彼と彼らの日常。04




「久しぶりやな財前、もう調子はえぇんか?」


てけてけと遅れてやって来た少年(多分、彼が噂の財前くん)に、小石川が優しげな笑みを浮かべて問いかける。すると財前くん(きっと)は、きょとんとしたような表情を浮かべて、そして。


「別に。けんじろーに心配されることとちゃうし」


ぷいと、顔を背けた。何あれ、すっごく可愛いんですけど。本当にこれ、高校男子ですか?俺たちと同じ性別・年齢の人間ですか!?


「んもう!光ったら素直に心配してくれてありがとーくらい言うたら?」

「べ、別にそんなこと、思っとらんし」

「せやで〜光。自分ことこない心配してくれる奴なん、他におらんかもしれんど?」

「ユ、ユウ君と小春ちゃんがおってくれるやろ!くれへんの!?」



ユウ君と小春ちゃん(多分)にからかわれながらも必死に言葉を返す姿は、身長のせいもあってかどう見ても年下にしか見えず。ぶっちゃけんでも俺の妹よりも可愛い。完全に顔が緩みきっていたのか、忍足に顔ヤバいでと、腹を小突かれた。そんな気はなかったんだけどな。


「せや財前、自分に頼みたいこと、あるんやけど…」


暫く三人の漫才のようなやり取りを笑顔で眺めていた小石川だったが。本題を思い出したと言わんばかりに胸ポケットからあの写真を取り出し、財前くんの方へと差し出す。
身長差が大分ある為、若干かがむ形になったがしっかりと、彼の手にそれを、握らせて。



「これ、なんやけど…」

「なんやこれ。めっちゃ趣味悪い合成する奴、おるんやな」



小石川が言葉を紡ぐよりも早く、財前くんは顔いっぱいに嫌悪を滲ませると、吐き捨てるように言い放った。その様子に彼の両隣にいた二人もその手元を覗き込み、そして同じように、顔を歪める。


というか財前くん、今合成だって、言わなかったか?初めて見る写真、そして写っているのはあまり接点のない人物(イコール俺)。それなのに一目で合成だと、見破ったのではないか?
彼ならひょっとして、本当に…そう思うと無意識のうちに身体に力が入る。


「せや、この作り方とか自分わから…」

「これ、さっきから変な顔でこっちみとる奴やろ?何や自分、誰かに恨まれるようなことでも、したん?」


小石川の言葉に乗るように一歩前に踏み出そうとした瞬間、彼の言葉を遮っていきなり振られた言葉。俺より頭一個以上小さい所にある大きな黒目が、面白そうに細められる。
先ほどまで小石川たちに見せていたのとは、全く違う顔。年相応、否、表情だけ見ていたら俺たちよりも大人びて見える、そんな表情。



「なぁ、なんか心当たり、ないん?」



尚も問いかけて来る言葉に、その表情に見入っていた俺は漸く、思考することを始める。
確かに自分を偽って完璧を装って、クラスメートたちのことを今まで欺いて来てはいたが。恨まれる…までは行かないだろう。多分。だってあの時、この写真を差し出したあいつだって言ってくれていたじゃないか。最近の、自然に接するようになった俺のことを、いいって。だからきっと、恨まれることはないと、思う。

じゃあどうして?俺、誰かに恨まれるようなこと、したか?ないない、100%ない。有り得ない。こんなこと、されるような筋合いはない。



「…心当たりはあらへんけど…せやけど知らんところで、無意識やけど誰かんこと、傷つけてしもうてたんかも、しれへんな…」



そう自信を持って言えるはずなのに。
一瞬。そんなことを堂々と言って目の前にいるこの少年たちに、嫌われはしないかと、思ってしまう。自分勝手な奴だと思われてしまいやしないかと、恐れてしまう。
そして俺の口は心にもないことを、ぺらぺらと喋っていた。それはそう、以前の俺の答え。優等生の模範的な答え。嫌われたくないが為に、自分を守る為に発せられた、言葉。


