「ただいま!」

そう言える相手がいることって、素晴らしい!

「おかえり」

その言葉を返してくれる相手がいることは、もっと素晴らしい!!




財前金太郎の毎日




「ひかるー起きぃや、ひかるー」

「ん…あと、十分…」

「さっきからそれ言うん、何度目や?ワイ、もう学校行くで?」

「…それは、いやや」



ごしごしと、目を擦りながらやっとのことで光が、布団から顔を出す。
ワイよりちっこい(といっても、身長は数cmしか違わんのやけど、筋肉ない分、余計ちっこく見える)身体はまだ、ぬくぬくとした布団に包まれたまま。



「ほーれ!えぇ加減、起きぃ!」



それを剥がして、まだ半分眠っている光を完全に起こすことが、ワイの朝の仕事。


他にも新聞取って来るとか、みんなが飲む牛乳注ぐとか、色々分担されていることはあるけれど。それはオカンと二人で暮らしていた頃から変わらないこと。

低血圧?だかで寝起きの悪い光を起こすこと。それが光と、新しいオトンと四人で暮らすようになってから増えた仕事。他にも風呂掃除するとか、洗濯物たたむとか、今までやっていた仕事に加えて増えた仕事はいくつかある。

だけどワイはこの仕事が、一番好きだ。
だって。



「おはよう、ひかる!今日もえぇ天気やで!」

「…ん、はよう、きんたろー」



毎日、光に一番最初に会えるのはワイなんだから!



それから寝巻のままの光と一緒にリビングに下りて行って、置いてあったバックを掴むと朝練に出掛ける。
玄関まではオカンと、それからオトンも見送りに来てくれる。光は朝飯食べているから、出てこないけど。だけどリビングを出るときにちゃんと「気ぃつけてな」って、言ってくれる。オトンとオカンも「いってらっしゃい」って、言ってくれる。

それがとっても、幸せで。ワイに一日の活力?ってヤツを、与えてくれるんだ。



「いってきます!」



そしてワイは、『財前』と表札がかかった大きな…だけど幸せに満ち溢れている家を飛び出した。





『財前』って表札が掛かった家に帰ること、最初は違和感とかあったけど。今ではすっかり馴れた。
『遠山金太郎』から『財前金太郎』に変わった名前にも馴れた。友達はまだ「遠山」って呼ぶ奴が多いけれど、それはまぁ、ニックネームみたいなもんだと、思うようになった。
初めてこの家に入ったとき、あぁ、うちと同じだ。そう思った。


広さとか綺麗さとかでは、断然こっちの方が上だけれども。


ここは間違いなく、光がいた場所だ。
光がたった一人で、いた場所なんだ。
ワイが一人でずっと、あの部屋にいたように。
光はずっとこの家に、一人でいたんだ。



そう思えた瞬間から、ここはワイの家になった。
光とワイがもうずっと前から“きょうだい”みたいなもんだったように。この家もワイにとってはあの部屋と同じ“家”みたいなもんだったのだ。



学校で友達と馬鹿やって、授業中に寝ては先生に怒鳴られて。それから放課後になれば部活のみんなとテニスボール追いかけて。


そうやって一日が終わって。家に帰る。



「ただいまー!」

「おかえり」



もうそこは、ワイが一人で待つ場所じゃない。


看護師をやっているオカンは、再婚を機にフルタイムからパートタイムに変えた。そのおかげでワイや光が帰る頃には家にいて。ちゃんと「おかえり」を言ってくれる。
休日が不規則だというオトンも、仕事が休みの日はリビングでくつろぎながら「おかえり」って、言ってくれる。

それが本当に、嬉しい。


「おかえり」と迎えてくれる人がいる家に早く帰りたい、そう思うようになっていた。


それはワイだけじゃなくて、光も同じこと。
部活がない日、早く帰っていたワイが小さな声でただいま、と言った光に、おかえりと、言ったとき、一瞬だったけど、控えめにだけど、微笑んでくれたから。
その表情は一番嬉しいときに出る笑顔だって、気付いていたから。



「おかえり、ひかる!」



だからワイは、光が先に帰っているときにも「おかえり」を、言うようにしている。
その度に見せてくれる顔が、好きだから。その度にワイの心も暖かくなることが、分かったから。



「ん、ただいま。金太郎」



扉を開けても誰もいない。今までは当たり前に掛けられた言葉が聞こえない。一人で囲む味気ない食卓。一人で過ごす一人だけの部屋。名前を呼んでも帰ってこない人。手を伸ばしても、誰もいない。


