「はい、あーん…とか、せんでもえぇんか?」

じと目を向けて来る表情は、見たことがないもの。

「ちゅーか…ホンマにこれが千歳か?」

本当に、俺たちが今までに見たことがないもの、ばかりだった。




渡邊オサムの容量



こんにちはー大阪の南第二中学校で教師やってます、渡邊オサムでーす。因みに27歳・独身。だけど、恋人募集とかはしてませーん。俺のことを狙っていた人、残念でした。


なぜ募集してないかって?それは俺にもう“恋人”がいるから。


去年まで俺の、まぁ教え子だった彼…千歳千里が俺の、恋人。教え子に、しかも同性に手を出したなんて、学校やら教育委員会にバレたら、俺のクビも二人の未来もお先真っ暗だから、黙っていてもらえると、あり難い。



さて、俺は久しぶりに丸っと一日休みになった今日(中学教師って、結構多忙なんやで!初任の一年間は、盆やろうが正月やろうが何やろうが、毎日学校行って仕事しとったくらいなんやからな!)、せっかくだからかわいい恋人と買い物でもしようと、いつものくたびれたスーツではなく、ちょっと小奇麗なストレートパンツにブランドもんのシャツなんか合わせて、首元に芸能人が巻いてそうな感じのストールまで巻いて。俺なりに、ちょっとだけどオシャレをして、繰り出した街。
男二人でいても怪しまれない、インテリアショップや服屋なんかを覗きながら、特に目的もなく(強いて言うなら、千歳に会うことが目的やな)ぶらついていると。



「あー千歳や!っと、それから渡邊先生も!」

「どぉも〜お久しぶりです〜」



千歳のお友達が、集結している場面に出くわした。



それから、何やらよく分からない内に、トントンと話が進んでいって。



「いやー何やたかってもうたみたいで、申し訳ないです」

「えぇねんえぇねん。一応俺、社会人やしな」

「なら遠慮なく。すんませーん、ステーキ定食、ご飯大盛りでー」

「俺、チーズリゾットのサラダ&デザートセット。サラダはドレッシング抜きで、デザートはこの、豆乳チーズケーキでお願いします」

「……ここに載っとるデザート、全部一個ずつ。ただし、豆乳チーズケーキはいらん」



気が付いたら、近くにあったファミレスの一番奥の席。そこにずらりと並びメニューを囲む、食べ盛り育ち盛りの男子高校生七人。

その状況を把握し。ウエイトレスさんがメニューと一緒に持ってきてくれた、グラスに満たされた水を氷ごと、ごくりと飲むと。



「…ひょっとして、俺の財布、結構ピンチになるんとちゃうんか?」

「ひょっとせんでも、そうなるとよ…全く、見栄なんか貼るから、こぎゃんこつになっと」



当たり前のように(事実、ここがこいつの定位置だ)俺の右隣に座りメニューをめくっていた千歳に、小さく耳打ちをする。返ってきたのは、今更そんなことに気付いたのか、という呆れを含んだ冷静な声色、ため息というオプション付き。

こちらをちらりと見ただけで、メニューに目を戻した千歳は「俺はこの、日替わり定食で」と、ウエイトレスさんに告げると「ほれ、早く選ぶっちゃ」とメニューを押し付けて来る。

どうしてこうなったか、何て覚えていないが。こんな状況になってしまったら、今更どうこう言っても仕方ない。取り敢えず俺はウエイトレスさんをこれ以上待たせることがないよう、注文を決めるべくメニューへと目を落とした。



「んー俺はハンバーグにするかなぁ…何や、セットとかってできるんですか?」

「ここ、書いてあるとや。和食セットか洋食セットか。オサムちゃんは、和食の方がよかろ?やったらこっちにして…どうせ朝ごはん、食べてないっちゃろ?ご飯は大盛りにしたらよか。あと、最近メタボやー言うてるんだし、和風ハンバーグだったら、カロリーも少なかよ…で、俺にもちょーだい。半分こにしよ」

「ま、千歳が食べたいんやったら、これでもえぇか」

「べ、別に俺が食べたかわけじゃ…」

「せやんなー俺の健康、気遣ってくれとるんやな。ほんなら、この和風ハンバーグの和食セット、ご飯大盛りでー以上でえぇか?」



迷っていると、右側から次々に指示が飛んでくる。言っていることはもっともなので、それに素直に従って注文を終えて。
確認を取るべくメニューから顔を上げると、そこにはぽかんとした表情を浮かべる、六人の高校生。


彼らの様子に首を捻りながら、主張がないということはもうこれでいいということだろうと判断し、ウエイトレスさんに以上で。と告げると、かしこまりましたー少々お待ちくださいーと、マニュアル通りの返答を渡された。




「…で、君らはいつまで、そないおもろい顔しとるんや?」



ウエイトレスさんが厨房に消えてしまっても治らない顔に、何があったのかと尋ねてみる。テーブルに広げられたメニューを片付けながら千歳も、不思議そうな顔をして、彼らを見ている。


「や、やって…なぁ?小石川、上手く説明してや!」

「あー…何というか…千歳があまりにも世話焼いとるんに、驚いてもうて…ちゅーか半分こなん、言うとるんが珍しくて…」


「へ?千歳、いつもこないなんとちゃうんか?」



代表して紡がれた小石川君の言葉に、思わず素っ頓狂な声が出てしまう。

だって、こうやって千歳と外で飯を食うことは何度もあったが、その度に彼はなかなか注文を決められない俺に、あれこれとアドバイスをくれて。そのアドバイスには多かれ少なかれ、自分の要望(これが食べたいだの、セットのデザートだけ欲しいだの)が入っていて。