だが今更訂正したって仕方ないだろう。そう思ってそれ以上言葉を紡がない俺に。





「うそつき」




真っ直ぐ、財前くんの瞳が突き刺さった。

その言葉にどう反応していいのか分からず、曖昧な笑みを浮かべてしまう。そんな俺の態度に、先ほどまで細められていた黒目は方向を変えて細められる。眉間に皺を、刻みながら。



「俺、調子えぇこと言うて、自分のために嘘ついて。そんでへらへらしとる奴なん、大嫌いや。やから協力するなん、死んでもごめん」



そう一言吐き捨てると、写真を放り投げて俺たちの横を颯爽と、すり抜けて行った。小さなその身体は背筋を真っ直ぐ伸ばして。とても強く、見えた。



「ちょ!光待ちい!」

「堪忍な小石!それからあんたらも。光んこと、許したってや。光待てや!」



教室を出た途端走り出した財前くんを追うように、眼鏡君が駆け出す。それに遅れて、バンダナ君も財前くんの放った写真を丁寧に拾い小石川に渡すと俺たちに頭を下げて、走って行った。


そんな彼に応えることも出来ず俺はただ、呆然と立ち尽くすことしか、出来なくて。



「…そろそろ休み時間終わるさかい、帰るで」



気遣うように小石川が声をかけてくれるまで、財前くんが去って行った方向を、ただ眺めていた。


うそつき。俺、自分みたいな奴なん、大嫌いや。


その言葉が、ずっと突き刺さったまま。





***





「光、なんであないなこと言うたんや?」


教室から出るなり走り出したはいいが、簡単に追いつかれて掴まって。あれだ、掴まった宇宙人みたいな状態のまま小春ちゃんとユウ君に空き教室へと連行された。途中知らない奴らにめっちゃ見られた。屈辱。

チャイムが鳴る音がするのに、出ようとしないことから、次の時間はこのままサボるつもりだな。次は古典だったからちょっとラッキー。そんなことを思いながら座らされた椅子の上、足をぶらぶらさせているとユウ君が正面に屈み俺と目を合わせて、ゆっくりと優しく、問いかけてきた。


こういう時、ユウ君は、決して無理矢理聞き出そうとしない。こうやって優しく優しく、俺の心に入って来る。それでも言いたくないことは絶対に言わないでいると、小春ちゃんが力づくで聞き出そうとしてくる。そうなると俺は逆らう術を持たないので、簡単に口を割ってしまう。これは昔からちっとも変わらない。ユウ君が優しく問いかけてきているうちに口を割った方がいいことは、学習済み。だから。


「…別に、なんとなく。なんとなくやけどあいつ、ムカついたんやもん。簡単に嘘つく奴なん、俺信用したないし」


別に言いたくないことでもなかったし、俺はユウ君と合った目を逸らさずに、そう言った。きっとユウ君と小春ちゃんなら、これだけ言ったら分かってくれると思ったから。


案の定、俺の言葉に二人は顔を見合わせると、仕方ないって言うみたいに溜息を吐いて、そして笑って。



「光が嘘付かれるんが嫌いやって、分かっとるよ。せやけどさっきんは、光かて悪い」



窘めるような口調で、隣に立っていた小春ちゃんも俺と目線を合わせて語りかける。最後の悪いってところだけ、ちょっと顔をしかめて見せて。



「なんで?俺別に、ホントのことしか言うてへんし」

「初対面の、そないよく知らん相手にいきなり大嫌いはないやろ、大嫌いは」

「やって嘘つく奴なん、俺大嫌いやし」



それは本当のこと。俺は嘘つきなんて、嫌い。嫌い嫌い、大嫌い。
だから初対面であっても、よく知らない人間であっても、それがけんじろーが連れて来た人間であろうとも、大嫌いなことは変わらない。

知ってるくせにと、ムッとしてみせると小春ちゃんはまた、仕方ないって顔、してみた。よっしゃ、これで俺は無罪放免、晴れて自由の身や!やけどまぁ、まだ古典真っ最中やから教室には戻らんで、ここにおろう。
そう思っていたのに。










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