「……自分、随分変わったんやなぁ……」


失笑って言葉、苦笑いみたいな意味だと思っている人もいるだろうけど。本当の意味はおかしさを堪えられずに思わず笑ってしまうって、意味らしい。
笑ってはいけない場面でっていう注釈がついているのも、見たことがある。

そうだったらまさに、俺がしてしまったのは失笑であった。
だが他の皆がしたのは、失笑の上に大爆笑だったのだから。

俺の罪はまぁ、軽い方だろう。
……多分。




一氏ユウジの失笑




それはいつもの休日。
いつものメンバー(除く千歳)と一緒に、街を歩いていた時のこと。

途中小石や忍足が逆ナンされたり、その度に白石が妙にムキになったりとしていたが。光に至ってはエサに釣られて誘拐されかけていたが。まぁそれは、いつものこと。小春が笑顔で相手を撃退して、そのまま光に説教もして、はい終了。

そう、高校に入って…冬休みを過ぎてからはいつもの、光景だった。男子高校生が集まって何やっているんだとも思うが、いつも通りに、冗談言ったりふざけたりしながら、歩いていた街の途中。



「…なんやろ、どうして俺らはこう、友達のデート現場に、出くわしてまうんやろなぁ」

「……本間にね。こう、何度も続くと新鮮味も何も、ないわー」



飛び込んできた姿に、思わずため息。否、その姿が嫌いなわけではない。ただここ数回、出掛ける度に出くわしているってだけで。まるでこちらの予定を知った上で行動されているんじゃないかと、疑ってしまうほどのエンカウント率であって。



「…どないするん?声、掛けるんか?」

「…めんどいから、スルーしたい」



一番あの二人と遭遇することを良しと思っていない光が、げんなりとした様子で放った言葉に、皆顔を合わせて。



「よし、逃げよ「あー皆、こぎゃんとこで、何しとっとー」



逃げようとした瞬間、間延びした声が聞こえた。
振り返ると満面の笑みを浮かべた千歳と、穏やかに笑う渡邊先生が立っていた。

この時俺はひっそり、絶対千歳の奴、俺たちがここに来ることを分かっていてこの場所にいたんだと思ったが。それは心の中にだけ、留めておいてやった。



「どーもいつもいつも、すんませんねー…せやけど何で、この前はファミレスで、次はスタバ。んでもって今回はマクドなんですかね?段々値段的な意味でランクが、下がっとるような気ぃすんですけど?」

「それは俺の財布じじょ…やない、いつも同じモンやと皆も飽きてまうやろうから。大人の配慮や、配慮」



どうせなら飯でもどうやーという言葉に、毎度のことならが甘えさせてもらって。入ったファーストフード店で、安価だがボリュームのあるバーガーの類をトレイにいっぱいに乗せて。店の奥、十人くらい座れる席を見つけると、そこを陣取る。
いくら広めの席だと言っても、大の男が(まぁ俺や小春、光は小柄な方だが)八人も座ると、若干狭い。その主たる原因、この中で一番大柄な千歳は、いつも通り渡邊先生の右隣に座り、平静を装っているが。纏っているオーラは幸せそのものだ。

対して渡邊先生は若干だが、毎度俺たちにおごっているってこともあってか、疲れたような顔をしている。この時俺は思った。これは千歳単独の犯行だと。



俺たちが二人の馴れ染めを聞き出してからこっち、それまではあまり自分と渡邊先生のことを話したがらなかった千歳は積極的…とまでは行かないが、自分から二人のことを話すようになっていた。ちょっとした相談事をされたこともある。

小春は「まぁ、世間的にはタブー視されとる関係やしね。きっと今まで、こないな風に話せる相手、おらんかったんよ」って、言っていたが。その通りなんだと思う。何だかんだ言って千歳、惚気たいんだろう。うん。


