「さぁって、覚悟はよかね?」 王様、だーれだ! 千歳千里の再燃 思えば、あれはもう運命だったんだ。 俺とオサムちゃんの出会いはもう既に述べているから、割愛させてもらう。本当は何度でも言いたいのだけれども、今日は他のことを中心に話したいので、断腸の思いでの判断だ。 運命的な出会いをしたからと言って、俺とオサムちゃんが最初から相思相愛だったなんてわけでは、もちろんない。 当時の俺は、学校に行く意味が見出せず。小学校へ向かう妹に笑顔で「いってらっしゃい」と言いながらも、何であんなに楽しそうに出掛けるのだろうと、理解出来ずにいた。 妹も妹で、学校にも行かずに家の中や街中をぶらぶらしている俺を、不思議に思っていただろうが。 そんな俺が、学校が変わったから、住む場所が変わったからといって、学校に行くようになるわけがなく。相変わらず放任主義であった両親も「行きたくなったら行けばいい」と、よく言えば俺の“自主性”に任せるという、スタンスを貫いていた。 加えてここは、生まれ育った故郷ではない。口うるさく登校を促した(それが自分を心配してくれての行動だと、今ならわかるが)幼馴染もいない今、俺が学校に向かうことは、なかった。 朝起きて、庭に訪れる猫たちに餌を与えて。自分も朝ごはんを食べて妹を見送る。それからはその日の気分、家にいたり外を散歩したりして、日暮れまで過ごす。学校から帰ってきた妹を出迎えて、家族そろって食卓を囲んで。風呂に入ったりテレビを観たりしてから、寝床に就く。 それが俺の、日常だった。 「ごめんくださーい。どなたか、おられますかぁ?ごめんくださーい」 そんな日常が壊されたのは、夏のある日。 「はいはーい…て、どなたですか?」 「あぁ、南第二中の、渡邊言います…って、千歳君やな?」 「はぁ。そうですけど…」 チャイムがあるというのにそれを鳴らさず、玄関から家の中に向かって、大声を上げられる。 ちょうど両親は揃って出掛けているところで、家には昼寝をしていた俺しかいなくて。 近所迷惑もいいところの大声に眉を顰めながらも。めんどくさいと顔に書いた俺は、だらだらと玄関へと向かう。 そこに立っていたのは、真夏だというのに長袖のトレンチコートを着て、頭には汚れた変な柄のチューリップハット。手にしていたカバンだけは、どこかのブランド物だったが、そういうことに疎い俺にその銘柄まで分かるはずがなかった。 「…それが、千歳と渡邊先生の再会っちゅーわけやな」 「そうったい!そん時は、こぎゃんオサムちゃんのこつ、好いとぉようになるなん、これっぽちも思ってなかと…ばってん、ぜーんぶ神様が用意ばしとった、運命だったとね」 いつもの屋上。いつものメンバー。 千歳による「千歳と渡邊先生、愛の劇場〜再会編〜」が始まって、早いものでもう十分以上経つ。それなのに、ちっとも勢いを失くさずに。聴衆なんていてもいなくても同じような口ぶりで、こぶしを握り締めながら、休憩を取ることなく続けられる千歳の話に、思わず水をさしてしまった。 しかし、それに対して苦言を呈すでもなく、はにかむような笑みを浮かべた千歳は、ようやくこちらへ…俺たち聴衆の方へと、目を向けた。 さてさて、千歳の惚気話には毎回散々な目に遭っている俺たちであるが。どうしてこんな状況になってしまったのか、一言で言ってしまうと。 「…俺もう、帰りたい…」 「あかんで光…これも、敗者の定めなんや!」 「…誰やねん。王様ゲームしようなん、言いだしたんは…」 はい、俺でーす。 ため息と一緒に吐き出すように紡がれた小石川の言葉に、心の中で挙手をした。 そう、俺が何となくやりたいと言いだした王様ゲームで、見事王様になった千歳が「全員、俺の話をちゃんと聞くったい」と、満面の笑顔で命令したことが、全てのはじまり。 全くもってつまらなそうにしている財前くんと、その隣に座る忍足が小石川の言葉に、俺の方をジト目で見て来る。慌てた俺は、話の方向を千歳に向けるべく、急いで言葉を探す。 「ちゅ、ちゅーか、ほぼ初対面の相手に運命感じることなん、普通ないわなぁ…あっても思いこみちゃうんか?…まぁ、こいつ金持ってそうなやなぁ〜とか、こいつえぇ身体しとんなぁ〜くらいは思うかもしれへんけど…なぁ?」 「あ〜ら蔵りん。