「…別に、進路が一緒やないからて、うちらの関係が変わるとでも思うとるん?」



それを一番恐れているのは、自分だったのに。
その時は、強がることしかできなかった。





金色小春の確信




「ほれこれ、頼まれとった過去問」

「おおきにな、小春……て光、自分、わかるか?」

「……ちっともわからへん」

「やよなぁ…はぁ」



ユウ君がため息を吐く。全く、ため息を吐きたいのはこっちだ。
隣で光は、まるでもう諦めたかのように問題を放り投げている。おい、持って来て欲しいと頼んだのはそっちだろう?なのに何だその扱いは。


「…残念やけど。二人にはやっぱり無理なんよ。四天高て、府内でも指折りの進学校やで?それを、万年赤点ギリギリの光と、平均点ギリギリのユウ君が受けるなん…」


そんな二人を見て、ついにため息が零れる。ため息と一緒に、事実も告げてやった。


そう、到底無理な話なのだ。この二人が、うちと同じ高校に行くだなんて。学校なんて遊びに行っているか、部活をやりに行っているかみたいな二人が。それは真面目に勉強をして受験してくる、他のみなさんに失礼な話。本当に人生の目標に向かって走っている人たちに、失礼な話。


しかも、その理由が。



「やって、小春と同じ学校行きたいねん!今までかて、ずっと一緒やったやないか」

「せや。俺もユウ君も、小春ちゃんと同じ学校行きたい。小春ちゃんと一緒におりたい」



うちと一緒にいたいから、なんてものじゃ尚の事。


先ほどまで、過去問題を見ていたものとは打って変わって、真剣な顔をしてこちらを見つめて来る二人に、もう一度ため息。


「あんなぁ…うちらかてもう、高校生になるんやで?いつまでもみんな一緒ーなん、言うとらんのやで?…万が一、高校が一緒のところやとしても。大学はどうなるん?就職先はどうなるん?それこそ、ずっと一緒やなん、言うてられんやろ」


そう、いくらうちら三人が仲がいいからといって、いつか必ず別れはくるのだ。別々の道を選ぶ日が来るのだ。いつかは別の相手を、選ぶときが来る。一緒に未来を歩む相手に、出会う時が来る。


早いか遅いかの違いはあっても、それは必ず訪れるもの。



だったら早い方がいい。傷つくのなら早い方が、まだ自分たちの歴史が浅いうちがいい。傷を癒す時間が長い方が、いいに決まっている。


そう思ってしまうのは、自分だけなのだろうか。



「…そんなん、いやや。一緒がえぇねん」


うちの言葉に、暫く黙っていたと思ったら。蚊の鳴くような声で光が呟く。いつの間に拾ったのだろう、その手には先ほど放り投げていた、過去問題をしっかりと持たれていて。


「…小春ちゃんは、ちゃうんか?」


もう片方の手を恐る恐る伸ばすと、ぎゅっと服の裾を、掴まれる。それは幼子が母親にするようであって。
そう言えばこの子は母親が出ていってしまってから、妙に人の服を掴む癖があった。行かないでと、縋るかのように。払い除けようと思えば、払い除けられる手。
だけどそれを払い除けずに来たのは、うち自身。


「…まぁ、小春の言うこともその通りやねんけど…何も、可能性あるうちに諦めて、んでわざわざ別々の所行かんでも、えぇんやないかな。可能性あるんやったらさ…その、俺らかて、頑張るし。やからさ。小春も俺らんこと、信じてくれへん?」


そう言ってユウ君も、光が掴んでいる方とは反対側の服をきゅっと、掴む。
それは自分たちが本当に幼い頃、彼がよく見せていた仕草。先を進もうとするうちに置いていかれないようにと、手を伸ばして服を掴んでいた。幼稚園に通うようになって、光や他の友達ができてからは見せなくなっていた仕草に、何だか懐かしさがこみ上げる。
それと同時に、この手も一度も自分は、払い除けたことはなかったと。思い至る。



そんな、弱々しい仕草を見せている二人なのに。その目はとても強い。うちが頷くって、確信している。

うちのことを、信じ切っている。強く強く、信じている。


そんな目をされたら、そこまで信じ込まれているのだったら。ここで頷かないわけには、いかないじゃないか。


「…あぁもう!後で後悔したって、知らんからな!落ちて授業料バカ高い私立行くハメになっても、知らんからな!もう、自分らが決めたことやったら、口出しなんせぇへんわ」


そう言って、笑顔を見せてやれば。



「「そう言うてくれるて、思うた!」」



服の裾を掴んでいた手は離されて。代わりに満面の笑みを浮かべた二人の全身がうち目掛けて、飛びついてきた。


その時思った。本当は、一番彼らと離れたくないって思っていたのは、自分だって。なのに自分が傷つくことが嫌で。いつまでも一緒にいたら、いつかは彼らの隣には別の人が立つことになるんじゃないかって、自分の居場所がなくなってしまうんじゃないかって、自分なんて必要とされない時が来てしまうんじゃないかって、勝手に思い込んでいたんだって。


そんなこと、彼らがするはずがないのに。



「しゃーないから、二人の勉強見たるわ…こうなったら、意地でも三人で四天高行くで!」

「「おん!」」



数か月後。
うちらは本当に、三人揃って四天宝寺高校に合格することになる。担任やら進路課の教師やらが驚きの余り椅子から転げ落ちるくらいの、そしてユウ君と光の家族も合格を疑い四天高に電話したくらいの、大きな事件だったのだ(まぁ、当時の二人の成績を知っている人からすれば、当然の反応だろうけどね)。そんな大袈裟なくらいに驚く大人たちを見て、うちらは顔を見合わせて、笑った。


高校に入ってから、蔵リンをはじめ色々と友達ができて。光に至っては金太郎くんという家族までできて。本当、うちらの世界はどんどんと色を変えて広がっていったのだけれども。


「よっしゃ。いっちょこれからも、よろしゅう頼むで!小春、光」

「…しゃーないから、よろしくされたるわー」

「せやんねーしゃーないから、ね」

「ちょ、そりゃないやろ!」



三人でいれば何が起こったって、怖くない。何が起こったって、きっと大丈夫。


三人で並んで、そしてくだらない話に一々笑い転げて。時には喧嘩したり泣いたりしても、最後は何もなかったみたいに、一緒にけらけらと笑う。
その光景だけは、ずっと変わらないから。


これからもずっと、うちらは三人で笑っているんだろう。





そんな未来が容易に想像できるようになれた、自分が大好きだ。






End.






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