「こいし…じゃなか、石田。折り入って話が、あっと…」 今までに見たことがないほど真剣な眼差しを向けて来る友人を、 突き放すことが出来る人間がいようか、いやいない(反語)。 石田健二郎の調停 俺と白石の心中未遂ダイブ事件(命名・小春)から早いもので2か月が経ち。 俺の足に嵌められていたギブスも外れ、ずっとお世話になっていた松葉杖も病院に返して、部活の練習にも完全に復帰したそんなある冬の日。 やけに真剣な表情をした千歳が周りを見渡してから、ゆっくりと口を開く。 彼の方から話しかけて来るなんて珍しい、と思いながら。隣の席に座るように促し、机の上に広げられていた委員会の資料を片付けると、彼の話を聞く体勢に入った。 小さくありがとう、と頭を下げてから、千歳はゆっくりと、言葉を紡いだ。 「…財前と、仲良うなりたい?」 「仲良く…とはちょっと違か…ばってん、ニュアンスは合っとおよ」 そんな千歳が言うには。 心中未遂ダイブ事件の際に撮影した動画(詳しくは彼彼。最終話にて)のせいで、以前比べれば若干緩められていた千歳への警戒心が一気に増した財前によって、最近嫌がらせにも似た行為を受けているらしい…まぁ、後ろからいきなり蹴りを入れられるとか、すれ違い際に「もじゃあたま」と言われるとか…俺からしてみれば、かわいらしいものなのだが。 「…このままだと俺、ストレスで胃に穴ば開いてしまっとよ…」 白石に言わせれば「贅沢な悩みやな!」と一蹴されてしまうことだろうが。朝夕問わずに行われる攻撃に、意外と繊細な部分のある彼はすっかり参ってしまっているようで。言われてみればどことなく頬がこけたような気が…しないでも、ない。 まぁ、自業自得だと言ってしまえばそこまでの話なのだが。 「しゃーないなぁ…一肌、脱いだるわ」 「あ、ありがとう!石田!!」 千歳にも財前にも、色々と迷惑を掛けたから。ちょっとでも彼らの関係が良い方に転がればいいな、という想いももちながら。俺は千歳の力になることを、決めた。 「…取り敢えず、エサで釣ってみたらどうや?」 「…エサ?」 「せや。財前は甘いモン…特に和菓子には目がないさかい。まずはエサで釣って警戒心を解いて、そっから徐々に近づくと…」 最初に俺が思いついた作戦は言った通り。よく女子に餌付けされている(で、もれなく小春とユウジに怒られる)財前を見ていたから。だから言い方は悪いが、エサで釣ってみるのが一番手っ取り早いのではないか、と考えたのだ。実際、甘いものを食べているときの財前は、普段あれだけ張り巡らさせている警戒心をかなりのレベルまで緩めているのだから。相手が千歳であっても、それは有効であろう。 「よし、早速今日の昼に、やってみようや」 「が、頑張ってみっと」 わざわざ購買に立ち寄って購入した大福と弁当を持ち、二人並んで向かった屋上。そこには既に財前をはじめ、俺たち以外のメンバーは揃っていて。勿論ターゲットである財前も、小春とユウジに挟まれて弁当を頬張っているところで。 「よっしゃ、行って来い!」 「…ん。行って来るばい!」 恐る恐る。 そんな言葉が似合うような様子で千歳は、しっかりとその大きな両手に真っ白な大福を持ち、ターゲットである財前の方へと歩み寄って行く。近付いてくる千歳に気付いたのか。もくもくと動かしていた口を止めた財前はまるで野良猫のように、千歳を目で威嚇する。 警戒心丸出しの相手の出方に一瞬、ひるんだ千歳だったが。このままではいけないと、自分でも理解しているのであろう。 その掌の中に、大福を認めた財前は一瞬、その表情を和らげる。 今や!と思わず、弁当そっちのけで拳を握ってしまったのだが。 「ざ、財前。これ、あげるっちゃ」 「…おおきに。自分にしては気が利くやんか」 そう言うとひったくるように大福を掴んだ財前が、視線を逸らしたことによってそこで会話終了。 そんなターゲットは大福をすぐに食べてしまうと、口の周りを白くさせながらいつまでそこにいるつもりだとでも言わんばかりの目で、千歳を睨みつけた。 あぁ、確かにアレは堪えるだろうな。 それ以上何かを言うことも出来ずに、しょぼしょぼとこちらに向かってきた千歳を、俺には責めることなんてできなかった。白石は「何勝手に財前くんと仲良うなろうしとんねん!抜け駆けか!?」と怒鳴っていたが。そんな単純な問題じゃないんだと、俺からもフォローは入れておいた。 さてさて、そんなこんなで千歳の「財前との距離を縮めよう!」活動が始まったのだが。 「ざ、財前、教科書忘れたばってん、貸してほし…」 「わざわざこっち来んで、隣のクラスの謙也クンにでも借りろや」 「財前これ、俺の好きな音楽…聴いてみてほし…」 「趣味悪っ!俺、こないなん聞かんし」 「ざいぜ…」 「何?用ないんやったら、どけやデカもじゃ」 毎回撃沈に次ぐ撃沈。 真正面から財前の攻撃(口撃)を受け続けた千歳は、目に見えて憔悴しきっていって。 