「やって、不公平やない」


公平とか平等だなんて定義、人それぞれだけれども。
でもこれだけは、主張したいんだ。


だって君のこと、もっと知りたいから。




金色小春の同調




「…あら?千歳くんは?」
「あぁ、あいつ今日、委員会なんやと。やから弁当は、そっちで食うて」
「ふーん」


あんなに暑さばかりを供給していた太陽の勢いはすっかり収まり、代わりにとでも言うように、風の勢いが増すようになった屋上。
寒い、という感覚ばかりが際立つようになったその場には、うちら以外はいない。まぁ、わざわざこんな寒いところで昼食を摂ろう、なんて物好き、そうそういないのだろうけれど…そんな物好きが、ここには七人もいるんだけれども。

そんな七人のうち、一番目立つ姿…千歳くんがいないことに気付いたうちは、同じクラスであり、最初のうちは彼を引き摺るように連れてきていた(今は健坊と三人、並んで来ることからも、千歳くんにとってここで昼食を摂ることが当たり前になったのだろう)蔵リンに訪ねてみると、返ってきたのは冒頭のような言葉。



「そう言えば、千歳だけおらんっちゅーんも、珍しいなぁ」


そんなうちらのやり取りに、一人さっさと弁当を広げている謙也クンが箸を咥えながら、のほほんとした口調で言葉を紡ぐ。その行動は行儀がいいとは言えないが(寧ろ悪い。光が真似したら、どうしてくれるんだ)、言っていることは、もっともで。


「…確かに…ちゅーか千歳って、どこ出身なん?九州ってのは、知っとるんやけど…」

「九州やったんか?関西ちゃうんは分かっとったけど…そこは知らんかったわ…」

「そもそも、いつからあいつ、大阪住んどるんや?」



いつものように輪になって、さぁお昼にしようと、既に食べ始めていた謙也クン以外の皆が弁当を広げたと同時に、広がったのは千歳くん談義。
よく考えてみると、蔵リンのことを陥れようとしていた(詳しくは、彼彼。本編を読んでな!)ことと。光の弟になった金太郎君と、それから文化祭に来ていた渡邊先生と同じ中学だったということ。それから、その渡邊先生と……!!な関係だってことくらいしか、うちらは彼の“過去”を、知らなくて。



「あー…そう言うたら俺も、詳しいこと聞いたこと、ないわ」


この中じゃ一番、千歳くんに近いと思う蔵リンですら、綺麗に巻かれただし巻き卵を食べながら、悠長に答える始末。そんな蔵リンを横目に。とっとと弁当を平らげてしまった謙也クンは身を乗り出し、ポケットから紙とペンを取り出し、何かを書きだした。

さらさらと、その中央には人物の似顔絵が描かれていく。その人って、ひょっとしなくても…



「…なぁ謙也クン」

「なんやー光…っと完成!どや、上手いもんやろ!」

「上手いけど……それ、千歳、やよな?なんや、美化しすぎちゃうんか?」

「……やっぱしそう思うか?…なんや俺、人物画だけは妙に美化して描いてまうんやよなぁ…」



美術に関しては校内…いや、府内でもトップクラスの腕をもつ謙也クンが描きあげたのは、光の指摘通りどう見てもカッコ良過ぎる千歳くん。いや、千歳くんがカッコ悪いって言っているんじゃなく、ただ謙也クンの絵がカッコ良過ぎるだけなのだ。
美化か…こんどうちも、描いてもらおう。

さて、その似顔絵の周りに作者は「九州のどっかの出身」「身長192cm(らしい)」「南第二中出身」「四天高1年A組」などなど、彼が知っている千歳くんの情報を、書き込んでいく。一通り出尽くしたのかくるくると回してから、ペンと紙をまず隣に座る光に渡して。
それを受け取るとちょっと考えるような素振りをしてから光は「もじゃあたま」と、頭に伸ばした矢印と共に書くと。その隣に座っていた健坊に、紙とペンを押し付けた。


「ちょお、“もじゃあたま”て…他に書くこと、ないんか」
「ない!」
「…さよかー」



光の反応に渇いた笑いを零してから、健坊は「美化委員」「中学・高校は帰宅部」と、書き加える。それと、既に書かれていた「もじゃあたま」に「※地毛らしいで」と、注釈をつけることも忘れずに。満足そうに頷いてから、それを隣の蔵リンに。蔵リンからユウ君、そしてうちにペンと一緒に回って来た紙。そこにそれぞれの字で、書き足されていた言葉たち。


「意外と肝が小さい」
「渡邊先生とらぶらぶVv」
「でかいくせに、仕草がかわえぇ(笑)」
「パソコンが得意?」
「私服は下駄」


うん、まぁね。予想通りというか、何と言うか…うちに回って来るまで、五人によって書かれた言葉は思っていた以上に少ない。一緒にいる時間は多いのに、案外千歳くんのこと、うちらはまだ、知らないみたい。

