そんなに騒々しくしないでも、わかっている。
君の気持ちは痛いほど、わかっている…つもりだから。





マウンテン





「オサムちゃーん、好きやでー」

「…はいはい、俺も好きですよー」

「へへへーなら、よかったわ」



満面の笑みを浮かべて抱きついてくる子どもをあしらうことに、やっと馴れたのはつい最近のこと。

はじめは真っ直ぐ向けられてくる無垢な笑顔と、全身でぶつかってくる情熱に気押されていた。こんな笑顔を見るのは、教育実習で訪れた小学校で出会った新入生以来だったし、こんな情熱をぶつけてきた者は、未だかつていないだろう。

それを言い方は悪いが、上手く扱えるようになったのは、彼を部活中に抑えていた存在が引退してしまった後。彼とは正反対に全くやる気を感じられない新部長であり彼の幼馴染に「あいつは嘘、吐きませんよ」と言われてから。本音で自分を真っ直ぐ好いてくれている相手を、邪見にする理由が俺にはなかった。


ただ、その“好意”の意味が、俺が意図していたものとは違うということに、気付くまでは。







「…なんや?遠山。この状況は…」

「なにてー…オサムちゃん、ワイのこと好きなんやろ?そう言ったよな?」

「あ、あぁ。言うたなぁ…それが、どないしてこの状況に、繋がるんや?」



この状況…俺は目の前にいる彼に、馬乗りにされている状態にある。
ぐいっと上体を折り曲げて顔を近づけてくる彼から、至近距離で向けられてくる彼の視線から逃れるように顔を逸らしながら。そんな俺の態度に少しヘソを曲げたように頬を膨らませたあと。



「やから、ワイがオサムちゃんのこと、いただこー思うて。他の奴に取られてまう前に、いただいてまえー思うて」



いつも見せている笑顔で、放った言葉…はい?今あなた、何て言いました?そんな純真無垢を絵に描いたような笑顔で、何を言いました?


「オサムちゃん、聞いとるー?」

「ちょちょちょー!だ、誰にそないなこと習ってん!だ、誰や遠山にこないなこと教えた奴は!」



ぺちぺちと、彼にしては控えめな力で頬を叩かれたことによって、ようやく現実を見つめることが出来た俺は、馬乗りになっていた彼の肩を掴み起き上る。
いくら相手の方が力があるとはいえ、体格差は十分。俺だって一応はテニスプレイヤー、筋力はそこら辺の同期よりあるつもりだ。それを利用して起き上りついでに、彼の事を押し倒す。
そうすると「やっとその気になってくれたんやな」と、また嬉しそうに笑うのだから、眩暈がした。

そんな彼の両肩をしっかりと押さえた状態で(そうでないと、また馬乗りにされてしまう。そうなったら厄介だ)、彼の両目を見つめたまま再び、同じ質問。



「…誰に、こないなことせぇって言われたんや?言うてみ」



俺には到底、彼が一人でこんなことを思いつくとは、考えられなかった。どうせ誰かが純真無垢な彼に、いらん知恵を植え付けたのだろう。そんな俺の予想は、見事に当たっていて。



「ひかるがなぁ、好き合うとる2人やったら当然やでーって。早うせんと他の奴に取られてまうでーて、言うとってん。そんでなーワイ、他の奴にオサムちゃんのこと渡したなくて。で、きせーじじつっちゅーヤツを作りに来たんや」



にこにこと、褒めてと言わんばかりの笑顔を向けて一連の黒幕の正体を明かした彼に、思わずため息を吐いてしまった。
あぁもう、新部長め。こんな純粋な子どもに、何を教えているんだ。


そう思い、押し倒したままだった彼の上から退こうとした瞬間。

ぴろりろりーんと、間抜けな電子音が響いた。その音のした方向へと恐る恐る顔を向けてみれば。



「…決定的証拠、ゲットや。これで言い逃れ出来んですよ、せ・ん・せ・え」



携帯を構えた新部長が、見たことがないくらいにえぇ笑顔をして、立っていた。その言葉に自分の置かれた状況を確認する。
俺の下には、自分で開けたのだがシャツの前が肌蹴られた状態の教え子。俺の手はその両肩を、しっかりと押さえている。
誰がどう見ても、俺が彼の事を襲っているようにしか見えない。



「ちょちょちょー!ざ、財前!何しとんねん!」

「言うたでしょ。こいつは嘘、吐かんて。ホンマにあんたのこと、好きなんですよ。せやからちゃんと、責任とって幸せにしたってください。こんなんでも、俺にとっては大事な弟分なんで」



ディスプレイに表示された、彼の上に覆いかぶさるようにしている俺の画像を示してから、手早く携帯をポケットにしまって「後はお若い2人でごゆっくりー」なんて言って部室を後にしようとする財前の肩を掴み引き止めるが、にやりと笑いながら顔に、責任取れ馬鹿野郎と書いたまま新部長様は、後ろにいる彼にひらひらと手を振り、頑張りーと気の抜けたようなエールを送りながら、出て行ってしまった。


振り返れば、起き上った彼が満面の笑みを浮かべて座って居て。



「ほな、続きしよか!」



その目が餌を狙う猛禽類のものに見えたのは、きっと気のせいではない。
そしてその餌がこの俺であることも、間違いではない。



素早く飛びついてきた自分より身長も低ければ歳も若い…若いなんてもんじゃない、一回り以上幼い彼に、再び上られた状態になりながら、これから先自分自身の身に起こるであろう事態を想像して、赤くなったり青くなったりしながら、思った。





End.






金誕


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