がっくりと肩を落としながらも、もうちょっと頑張っと、なんて言ってくる千歳を、これ以上見ていられなくなってしまって。 「…財前自分、千歳のことが嫌いなんか?」 アドバイスはしても直接関わることはしないようにしていた俺だったが、他の皆がいない隙を見計らって財前を捕まえると、核心に迫る問いを投げかける。 「別に、嫌いとちゃうで。まぁ、腹は立っとるけど」 すると返ってきたのは、意外な反応。 きょとんと、何でそんなことを聞くのだとでも言いたいような顔をした財前は、大きな黒い瞳をこちらに向けてくる。その目から自分の目を逸らさずに。小春たちがいつも説教している時のような格好で俺は、言葉を続けた。 「やったらなしてあないあしらい方すんねん。千歳、結構堪えとるで?」 「やって、そうした方がおもろいんやもん。でかい図体しょぼーんて縮込ませよってからに。自分は捨て犬かー!って思わへん?そないな反応見るん、おもろいやん!」 至極真面目な表情で紡いだ言葉に対して、嬉々として返って来た反応。えぇっと、それって… 「…つまり。千歳の反応がおもろいから、あないな態度取っとるんや…と」 「うん」 そんなん、当たり前やん。今更気付いたんか? こくりと、頷いてから楽しそうな声色で続けられた言葉に軽く、眩暈を覚える。 つまり、俺が千歳と一緒に知恵を絞って考え実行してきた、数多くの「財前と距離を近付ける為の作戦」たちは、こいつにとっては娯楽の一環でしかなく。 その上、それをあしらうことによって発生する千歳の反応が楽しくて、財前の行動はエスカレートしている、というわけであって。 「俺なぁ、あぁいう奴イジメるん、だぁい好きやねん。こう、ぞくぞくーってするやん?」 「…分かりたない、感覚やな」 恍惚とした表情で語る財前に、若干引き気味になりながらも。 ある意味俺たちが行ってきたことは無駄ではなかった…のだと、思いたい。だって別に、財前は千歳のことを嫌ってなんていない…寧ろ興味をもっているのだから。形はどうであれ、距離は縮んでいると、考えてもいいだろう…そう考えないと、千歳があまりも不憫だ。 不憫に思ったついでにもう一言だけ、千歳の為に言っておこう。 「やったらもうちょっと、千歳に優しぃしたれや。別に嫌いちゃうんやったら、それくらいしたってもえぇやろが」 「いややーそんなん、つまらんもん。いっくら嫌いやないっちゅーても、優しぃするくらいやったら、無視る方がえぇわ」 千歳にとって今のまま財前にいじられ続ける方が良いのか。それとも彼が言う通り、無視されてしまう方がいいのか。 即座に返ってきた言葉に、少し考える。俺の主観で考えていいのかも、悩むところだが。 「……まぁ、ちょっとは手加減、したれよ」 「ん。やり過ぎて学校来ないようになってもうたら、つまらんし。小春ちゃんらにも怒られるしな」 無視される=興味すらなくされてしまうよりは。千歳には悪いがこのままでいる方が、いいだろう。興味さえもたれていれば、事態は好転する可能性なんて、いくらでもあるのだから…まぁ、財前にその気があれば、の話なのだが。 ため息交じりに紡いだ言葉に。やはり嬉々とした声色で返してくる中学以来の友人に、俺はもう一度ため息を吐きながらも。彼を憎みきれない自分がいることに、気付いていた。 きっと千歳も、どんなことをされても財前のことを嫌いになれないから、憎むことが出来ないから。だから歩み寄りたいと、思ったのだろうな。嫌いじゃない程度の相手だったら、あんなに頑張って近付こうとなんて、しないだろうから。 今更ながら、千歳の本心も垣間見ることが出来たような、気がした。 さてさて。財前がそんなことを思って自分に接しているなんて、微塵にも感じていないであろう千歳は。 「財前、今度一緒にじぶりの…」 「いやや!!」 「ちょっと財前、この服…」 「着ない!!ちゅーか何やそれ!趣味悪過ぎやろ!!寄るな変態!!!」 今日も今日で、目標達成の為に果敢に挑戦しては、ひたすら撃沈している。 因みに服をプレゼントするように助言したのは白石な。あいつ、自分の趣味で選んだ服(妙にひらひらしている…どう見ても、女物の服だ)を千歳に押し付けて…あんなの、財前じゃなくても着たくない。財前、本気で嫌がっているし。千歳なんて、涙目になっているし。 それでも本気で千歳を遠ざけようとしていないところを見ると、先日財前が言っていた言葉は真実なんだろう。だってしょぼしょぼと背中を丸めて遠ざかって行く千歳を見て、笑っているし。千歳が振り向くと、しかめっ面に戻るのだけどな。 まぁ近い未来、千歳いじり財前が飽きた頃。 その時はきっと、千歳が望む形で二人の距離は、縮むのだと思う。 けちょんけちょんにされながらも、諦めずに立ち向かう千歳の姿を見ると。そう願わずにはいられなかった。 頑張れ千歳、未来は明るいで!……多分。 End. 15000HIT |