「そう言えば、千歳って渡邊先生とどうやって知り合ったん?担任とかとちゃうんやろ?」

それは小さな好奇心。ちょっとしたひっかかり。

「…聞きたか?そぎゃん、おもしろかもんや、なかよ」

それがこんなことになるなんて、誰にわかっただろうね。





千歳千里の追憶




昼休み、いつものように円になって昼食を摂っていた時のこと。


先日街で偶然見かけた、千歳と渡邊先生のツーショットは、そりゃもう仲睦まじげであって、一緒に食べた昼食の場でも、それは如何なく発揮されていて(渡邊先生、その節はご馳走様でした。詳しくは「渡邊オサムの容量」を読んでな!)。
そんな二人が、どうやって知り合ったかって。ちょっと気になってしまった俺、白石蔵ノ介は好奇心からついつい、冒頭の言葉を吐いてしまった。

本当に、ただの好奇心だったのだ。



「あ、うちに気になる〜聞きたいわぁ」

「…別に、そないなもん、聞きたくなんかないっちゅーねん」

「んもう!光ったらそないなこと言うてぇ〜ねぇねぇ千歳君、教えてぇな!」



財前くんの口を押さえると、俺の発言に同意を示した小春が、更に千歳に詰め寄る。煮え切らんような顔をしていた千歳だったが、他の皆(除く財前くん)も聞きたそうな顔をしていたを確かめると。



「しょんなかねーそこまで聞きたかなら、話しちゃる」


ちょっと照れくさそうに、だけど嬉しそうに笑いながら。口を開いた。
この後起こった事件に俺は、自分自身の好奇心を、生まれて初めて呪ったのだった。




***



あれはそう、去年の三月のことだった。

親の仕事の関係で俺たち一家は、それまで住んでいた九州を離れ、この大阪に引っ越すことになったのだ。

その日俺は、母親と一緒に四月から通うことになる学校…大阪の南第二中学に来ていた。転入手続きや、少しでも学校の雰囲気に馴れておくため、だそうだが、正直俺はそんなこと、興味なくて。両親も割と放任主義だったおかげで、九州にいた頃から学校なんて、気が向いたときにしか行かない。学校になんて行かなくても、勉強はそこそこ出来たし。何より人と馴れ合うなんてこと、カッコ悪いって思っていたから。そういう時間、誰にだってあるだろう?まさにその、真っ最中だったわけで。

そんな俺が新しい学校に通うからと言って、何か緊張したり考えることがあったりしたわけでもなく。教務主任や担任となる教師から簡単に説明を受けると、事務手続きに入ったところを見計らい、校内を見学する、という名目で俺は、職員室を出た。


広がったのは、大きな空。九州にも繋がっているであろう、空。だけど風の匂いはやはり、嗅ぎ馴れたそれとは違った。


そんな違いを感じ、大分蕾の膨らんだ桜の木を見上げながら。
カラカラと履いて来た下駄を鳴らして歩いていた、その時。




「どいてやぁ!危ないでぇ!!」



聞こえてきたのは、自分より大分高い声。あまりにも大きなその声に、声の主がいるであろう方向へと、顔を向けてしまうと。



「ぶぎゃ!」

「ぎゃあ!当ってもうたぁ!せやからどけって言うたんに!!」



拳大くらいの黄色い物体が、顔に衝突する。


その衝撃に、世界が廻る。身体がのけ反る。



遠退く意識の中で一瞬見えた声の主は、燃えるような真っ赤な髪をした少年だった。




「おぉ、気ぃ付いたか、青少年!」



次に俺が目にしたのは、真っ白な天井。耳に飛び込んできたのは、聞いたことのない声。


「あぁ、動かんでえぇで。自分、地面に頭打ってん。もう暫くはそのまま、安静にしとった方がえぇよ」


そして頭に触れたのは、大きな手。暖かいそれの主の顔は、まだ見えない。


ゆっくりと、額の上を何度も往復するそれをぼんやりと眺めながら。俺の意識は再び飛んだ。




その次に目が覚めたときにいたのは、母親と担任になるという教師で。あの手の持ち主も、燃えるような髪をした少年も、いなくて。


全てが夢だったんじゃないかって、一瞬思ってしまったが。額に残る温もりと、後頭部と顔面に残る痛みが、夢なんかじゃないって、教えてくれた。



あとで聞いた。
俺はテニス部の部員が打った球に当ったて、気を失ったのだと。

そしてそのボールを打った主が、遠山金太郎という、俺と同じ歳の少年で。俺についていてくれた、あの掌の持ち主は、渡邊オサムというテニス部の顧問を務める教師だということを。帰り際、教務主任に聞いた。


