「大丈夫や、自分らきっと、仲良うなれるわ」



そう言う彼は、心の底から安心出来るような笑みを浮かべていた。
この笑顔なら信頼してもいいかもって、思えた。




忍足謙也の懐柔




「ほれ光、これ自分好きやったろ?クラスの女子から貰うといてやったわ」

「ん。おーきに、謙也クン」


出会った頃は小春とユウジの間が定位置であった財前くんの隣に忍足が座るようになったのは、一体いつからだろうか。



「これ、謙也クンが聞きたがってたCD。持ってきたったわー」

「お、ホンマか!ありがとな、光」



お互いを名前で呼び合うようになったのは、一体いつからだろうか。


俺に対しては「白石」と名字で呼んでくれればいい方で。「おい」だの「ちょお」だの。名字ですら呼んでくれないことの方が多いのに。



小春曰く「あぁ、光はね。人見知りなんよ〜いっつもあんなんやから、気にせん方がえぇで?」な財前くんと。俺と同時期に知り合ったはずなのに(まぁ、俺は印象最悪だったが)、俺よりも仲良くなっている男・忍足謙也。最近では小春やユウジをさし置いて、二人で遊びに行ったりもしているらしい。
しかも先週末は、財前くんの家に泊りにまで行ったらしい。くそ、羨ましい。羨ましすぎる。

本人は本編第二話において「俺かてかわえぇ女の子のんが好きやボケぇ!」と叫んでいたくらいの女好き(という設定だったのだ。すっかり忘れ去られとるけどな!)であるにも関わらず。


……そうだ。すっかり忘れていたが忍足が最初、小石川に近付いてきた理由だって、「俺と小石川が一緒におれば、女の子の注目かて倍増間違いなし!やからに決まっとるやろが!」だったのだ。信用していない訳ではないが、前科持ちなのだ。
本当、最近そんな話が全く出てこなかったせいで、すっかり忘れていたが。

そして財前くん。とても高校一年の男子とは思えないかわいらしさで、学年問わずに女子から可愛がられている存在である。

そんな財前くんと一緒にいれば、まさに「女の子の注目かて倍増間違いなし!」の状況になるのだ。これって、ひょっとするとひょっとしないだろうか?



繰り返しになるが、俺は断じて忍足のことを信用していない訳ではない。ただちょっと、僻み根性が出ただけだ。



「…ちゅーわけや!財前くん、忍足に何か変なことされたら、言うんやで?」

「…謙也クンは、そないなことせんし!謙也クンのこと悪ういうな、ばーか!お前なん、知らん!もうこっち来んなや!ばーかばーか!」



その結果が、これである。



ばーかって可愛えなぁ!なんて、思っている場合じゃない。ぎんっと睨みを利かせると、一度俺の脛を蹴飛ばしてから、一目散に走り去ってしまった。
どうしてこうなるんだ?じんじんと、地味に痛みを訴え続ける脛をさすりながら、俺が向かったのはB組の教室。



「おい忍足ぃ!自分のせいで財前くんに嫌われてしもうたやんけ!責任取れ!」

「はぁ!?八つ当たりもえぇとこやろ、それ!」



女子に囲まれてへらへらしている忍足の胸倉を掴み上げて叫ぶと、もっともな言葉が返された。わかっている、八つ当たりだってことくらい。可愛いがっているのに、ちっとも懐かれない俺に対して、特に何もしてないくせに、簡単に懐かれてしまった忍足に対して。僻んでいるってことくらい、わかっているさ。


だがしかし。




「そう簡単に納得いくかやボケぇ!責任取って仲直りさせろやぁ!」



わかってはいても、納得はできない。



両腕を使って自分とそんなに変わらない体格をした忍足を持ち上げると、揺さぶりながら俺は叫んだ。
この時は必死だったから何とも思わなかったが。周りから見たら酷い光景だよなぁ…と、冷静になった今となっては言える。

そんなこと考えられないくらいに、その時の俺は忍足への僻みだけで動いていた、ということだろう。その感情が消え去った、今だから言えることだ。



「わ、わかった!協力したるから!取り敢えず降ろせや!」

「言い方が気に食わんが…まぁ、わかればえぇねん」

「はっ…死ぬかと思うた…」



ゆさゆさと、宙に浮いた状態で揺さぶられた忍足の気持ちなんかは、ちっともわからないけれども。わかりたくも、ないけれども。

ぱっと手を離してやると、惨めにもそのまま床にへたり込んだ忍足は、はぁはぁと、まるで全力疾走でもした後のように肩で息を整えている。若干だが俺の腕も、酷使されたことに対する悲鳴を、痛みという手段で訴えていた。



