいないこと。
それから恐らく恋人も。


ずっと彼はペットボトル飲料と(期間限定ものや新製品に弱いらしく、いつも変わった銘柄のものを買って行く)弁当と(細い身体しているくせに、意外とがっつり系を好む)。それから白玉善哉を買って行く。

いつしか俺は彼が来ることを楽しみにしていた。会話なんて交わしたこともないし、俺から発する言葉は「いらっしゃいませ」「何円になります」「お弁当は温めますか?」「何円のお釣りです」「ありがとうございました」これだけ。
対して彼から発せられる言葉も「お願いします」「どもっす」それくらい。


それでも別によかった。
そんな会話とも言えないやり取りであっても、俺は楽しかった。
ちっとも目を合わせない彼に自分がどう認識されているかなんて、わからなかったけど。それでもよかった。


名前も知らない彼が、深夜のコンビニに通っていること。
一見クールそうに見える彼が、白玉善哉が好物であること。

それを知っているのは自分だけだという、妙な優越感すら抱いていた。




それが変わったのは、夏のことだった。





「ひかるは善哉やろ〜ワイも、たこ焼買うてもえぇやろ」

「…勝手にしろや…」

「ん。そーする!兄ちゃん!あとたこ焼三つな!」

「三つて…まぁ、別にえぇけど」



夏休み前の三連休。
フリーターである自分は暇だろうと、昼からバイトに借り出されて。その日はじめて、太陽の下で彼と会って。

開いた自動ドアの先、彼は誰かと一緒だった。太陽みたいに笑う男と、一緒だった。


善哉がないときにだけ表情と呼べる表情が浮かぶ顔には、俺が見たことがない笑みが浮かんでいて。テンポよく進んで行く会話は、二人の付き合いの長さを物語っているようだ。

手にしたかごに、彼と並んだ男はぽんぽんと、いつも彼が一人で買うものを放りこんで行って。それは男が彼のことを、よく知っている証のように思えた。



「合計で、1829円になります」

「あー…じゃあ、2000円からで」

「かしこまりました。2000円お預かりですので、171円のお返しです。ありがとうございました」


そう言い釣りとレシートを渡せば、それをジーンズのポケットに突っ込んで、カウンターの上に置かれた袋には手を伸ばさずに歩き出す。


「せや、ひかるの誕生日はでっかい白玉作ったるからな」

「…自分、料理なん出来たんか?」

「頑張れば出来るわ!うん、愛があれば何でも出来るて、小春も言うとったしな!」

「……気持ちだけ、貰うとくわ」



置き去りにされるかと思った袋は、とても自然な動作で男が持ち、彼の横に並んで歩く。楽しげな会話の続きは、ドアに遮られて聞くことができなかったけど。



「…ひかるって言うんや…誕生日、なんやなぁ…」




ちょっとだけ、彼について知ることが出来た。そんな日だった。



熱気で歪んだ空間の中、小さくなっていく背中を俺は、ずっとずっと。眺めていた。






End.







光誕


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