それからだ。デート中の二人に遭遇するようになったのは。休日の予定を聞いても言葉を濁すだけだった千歳が、デート先まで告げるようになったのは。


これで確実に、千歳が惚気たいと思っていること、それと渡邊先生という彼にとって最良の相手を俺たちにも見せたいんだってことが、分かった。



「…それにしても、毎回ホンマにえぇんですか?マクドくらいやったら、うちらかてお金、出せますし」

「気にすること、なかよ。オサムちゃんは大人ばってん、これくらい、なんでもなかよ。ね?」

「あー…はい、これくらいは、平気デス」



小春が控えめにだが聞いた言葉に、何故か千歳が答える。さりげなく渡邊先生をアピールすることを、忘れずに。
だが肝心の渡邊先生は、小春の言葉に一瞬だが嬉しそうな顔をして、その後すぐ紡がれた千歳の言葉に残念そうな顔をした。


あぁ、財布の中身、ピンチなんだろうなぁ。そりゃそうだろ、会う度に男子高校生七人分の胃袋を満たすだけの、食料を与えなければならないのだから。



「…そう言えば千歳って、中学ん時、どないな生徒やったんですか?」


渡邊先生の財布の中身を俺が心配している中、小石川がナゲットを頬張りながら、目の前に座る渡邊先生に尋ねる。
バーガーやらドリンクやらを消費することに専念していた他の皆も、その言葉に手を止めて…光だけは「何余計なこと聞いとるんやボケ」って顔、しているが。まぁ、それは見なかったことにして。



「あぁ…出会った頃は何やこの不良はーって、感じやったなぁ…」



懐かしそうに目を細める渡邊先生と、恥ずかしかーなんて言って頬を赤らめている千歳を、交互に眺める。きっと千歳も、自分と先生の過去を思い出していたんだろう。美しい思い出ってヤツに、浸っていたんだろう。


だが神様は、そんなに甘くない。

自分の欲というか、そういう物を満たす為に色々と画策していた(であろう)千歳を、ちゃんと見ていたのだ。それによって渡邊先生の財布の中身や、俺たちの精神が少しだが、すり減っていたことも。


神様ってヤツはちゃーんと、見ていたのだ。でなきゃこんな展開、誰が予想出来ただろうか。


「その頃の写真がこれやねんけどなぁ…ホンマ、不良っちゅーかヤンキーやろ?」



そう言って、渡邊先生が差し出した携帯の画面に写されていたもの。



「ぎゃー!なんでそぎゃんもん、持っとっとー!!」



それは忍足並のド派手な色の髪をリーゼントで固め、今時田舎のヤンキーくらいしか着てないだろう?と言いたくなるような長ランに、見事なヤンキー座りをして、中指なんて立てている、一人の男の姿であって。



「…これ、千歳ですか?」

「おん。千歳やでーめっちゃおもろいやろ!ホンマ、どこの時代のヤンキーやねん!俺が若かった頃かて、こないな奴おらんかったで!」



けたけたと笑う渡邊先生の横で、先ほどまでほんのりと赤らめていた顔を一気に青くして叫ぶ千歳。


そう、その写真の人物は千歳であって。彼の反応を見る限り、これは消し去りたい過去の一端なのであって。
それをよりによって、一番大切な相手に、悪気もなく暴露されてしまったことによる、ショックも大きいってことも、明らかで。



笑っちゃいけない、ここは笑ってはいけない。笑ったら千歳に対して失礼だ。

いくら最近耳にたこだってくらいに、惚気を聞かされていたとしても。いい加減にその惚気を止めて欲しいと思っていたとしても。

友達として、ここは笑ってはいけない。笑っちゃダメだ、笑っちゃダメだ、笑っちゃダメだ。
そう思ったのに。必死に太もも捻って笑いを堪えたのに。




「…っぷ」



小さく笑いが、洩れてしまった。

サーっと、一気に顔の熱が引く音がする。同時に、信じられないとでも言いたげに、目を見開いた千歳の姿が飛び込んできた。

千歳、すまん。俺だって笑いたくて笑ったわけじゃない。ただ、面白かっ…じゃない、意外だったんだ。インパクトが強すぎたんだ。今との差が大きすぎて、びっくりしただけなんだ。断じて千歳の時代錯誤なファッションセンスや、似合わない金髪(しかもリーゼント)が、面白かったんじゃないんだ。