「ちゅーか自分、何であない財前くんと仲えぇねん!はっ!賄賂やな、賄賂!一体何渡してん!」

「そないなもん、渡しとらんし!ちゅーか人と仲良うなるんに、賄賂なん必要ないやろが」



その息を落ちつけている間に、周りからの視線が痛いことに気付いた俺たちは場所を変えて。いつもの屋上に辿り着いたところで、声を掛ける。

また声が荒々しいものになってしまったが、すっかりいつものペースを取り戻した忍足から、正論が返された。まぁ、その通りだろうな。俺、友達そんなにいないから、よくわからないけど。


そう思ったことが表情に出たのだろうか、目の前の忍足は破顔したかと思ったら、すっと意外と筋肉質な腕を伸ばして。



「ま、自然に仲良うなっとったっちゅーだけやな。多分、こうしとる内に光かて、警戒心解いてくれたんやろ」



大して背の変わらない俺の頭を、小さい子どもにするように、撫でた。その手は暖かくて、そして動きには迷いなんてものはなくて。



「…自分、ちっさい弟か妹、おるやろ」

「あ?確かに、小学校二年の弟が、おるけど」

「…やっぱりな」



普段からそうしていることがよくわかる、掌だった。


そう言えば財前くんもこうやって、よく頭を撫でられていたっけな。そしていつも気持ち良さそうに、他の奴がやったら振り払う手を、受け入れていたな。

きっとこの手に、この手から滲み出てくる忍足の人となりに、財前くんは気を許したのだろう。


それにしても、誰かに頭を撫でられたなんて、一体いつ以来だろう。物心つくころには、褒められてもそれは言葉だけだったり、報酬を受け取ったりであって。こうやって、実際に人の温かみを感じることは、年齢を重ねるに従って、減っていったように思う。



その温かみを、厭味なく与えてくれる忍足を、信用しない人間がいるわけがないって、


そんな忍足を一瞬でも、僻み根性からとは言え疑ってしまった自分が情けないって、



そしてこんな忍足だからこそ、あの財前くんが簡単に気を許して。自分のテリトリーに招き入れたのだろうって、思った。



忍足の手は相変わらず暖かく、一定のリズムを俺の頭上で、刻み続けていた。







「…あぁっ!思い出したわ!光と仲良うなったキッカケ!」


そう忍足が叫んだのは、教室に帰るべく並んで歩いていた階段でのこと。
あまりの声のでかさに思わずバランスを崩して落ちそうになった身体を、手摺を掴むことでどうにか立て直して。

続く忍足の言葉を…財前くんと仲良くなったキッカケを、待つ。



「光がな、公園で持っとった菓子野良猫に取られとったとこ、助けたねん。結局菓子は取り返せなかってんけどな、代わりに菓子買うたって。んで、色々喋ったんや」



それは俺が予想していたよりも、遥かに単純で。そしてその光景が容易に想像出来てしまうものでもあって。



「結局餌付けやねんか!ちょっとでも自分のこと、えぇ奴やって思うた俺が、馬鹿やったわ!」



先ほどまでの感慨を返せ!と言わんばかりに。掴んだままだった手摺を支点として繰り出した蹴りは、隣に立つ忍足の腹に、綺麗に決まった。


数段ではあったが、バランスを崩した忍足が階段を落下したことは、言うまでもないが。まぁ、自業自得だろう。



「…ま、それだけとちゃうねんけどな…これまで言うたら、光にどやされるわ」



俺より数段低い場所で、床にぶつけた尻やら腰をさすっている忍足が、小声で何か言う。だがそれは、俺のところまでは届かなくて。



「何や言うたか?」

「ん?別にー」



はぐらかされたことに、何となくだが腹が立ってもう一発、蹴りを入れてやろうかと思ったが。先ほどの手の温もりを思い出してしまって、そうすることはできなかった。


あの手は、反則だろ。全く。忍足のくせに。



蹴り落とされたと言うのに彼は、へらへらっと笑って。早く行くでと、俺にあの手を、差し出してきた。
……やっぱりこいつのこと、嫌いにはなれない。




実はその二人が仲良くなった日、忍足は財前くんと、俺のことを話していたってことを。
その時既に財前くんは、千歳によって陥れられていた俺のために動いてくれていたってことを。
忍足が俺と財前くんなら仲良くなれるって、そう伝えていたことを。それに小さくだが財前君が頷いたってことを。


俺が知ることは、当分先の話になる。



成人して堂々と酒が飲めるようになって。ほろ酔い気分の忍足がぽろりと零すまで。そしてそんな忍足に財前くんの綺麗な左ストレートが決まるまで。



俺はまだ、真実を知ることはない。





因みに。財前くんとは次の日、忍足が仲介をしてくれてちゃんと仲直りできた。
まぁ仲直りって言っても、前の状態に…名字を呼んでくれれば十分っていうところに、戻っただけなのだけどな。


ここから仲良くなっていくのは、俺自身がどうにかしなきゃいけないことだろう。



大丈夫、まだまだ人生長いんだから。
今が上手くいっていなくても、いつかは上手く行く日がくる!……はずだ。




End.






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