まるで経験しとるようなく・ち・ぶ・り・ね」 「……不潔ったい」 「なんやねん不潔て!不潔はないやろ、不潔は!ちゅーか俺、そないな経験ないわ!俺は無実や!」 だがしかし、見事に失敗した。 くそ、不潔って何だ不潔って。千歳にだけは言われたくない。 「まぁ、白石が不潔ってこつば置いといて」 「置いとくな!ちゅーか不潔ちゃうわ!しっつれいな奴やなぁ」 「そんな夏の日から、俺とオサムちゃんの新たなステージが、始まったばい」 「おーい、人の話聞けやー」 *** 進路担当だという彼…渡邊先生があの春の日、自分の看病をしてくれていた人だとは、その時の俺は知らなかった。 ただ、熊本にいたころ同様に、教師があれこれと介入してくることに対する、嫌悪感しかなかった。別に、俺自身も学校に行かないことで不自由をしているわけでもないし、それに対して親が不登校だの不良行為だのと、わめきたてているのでもない。 だったら、放っておけばいいのに。ただでさえ多忙だと聞く教師が、わざわざ仕事を増やす意味はないだろうに。 そんなことを考えながらも、親と話があるから帰るまで待たせて欲しいという彼を応接間に上げると、粗茶ですが、なんて言いながら出がらしのお茶と小分けされた煎餅を何枚か、出してやる。それを先生はおおきにって、笑いながら受け取ると。 「せや、どうせやったら親御さんらが帰ってくるまで、ちょお話そうや」 自分の隣の空いているスペースを、まるで自分の家であるかのようにバンバンと、手で叩き。そこに座るように、促した。 それを突っぱねることも、出来たのに。そんなことに付き合ってやる道理、これっぽちもないのに。 「別に、よかとよ」 気付けば俺は、示された場所に腰を落ち着けていた。いくら住み始めてそんなに日が経っていないとはいえ自分の家だというのに、どことなく、はじめてくる場所にいるような錯覚がした。 座ってから今までの教師たちがそうであったように、どうして学校に来ないんだ、悩みでもあるのか、心配事があるなら先生が力になるぞ、だから安心して学校に来なさい、君のためでもあるんだから。 そういった、在り来りな言葉ばかりを吐くのだろう、目の前の、この“大人”は。 「そういや千歳君は、前の学校でバスケでもやっとったんか?」 「へ?」 「いや、背ぇ高いからひょっとしてーて、思うたんやけど…あ、バレーやったか?」 しかし。そんな“大人”が吐き出したのは、俺が予想しなかった言葉。独特のイントネーションで紡がれるそれは、どことなく心地よくて。 「別に、何もやっちょらんかったばってん…幼馴染と、テニスばしとったくらいで」 「テニスか!俺なぁ、テニス部の顧問してんねんけど…君みたいなデカイ子、おらへんわ」 その後も彼は、俺が学校に行かない理由を聞いたりだとか、俺を学校に来るように説得したりだとか、しなくて。 「…どぎゃんして、俺に学校ば来いて、言わんと?先生、俺んこつ学校ば来させようち、来たとやろ?」 「……あぁ、せやったわ。忘れとった」 思わずこちらから切りだしてしまうと、しまったと言うような表情をしてみせてから、脇に置かれたカバンを漁り、何枚かプリントを取りだす。ちらりと見えたその中身は、お世辞にも綺麗に整えられているとは言えなくて。取りだされたプリントも、隅の方が折れまがっているという始末。 「俺はなぁ、別に来たない言うとる奴を無理矢理学校来させても、何もならんと思うんやけど…ってこれ、オフレコな」 そう言いながら彼が俺に渡したのは、俺の担任だという教師からの手紙。中にはまぁ、どうせ不安だろうが一緒に頑張って行こう、先生は君の味方だ、なんて。安っぽい言葉が並べられているであろうことが、容易に想像できる。 そもそも、こんな手紙を書く時間があるのなら、進路担当だという彼ではなく、その担任が顔を見せればいいのに。そう口にしてやろうかと思ったが、それではまるで彼が来たことに不満があるようだったので、止めておいた。 「自分が何で学校に来たないんかなん、俺にはわからんけど。ま、来たなったらいつでも来ぃ」 結局、三十分以上はそうして話をしていただろうか。本当にくだらない世間話から、職場に対する彼の愚痴だとか、彼が顧問を務めるテニス部の話だとか、そんな話ばかり。