そう、本心とは遠くかけ離れた言葉で謝ろうとした、その瞬間。




「ぶっははははぁ!ホンマ、自分いつの時代の人間やねん!実は昭和初期やんねんか!?」

「こ、今度似合う旗、用意したろか?」

「そ、それよりも、喧嘩上等とか、夜露死苦とか、落書きしとこーや、その写真!」

「あーあーふ、腹筋痛いぃぃ!」



俺以外の人間が、笑い転げ始めた。



あれ?みんな、千歳に悪いとか思わないのか?というか、笑わない俺の方がおかしいのか?と、思わずこちらが問いたくなるくらいに。その笑い方は、見事なものであって。



「せやろーホンマにこの頃の千歳言うたら「俺に触ったら怪我するで!」って感じでなー」

「な、なんやそれ!自分は少○隊かーちゅーねん!」

「それ言うならチ○ッカーズや、チェッ○ーズってぇ、どっちでもえぇわーはっはは」



腹を抱えて蹲り、びったんびったんと、テーブルを叩き始める始末。他の客の迷惑を考ろと、いつもだったら真っ先に突っ込む小石だって。



「…ちょお、これは…ないわ…」



口元を隠してはいるが、目に涙がたまっている。ぴくぴくと動くその身体は、笑ってますよーと、言っているようなもので。
自分の髪型はどうなんだって一瞬、ツッコミたくなったが。それは置いておいて。



「…みんなちょお、笑い過ぎやろ…」



周りが笑い過ぎると、逆に熱って冷めるもの。
すっかり笑いが引っ込んでしまった俺が掛けた言葉に、返ってきたものは。





「「やって、おもろいんやからしゃーないやろ」」



満場一致の、言葉だった。




いつの間にか千歳は、その場から立ち去っていた。






それから、ことある毎に「元ヤン」だの「よっリーゼント大将」などと、不名誉極まりない言葉を掛けられて。からかわないにしても、顔を見ると笑いを堪えられない!という顔をされて。



「…ユウジだけったい。俺んこつ、からかわんの…」

「あー…まぁ、気にせんことやなーその内あいつらも、飽きるやろ」



聞いて聞いて!と言わんばかりに、渡邊先生とのことを惚気ていた頃とは正反対。しおれた様な声を出す千歳に、俺は掛けてやる言葉はそれしか見つからなかった。



ちょっとしてから聞いたのだが。中学時代いつもあんな格好をしていたわけではなく。学園祭の出し物だかでたまたま、あんな衣装を着させられていただけであって。千歳も動転してしまってそのことを、言いそびれてしまったそうで。

そもそも、出会ったばかりだったら、本当に千歳が不良であったのならば、写真なんて撮らせないだろうに。ちょっと考えれば分かることにも気付けないほど、あの写真が俺たちに与えた衝撃は大きかったのだ。



「……俺、人間不信になりそうっちゃ……」

「まぁそう言わんと…あいつらかて、悪気があってあないなこと、言うとるわけちゃうんやし…多分」



すっかり肩を落としてしまった千歳を、最初に噴き出してしまったという負い目がある俺は必死に慰める。これが小春や小石だったら、もっと上手い言葉が見つかるんだろうけど。あまりこういうことが得意じゃない俺なりに、頑張っている。

そんな頑張りが伝わったのか、千歳の表情は少しずつだが、明るいものになっていって。千歳の変化に俺もちょっとは役に立てたと、ちょっとは罪滅ぼしが出来たと、思っていたのだが。



「…ついでにもう一個、聞いて欲しかこと、あるばってん…」

「なんや?言うてみぃ?」

「実は…」



あの後渡邊先生とも喧嘩したんだと打ち明けてきた千歳に、俺は今度こそ、返す言葉が見つからなかった。



いくら千歳が自分の欲?を満たす為に色々画策していたからって、それによって俺たちの精神や渡邊先生の財布の中身がすり減ったからって。ちょっとやり過ぎじゃないか?神様。

再び首を垂れてしまった千歳を見て、自分のことは棚に上げさせてもらうことにした俺は、天を睨んだ。




結局あの写真の誤解は、金太郎君が解いてくれて。その後大爆笑してしまった罪滅ぼしにと、千歳と渡邊先生の仲を修繕させるべく、俺たちが走り回ることになるのだが。その結果また、千歳による惚気に悩まされることになるのだが。



まぁそれは、別の話。
それでは、お後がよろしいようで!




End.






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