全くなかったこの学校への興味が、湧いた瞬間だった。





***




「ほぉ〜それが出会いっちゅーわけか」

「ほんなら、金太郎君がキューピットっちゅー話やな!」


千歳の話がひと段落ついたところで、俺や小春に比べれば興味がないように見えていた、ユウジと忍足から声が上がる。小春は「運命やわね…ちょお痛いけど」と、うっとりした表情で手を組んでいるし。小石川も何だか表情が柔らかい。小春とユウジに挟まれて座っている財前くんだけが興味ないって顔をしているけれども。金太郎君の名前が出たところで表情が変わったことを、俺は見逃さなかった。相変わらず、義兄弟として仲がいいらしい。いいことだ。


「ほんなら、千歳の話も終わったし、そろそろチャイム鳴るし。教室戻るか」


小石川の声に、話の余韻に浸りながらも、手元に広げられていた弁当包みをてきぱきと仕舞う。腕に巻かれた時計の文字盤を見ると、確かに午後の授業まであと、十分を切っていた。そろそろ予鈴が鳴る時間だろう。

想像していたのと大分違うが、どこか間抜けでいて、そして衝撃的。それが俺のもった、二人の出会いへの感想だった。

そんな感想を言いながら、腰を上げようとした時。


事件は、起こった。



「そぎゃん甘かもんやなか!皆、座るったい!!」


「…へ?」


どっかりと地面に胡坐をかいた千歳が、普段は出さないような底冷えする声で言う。決して怒っているわけではないだろうに、その声色は怒気を含んでいるようであって。



「こっからが本番ばい!まだまだこぎゃん短か時間で、話し終わるもんじゃなかよ!…俺とオサムちゃんの出会い、最後まで聞くったい!!」



ぎんっ!と睨むその目は、今までに見たことがないもの。その目に射抜かれるような気分を味わいながら俺たちは、全員再び、座り込むのだった。


違うことはただ一つ。先ほどは円になって座っていた体勢が、今は全員が千歳と対面するような形で座っていること。千歳と向き合う全員が、何故か正座をしていること。


そんな俺たちに満足したように一度、頷いてから。


「さぁ、続きを始めったい」


千歳は再び、いつもの声色で言葉を紡ぎ出した。


その内容は、先ほどよりも詳しくなっていったり、千歳の感情が織り交ぜられたりしていたが。言っていることは殆ど九割方、さっき聞いたことと同じであって。



だけどそれを話す千歳の表情は、とても幸せそうだったから。
まぁもう少しくらいなら付き合っても良いか。

遠くで鳴るチャイムの音に、授業をサボるなんて久しぶりだと。そう言えば千歳って中学時代は結構学校をサボってたそうだし、そのことも気になるな。なんて思った。




だけどそれは決して、俺の口から彼に尋ねられることは、ないだろう。

だって、それを聞いてしまったら、また今日の惨事が繰り返されるのだから。






「…もう帰ってえぇか?」

「…さっきから同じこと、何度も聞いとる気ぃすんねんけど」

「それでなぁ〜その夜なんと!オサムちゃんからうちに電話が掛かってきたとぉ!」



千歳千里の渡邊先生との思い出(出会い編)は、チャイムが鳴っても、放課後になっても、辺りが暗くなっても、続けられた。
最初は可愛いと思えた、千歳の反応も段々とうっとうし…否、なんでもない。鬱陶しいだなんて、思っていない。うん。

正座しっぱなしの足はとっくに限界を超え、いつの間にか感覚がなくなっていた。
冷たい外気に晒され続けた身体もまた然り。寒い、とすら感じなくなってしまっている。横を見ると、唇を青くした皆が、げんなりとした表情を浮かべていた。



俺のちょっとした好奇心から、全ては始まった。
それがこんな長い苦行になるなんて、誰が思っただろう。

前に姉ちゃんが言っていた。他人の惚気話ほど、聞いていて腹が立つものはない、と。
その時は姉ちゃんのこと笑ったけど、今ならその気持ちが少し分かる気がした。



下校時間が過ぎ、見回りに来た生徒指導の先生から解散が言い渡されたことで、ようやく終わった完全に惚気と化していた千歳劇場。先生のおかげで自由になった俺たちは、人生で最大の開放感を味わっていた。彼の受け持つ世界史の授業は、どの教科よりも真面目に受けよう。そう決心した。



その時の俺たちは、ただ目の前にある開放感ばかりに目が行っていて、気付いていなかったんだ。



「…まだまだ俺とオサムちゃんの話は、たーくさんあっとよ」


一番後ろを歩く千歳が、不敵に微笑んだことに。千歳千里による渡邊先生との思い出話には、再会編・片想い編・葛藤編・両想い編・受験編等々、続きがあることに。



そして高校を卒業するまでの間、ことあるごとに千歳劇場が繰り広げられることに、なることに。



俺たちは誰一人として、気付かなかった…出来ればずっと、気付きたくなんてなかった。




好奇心をもつこと。不思議に思ったことを探求すること。
それはとても大事だって、小さい頃に習った。
だけどそれが、自分の首を絞めることに繋がることだってあるって。俺は今日、初めて知ったのだった。




End.





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