それが当たり前だと、思っていた。そんな姿を千歳は、誰にでも見せているのだと、思っていた。


それを確かめるべく、ちらりと右側に視線をくれてやると、そこにあったのは、顔を真っ赤にさせた千歳の姿。あ、こんな風に動揺を表情に出すのは、珍しいかも。



「こ、小石川!そぎゃんこつ、ここで言う必要、なかとよ!」

「やって、渡邊せんせーが言えー言うたんやん。けんじろー責めるんは、お門違いやろが」


そんなことを考えながらそのまま、千歳を観察していると。顔は真っ赤にさせたまま、テーブルを挟んで反対側にいる小石川君に詰め寄る。
若干押され気味の小石川君に代わって、いつの間にかドリンクバーから取ってきたココアを飲む財前君から指摘を受けて、今度は千歳がたじろぐ番。その表情は先ほどまでとは打って変わって、目は泳ぐわ声は反論しようとする声は裏返るわで。どう手を打とうか必死に考えているが、全くもっていい案が浮かばない、そんな顔をしている。



「ちゅーか…千歳がこない表情豊かっちゅーか、ヤケになるっちゅーか…兎に角、そういうん見せるん、珍しいな」



そんな千歳を眺めて財前君同様、ドリンクバーから取ってきたのであろう、コーラをストローで吸いながら。感心した、とでも言うような口調で紡ぐ忍足君の言葉に、思わず頷きたくなる。

事実、俺と二人きりのときだって千歳がこんなに、表情豊かになることは少ないのだから。

他の皆も同じ意見だったのだろう、見渡してみると頷く顔がいくつも見える。


そう言われた千歳は、また顔を赤くして。



「ほ、ほら、もう料理が来っとよ!こぎゃん話ばしとらんで、冷める前に、料理食べっと!」


タイミング良く運ばれてきた料理を見て、ぱんぱんと手を叩き、話題を逸らそうとした。だがそんなもの、通用する彼らではなくて。



「ちゅーか、さっきの話からすると、千歳は渡邊先生には、甘えたなんやなー」

「べ、別に甘えてなんかなか!」

「しかもいつも、なんでしょ?渡邊先生のま・え・で・はVv」

「そ、そぎゃんこつなか、そぎゃんこつなかよ!」



料理を食べながらも、軽快なテンポで会話は進んで行く。一方、全ての標的にされている千歳の皿からは、ちっとも料理が減らない。
ちゅーか俺、もう和風ハンバーグ、半分食べてしまうのだが。これ、千歳にあげた方がいいんだよな。なら、千歳の皿に乗っている唐揚げとフライ、半分取ってもいいのかな。


「なぁ千歳、これ、半分もろうてもえぇんやよな?ちゅーか自分、ハンバーグ半分食べるんやよな?」

「お、オサムちゃんはちょっと、黙っててほしか!食べたきゃ全部食べてもよかから!」


会話の合間を縫って聞いてみると、思ってもいない返事が返ってきた。こちらをちらりとも見ずに、未だ手つかずの皿をぐいっとこちらに寄せて来ている。いつもだったら絶対によこさないホタテフライまで渡してくるだなんて、よっぽど天パっているのだろうな。

その言葉に甘えさせてもらって、唐揚げを頬張り、千歳の観察を続ける。ぶっちゃけなくても、こんなに目まぐるしく表情を変え、言葉を紡ぐ彼を見ることは、珍しい。


そう思っているのはやはり、俺だけではないようで。



「…やっぱ、珍しいな。千歳がこない風になるん。やっぱ、渡邊先生効果っちゅーやつかな」

「せやんねーちとっちゃん、どっか嬉しそうやし、ね」


一氏君と金色君の、会話が耳に届いた。


思えば年上の俺と付き合うことで、千歳は必要以上に背伸びしていたのかもしれない。元々年齢より大人びた部分のある子どもだったが、それに拍車が掛かったことも事実だ。

そんな見失いかけていた、千歳の一面を彼らは見せてくれた。文化祭のときもそうだったが、年齢相応に彼らと笑い合う千歳を、表情をころころと変えて言葉を紡ぐ千歳を、俺は初めて見た。


目の前で顔を真っ赤にして、だけど楽しそうに、会話の応酬を続ける千歳。それに対して、笑顔時々真剣な表情で、言葉をぶつけていく彼の友達。



「…なんや千歳、えぇ友達できたな」

「何か言ったと?」

「んー何でもない…そう、何でもないわ」



未だに言葉をぶつけあい…じゃれ合うように見える男子高校生たちに、俺は笑顔を向けて。



「ただ…そない友達んことは、大事にするんやで。友達は、一生モンやからな」



年長者として出来るアドバイスを、小さく零したのだった。


それは決して彼らの耳には届いていないだろうけれども。そしてそんなこと言わなくても、彼らなら分かりきっているだろうけれども。



彼ら全員が浮かべる笑顔が、そんなこと分かっているって、言っている気がした。




そんな俺の大切な相手にとって大事な友達に、俺もまぁ出来る範囲でだが、年長者として出来ることはしていきたいし、彼らのことを大事にしていきたいって、思った。




いくら、四時間も滞在した間に追加注文に追加注文を重ね、結果有り得ない額になっていた伝票と、財布の中身を見比べて、思わずレジでクレジットカードを差し出した俺を見て笑い転げていたとしても。

彼らは千歳にとって大事な友達で、俺にとっても大事な人生の後輩…の、はずだ。


くそ、いつか働くようになったら、必ず倍にして返してもらうからな!覚えとけや!




End.





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