その寂しさを感じることは、もうきっとない。



「なーひかる、この問題、分からへんわ」

「どれ…自分、こない単純な問題も分からへんのか?これでよぉ高校入れたなぁ…」

「やってワイ、テニスの推薦で入ったもん。べんきょーなん、関係あらへんし」



オトンが仕事で遅れるときは三人で、そうでない時は家族四人揃って食卓を囲んだあと。リビングのテーブルの上に、ワイと光は宿題やら予習道具やらを広げる。
ちゃんと自分に与えられた部屋に机はあるのだが、どうしてもそこで勉強する気にはなれなかった。ワイのためにと用意された広く綺麗な部屋は、寝るときくらいしか使っていない。

何だかこんな風に、テーブルいっぱいに教科書やらノートやらを広げて勉強するなんて、小学生みたいだけど。今時の小学生だってこんなこと、していないかもしれないけれど。


こんな時間が、とても大切で。
こんな時間が、とても愛しい。


オトンとオカンも、勉強しているワイたちを見て、幸せそうに笑っている。

そこには間違いなく、家族としての時間が流れているんだ。
ワイがずっと昔に失くしてしまっていた、家族としての時間が。




宿題が終わってしまうと、あとはみんなで並んでテレビ観て。順番に風呂に入って。
髪の毛を乾かさずに寝ようとすると、光に怒られる。そんで、脱衣所からもってきたドライヤーで、綺麗にワイの髪を乾かしてくれる。
きっとこれは、光の新しい仕事になっていると思う。犬猫にするようなもんやって、彼は言うけれども。それでもいいかって、思う。


だって光の手はとても優しくて、丁寧に乾かされてブラッシングされた髪は、自分のものじゃないくらいに触り心地のよいものに変わるのだから。




「ほれ、出来たで」


ぽんっと、ブラッシングの終了の合図が頭に落とされる。それは同時に、ずっとじっとしていたワイに、動いてもいいという合図でもあって。


「おおきにな!ひかる!」


くるりと身体を反転させて、後ろでドライヤーやらブラシやらを片付けていた光に、精一杯の感謝の気持ちを込めて。満面の笑みを贈った。

すると相手も控えめにだが、はにかむように笑ってくれるのだ。





数か月前、ワイには新しい家族が出来た。

オトンは家にいるときはぼーっとしているけど、社会的にはIT関係?とかいう会社でエリート街道まっしぐら(オカン談)で。仕事は忙しいみたいだけど、家族でいる時間を大切にしてくれる人。休みの日は一緒にテニスもしてくれた(全然弱かったけど!)。


それと、きょうだいが一人。

誕生日はワイの方が遅いから、兄貴になるのだけど。見た目で言ったらワイの方が兄貴に見える。
ずっと離れて暮らしていた。お互いのことなんてこれっぽちも知らずに、ずっと違う場所で生きてきた。


だけど同じ寂しさを知っている。同じ苦しみを知っている。同じ時間を、過ごしてきた子。




そんな人たちと家族になれた自分もオカンも、本当に運がいいし、本当に幸せだと思う。


オトンがいないことで、昔は苛められたりからかわれたりもした。だけどそんな日々も、今の幸せを掴む為に必要な時間だったのならば、何とも思わない。





「…みんなで、幸せになろうな」

「もう、なっとるやん」




あの日。ワイたちが家族になった日に呟いたのと同じ言葉を紡げば。



自信に溢れた笑顔を浮かべた光が、分かりきったことを言うな、とでも言いたげに言い放った。





そう、分かりきったことだ。ワイたちが幸せになれたかどうかなんて。今、幸せかどうかなんて。




そんなもの、胸を張って言えるに決まっている。




「せやな。めっちゃ、幸せやな!」



もうこれ以上望むものなんて、ないくらいに。
ワイは…ワイらは今、幸せなんや。








「…なぁ、光と金太郎君やけど…何や俺らよりべったりやと思わん?」

「ほんまねぇ…まぁ、仲良きことは、美しきかな言うし。仲悪いよりは、えぇんちゃうん?」

「せやけど…何や、お父ちゃん寂しいわ!俺かて二人とべたべたしたいわ!」

「そっちとかい!って、まるで年頃の娘もった親父の台詞やわね」

「むすめ…せやんな、二人ともいつか可愛ぇお嬢さん連れて来て「この人と一緒になります」言うて、出て行ってしまうんやろうなぁ…俺らんこと置いて、二人バラバラに、どっか行ってまうんやろうなぁ…寂し過ぎるわ!」

「ちょっと、落ち着きなさいって…」

「やって、やってぇ!!」





「大丈夫。金太郎と光くんは、ずっと一緒におるわよ。分かるわ、女の勘は、絶対やもの」




オカンが言った“女の勘”ってやつが本当に当たるってことを、いずれワイたちは証明することになるのだが。それはまだ、先の話。


この幸せが際限なく続くって、確信できる頃の話。




End.






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