それは学校がいいところだと、アナウンスするものではなく、本当にただの世間話。 「…そん時は、先生が相手して、くれっと?」 「ん?相手っちゅーかまぁ…いきなし担任と話辛いんやったら、俺んとこ来てくれて、かまへんよ」 そんな先生の話に、興味をもった。 そんな先生に、興味をもった。 今までの大人たちとは違う、そんな先生に。 次の日から、俺は学校に通い始める。ただ向かう先は自分の教室ではなく、その先生の元だったのだけれども。 *** 「そん日から、俺とオサムちゃんの新たな一ページが、始まったとよ…」 「ほーそりゃ、良かったなぁ…おめっとさん」 うっとりと両手を胸のあたりで組む千歳の表情は、恋する乙女そのもの。あぁ、うちの姉ちゃんもよく彼氏ができたばかりの頃は、こんな顔して俺に彼氏自慢をしてくる…そんなに長く、もった試しがないけれど。 よくもまぁ、そんな詳細まで覚えているよなぁと言いたくなるくらいに、千歳の記憶は鮮明で。その際三十分にわたって渡邊先生と交わした会話まで、再生してみせた…まぁ、それが合っているかどうか判断できる人物は、ここにいないのだが。 トータルで一時間を超えた「千歳と渡邊先生、愛の劇場〜再会編〜」に。 財前くんと忍足は仲良くこっくりこっくりと、船を漕ぎはじめるし。ユウジはどこに持っていたんだろうか、裁縫道具を取り出し、何かせっせとつくっている。小石川は一見真剣に聞いていると思いきや、先ほどから変なタイミングで相槌を打っているから、聞いちゃいないのだろう。小春は小春で「長編ラブストーリーのネタになるわ」と、真剣にメモを取っていたくせに。もう飽きたのか、メモ帳には全然関係ない単語が、羅列されている。 そして俺も。 「…なぁ、もう王様ゲームの効力、切れとんでーあまりにも王様が横暴やとなぁ、民衆かて反乱起こすでー市民革命やでー」 完全に、飽きていた。 背筋を伸ばして体育座りしていた体勢はすっかり崩され。家でテレビを観ている体勢とそんなに変わらない。要するに、寝転がっている。 流石にこれは千歳に対して失礼かとも思ったが、全然気にしている様子がみられないので、そのままでいるのだが。 「…ちゅーかそない渡邊先生のえぇところばっか聞かされとると、俺が渡邊先生のこと好きやって、錯覚してまいそうや…」 「それはダメ!」 そんな体勢のまま、何となく呟いた言葉。それに対して今までこちらの反応なんて、気にもしてなかった千歳が、異様なまでの反応を見せると、寝転がっていた俺の胸倉を掴み、無理矢理立たせた。 ひょっとしなくても異常事態なのに、周りは誰一人として反応を示さずに、当の俺もどこか他人事のように感じてしまっているのは、飽きがさせる業なのだろうか。 「オサムちゃんは、俺のったい!白石なんかに、やらん!」 「いや、別にいらんし」 立ちあがらせた俺としっかりと目線を合わせると、真剣な眼差しを向けながら千歳が吠える。 やるやらないとか、千歳のものとか千歳ものじゃないとか、そういう問題でもないだろうと思いながら。何となく放った一言にここまで食いつかれることなんて想定していなかった俺は、投げやりに言葉を放つ。 だが、千歳は俺の言葉なんて聞いていない、聞きたくないとでもいうように。俺が口を開いたと同時に、掴んでいた手を離すとそれで、自分の耳を塞ぐ。これ、お前にとっていい情報のはずだよな?と呆れつつ。 「白石がオサムちゃんのこつば、好いとぉようになってまうんなら、もう話してあげなか!!はーい、もうおしまーい、おひらきー」 「「ほんまか!」」 声高らかに叫ばれた千歳の声に。しっかりと地に足を着けた俺は、そして周りで好き勝手やっていた皆は。 ようやく自分たちが解放されたことを、知ったのだった。 だがそこで千歳の誤解を解くことなく、解放された喜びから真っ直ぐ家に帰ってしまったもんだから。その後俺は事あるごとに千歳から疑いの目を向けられ。面白がった他の連中にまでからかわれることになる。 もう王様ゲームなんて、例え大学生になって合コンに誘われて好みの女の子が目の前にいたって、絶対にやるもんかと。 心に決めた、十六の冬。 暦の上では春を迎えたというのに、全く暖かくならない、そんな冬の出来事。 End. 15000HIT |