かと言ううちも「焦ると標準語になる」「結構律儀」くらいしか、書き足せなくて。



「…なんや、全然書かれてへんやないか」


はい、とうちから渡された、ぐるりと一周回って戻ってきた紙を眺めてから、謙也クンが言う。


「そう言われてみれば、あんまり千歳、自分のこと、話さへん、からな」


その言葉にもごもごと。野菜炒めを頬張りながら蔵リンが答える。そう言われてみれば、こちらから質問を投げかければ答えてくれる千歳くんだけど、彼の方から自分のことを話すことなんて、今まで一度もなく。渡邊先生とのことだって、文化祭の日に先生の方から聞いたことと。それからうちらが茶化すように尋ねる言葉に、顔を赤くしながら言葉少なく、応じるだけ。
家族構成も住んでいる場所も(蔵リンは知っているみたいだったけど)、詳しくは知らないし。



「……これはちょっとした、ミステリーね」

「せやんなー…謎多き男・千歳千里っちゅー話や!」

「…まぁ、気になる言うたら、気になるわなぁ…」



つぶやいた言葉に、謙也クンと健坊が乗ってくれる。健坊が乗ってくるなんて珍しい、と思いながら。自分一人だけではなく他のみんなも(多分、うちがやるって言ったらユウ君もやるって言ってくれるし。蔵リンも弁当を食べ終われば乗ってくるだろう。光は数の原理、力の法則で引き込めばいい)同意してくれているのだから。


これは暴かない、手はない。




「こうなったら、とことん千歳くんのこと、知ったるわよ!」

「「「おー!!」」」



挙げられた腕に後押しされるように、うちはどうやって千歳くんのことを調べるか、考え出した。






「ちゅーわけで、千歳くん一問一答コーナー!」

「…は?」



で。その結果。
導き出されたのは「本人に聞けばえぇやん!」という、単純明快なもの…調べようかとも思ったけれども、千歳くんと同じ中学だった生徒はそんなにこの学校にはいなくて。それにどうやら中三から転入してきた千歳くんに対して集まる情報なんて、微々たるもので。自分たちの近くで一番彼を知っているであろう、金太郎君との接触は光が本気でいやがったので、止めておいた。

まぁ、回りくどい方法よりも、こうストレートに攻め込んだ方が、正しい情報は得られるだろうし。


鳩が豆鉄砲食らったような顔をしている千歳君を中心に、弁当を広げたのは次の日の昼休み。みんなによって書かれた千歳紙(命名・謙也クン)を見せながら、この企画の趣旨を説明してやると。



「え、遠慮します!」



「あ、敬語いただきましたーどうやら焦っとるようですねぇー」
「そうですねーさて、これからどないな反応、いただけますかねぇー」



輪から逃げ出しそうになった千歳くんの肩を、健坊が掴み。その口から出た言葉に対してユウ君と蔵リンが、面白そうにコメントを出す。
マイクに見立てて丸めたノートを千歳くんに向けながら、謙也クンは昨日のうちに用紙しておいた、うちらからの質問が書かれた紙の一番上に書かれた項目を読み上げる。その後でマイク(のつもりなノート)を、千歳くんに差し出すことを忘れずに。
マイクを向けられた本日の主役は。自分の方に向けられたマイクに、周りを見渡して、それから味方がいないことを悟ったのか、ガクッと肩を落とす。



さぁ、まだまだ昼休みは始まったばかり。千歳くんには聞きたいこと、たくさんあるんだから。それを今日だで、は無理だけれども。時間をかけて確実に、知っていきたい。


だってその方が、ずっと親しくなったって感じがするじゃない。友だちって感じがするじゃない。


何でも知っているとか、何でも話している、なんて。べたべたの関係じゃなくてもいい。ただお互いのことを、もう少しだけ知っておきたいだけ。彼だけ知っているのに、うちらが知らないだなんて、ちょっと不公平だしね。




だから千歳くん、覚悟しといて、な?
もーっとたくさん、千歳くんのこと、教えてもらうんだから、ね。


向けられたマイクに対して、あーだのうーだの、困った顔をしてうなっている友人に。それどころじゃなく、見られていないことが分かりながらもうちは、満面の笑みを向けた。
きっともっと、親しくなれる。そしてきっとずっと、仲間でいられる。
そんな友人に対して。そう思っているのが、こちらだけではないといいな、と。思いながら。



昼休みが終わるまで、どうにかしてうちらの質問を交わし続けようとしていた千歳くんが観念するまで。

あと、数分…




End.






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