さよならなんて、言ってあげない。

君から言われるまでは、絶対に言ってあげない。





オレンジ





別に、どちらからなんて、覚えていない。

俺はずっと小春が好きで、彼はずっと振り向きもしない幼馴染が好きだった。


最初に彼の恋心に気付いた時は、ガキがいっちょ前に色気付いてと、苦々しく思ったもんだったが。あまりにも一途に、そして一心に相手を思い続けている姿には、共感してしまっていた。




「なぁ、それで寂しないん?」




その言葉を最初に放ったのも、最初に手を伸ばしたのも、どちらからかなんて、もう覚えていない。



それくらい何度も、俺たちは持て余した感情を昇華させようと、互いを欲した。


それは決して恋なんかじゃない。そこにあったのは、ただの若い欲と決して消せない想い人への思慕。
そして情後のけだるさと虚無感。ただそれだけ。



いつだったか、彼の想い人の声真似をしたときがあった。目を閉じた彼に、好きだとか愛しているとか、そういった類の声を掛けてやる。その間はずっと嬉しそうに顔を綻ばせているが、終わった瞬間には総てが空しいと、そう顔に書いてあった。


互いに、想い人ではなく目の前にいる相手の手を取って溺れてしまえば楽になると、わかっていた。だけどそう出来ないくらいに、俺たちは想う相手を愛しすぎていたし。それが出来ないくらいに、お互いを理解してしまったから。



だがそんな日も、今日で終わる。俺たちは卒業し、俺は必死に勉強した甲斐あってか、小春と同じ学校への進学を決めていた。
それを彼に言ったら、すこし呆れた様な顔をしてからおめでとうと、笑顔で言ってくれた。そういう彼も、年齢という決して埋められない溝はあるものの、あと一年は確実に想い人と一緒にいられるのだから、真正面からぶつかってみると、笑っていた。



「ほんなら皆、元気でな!」



卒業式の後、部室で行われた質素だけど盛大な追い出し会。俺と彼が言葉を交わすことは、一度もなかったけれども。
別れ際、他の卒業生と並んで歩きだした俺を引きとめて彼がくれた言葉。



「ユウジも、元気でな。ワイ、ユウジには負けんで」



そう言ってみせた笑顔は、彼が想い人に向けるものと寸分も違わなかった。



小春が俺を呼ぶ声がする。いつもだったらそれにすぐ応えて、彼のことなんて目もくれず走り出すのに。それなのに俺は笑顔を浮かべている彼から、目を逸らせなくて。



「ほれ!何ぼさっとしとるん?はよせんと、小春が行ってまうで!…またな」



そんな俺の背中を押すと彼は、元来た方へと、走り出した。またなと言った顔がどこか寂しそうに見えたのは、俺の願望なんだろうか。



オレンジ色の光の中、ただでさえ小さな彼の背中はどんどんと小さくなっていった。その背中が消えてしまうまで俺は、その場に立ち尽くしていた。






End.







金誕


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