潤んだ大きな瞳、もごもごと動く口、抱き締めたら壊れてしまいそうな小さな身体。
そんな君に、もうメロメロなんだ。



222



「あー…なんでこない、かわえぇんやろ…」


ショウウインドウを覗き込み、うっとりとその中身を見つめているのは、四天宝寺中学テニス部部長・白石蔵ノ介。

彼は先ほどからそこから一歩も動かずに、ずっとかわいいだの愛らしいだの、そんな台詞を繰り返しながら、ショウウインドウの中身だけを目に映している。



「…えぇ加減、動こうや白石…」

「せやでー俺、もう待ちくたびれてもうたんやけど…」



そんな彼をぐったりした様子で(少し遠巻きに)眺めているのは、同じ部活の同輩・小石川健二郎と忍足謙也。
練習時間を利用して部の買い出しに来ていた彼らの両手には、先ほどまでいたスポーツ用品店で購入したボールやらグリップテープやらが詰まった袋が握られている。それを地面に着けないように注意しながら、道路沿いに設置されているガードレールの上へと器用にバランスをとり座っていた。



「…ちゅーか部長が猫好きとか、意外っすわー」

「何言うとるんや…こないかわえぇモン、嫌いな奴の方が珍しいやろ」



それともう一人。
こちらは白石の横に立ち、一緒になってショウウインドウの中にいる生物…猫を眺めている、同じくテニス部の二年生、財前光。白石ほど騒ぎ立てたり恍惚とした表情は浮かべたりはしていないが、彼もまた、猫に興味を抱いていることは一目瞭然。


外から覗き込んでいる二人に気付いた、如何にも血統書が付いているといった毛並みの猫が一匹、にゃーとガラス越しに鳴いてから、彼らの方へとてちてちと、歩いてきて。



「〜っ!!い、今の見たか、財前!!」

「み、見ました…めっちゃかわいかったっすわー」

「せやろせやろぉ!…やけど、大丈夫やろか。思いきり、ガラスにかわえぇデコ、ぶつけてたからなぁ…コブとか出来へんかったら、えぇねんけどなぁ…」



こつんと、可愛らしい音を立ててガラスに激突する。


その様子を目の前で、ガラス一枚越しに眺めていた二人の様子は上記のよう。
先ほどまではまだ、静かに眺めていただけだった二人だったが、そんな猫の愛らしい様子にすっかりと、興奮してしまったようで。益々ショウウインドウに、へばりつく。


「ちょお。二人とも、その辺にしとけや。店の迷惑になるやろ!」


流石にこれは、他の客や店側の迷惑になると思った小石川が、二人の首根っこを後ろから掴んでそこから引きはがそうと、試みたが。



「ちょっと黙っとれや!猫ちゃんが自分の顔見たら怖がって逃げてまうやろ!」

「そうっすわー邪魔せんといてくださいよね」



ばしんと、同時にその手を払われたかと思ったら。
猫に向けていたのとは正反対、氷の様に冷たい目をと寄越されたかと思うと、双方向ステレオで歯に衣着せぬことを言い放たれてしまって。



「ほ〜ら猫ちゃ〜ん、怖い人はもうおらんから、こっち来ぃや〜」

「せやでーもう平気やでー」



ころっと態度を豹変させて、すっかり猫の虜に戻ってしまった二人に、小石川は払われた手を元に戻すことも、そして忍足の待つガードレールに戻ることも出来ず。



「おーい小石川。自分がいっちゃん、邪魔になっとるでー」

「怖い…邪魔…」



べったりとショウウインドウにへばりついた二人を眺めながら、べたりとその場(勿論、公道である)に膝を折った。
すっかり退屈していた忍足が一応といった風に声を掛けるが、その声も届かないようで。



「邪魔…俺、怖い人なんか?人は、見た目とちゃうで?」



べたりと。膝だけではなく掌までも地面に着けると。怖いと形容されても仕方のない(と、忍足は思ってしまった)頭を下に向けて、すっかり項垂れてしまう。
ぶつぶつと、何かを呟きながら。そんな一見不審者以外の何者でもない小石川を、通行人たちはヒソヒソと何か言いつつも避けて通り過ぎて行く。まだ猫を見つめている白石達の方が、邪魔にはなっていない。

そんなチームメイトの姿に溜息を零すと、邪魔にならない所まで引っ張ってこようと、そちらへ行こうともしたのだが。自分の手に握られている、四人で分けて持っていた荷物を見ると。その気も失せてしまって。

大の苦手である待ち時間を、如何に有効に使うのか。その為には暫く、目の前にいる三人の様子を、傍観者を決め込んで観察すればいい。

そう思った忍足は、一度は浮かせた腰をもう一度ガードレールに据えると。両手にしっかりと荷物を握りながら、顔を真っ直ぐ前に向けたのだった。




「もう一遍、来ないっすかね?写メ取って、ブログに載せたいんすけど」

「そ、それちゃんと撮れたら、俺にも送ってや!」



さてさて。猫の愛らしさにすっかりその虜になってしまった二人はというと。


見た目は一向に変化の見られない財前だったが、携帯を握る左手は少し震えているようで。これでは猫が寄って来てもピントがずれてしまうに違いない。
そんな風に興奮している(であろう)様子は、結構長い付き合いをしているが初めて見たな、と忍足は思う。
そんな財前の肩を掴むと、顔は真っ直ぐ猫を捉えたままで白石は揺らす。そんな風に揺らしていたら、ちゃんと撮ることなど出来ないだろうに。


暫くはそうやって、観察をしていた忍足であったが。こちらに背中を向けたままで猫の動きの一々に歓声を上げている二人も、地面とお友達になったまま一向に動こうとしないで呟き続けている小石川も、観察するには退屈過ぎる対象になってしまっていて。



「なー三人共ーもう帰ろうやーなぁなぁなぁ!」



ガードレールを揺らした足で叩きながら、訴える。

白石たちの言葉によって小石川が地面に沈められてから、まだ数分しか経っていなかったが。忍足にとってはそれまでの時間も含めて、もうとっくに限界を越えていたようだ。


「ぶ、ぶちょ!こっち来たっすわー!」

「見とる見とる!!かー!!かわえぇなぁ…ま、うちのエクスタちゃんには負けるけどな…」

「じゃま…こわいひと…」



だがその声は、それぞれ自分たちの世界にどっぷり入り込んでいる三人には、全く届かない。

そんな白石たちに少しでも自分の願いが届くようにと、ガンガンと音を立ててガードレールを蹴り、早く早くと囃したてる忍足も含めて四人はもう、迷惑以外の何者でもない。


「だぁっ!もうえぇ加減にせぇ!!もうえぇ!もうえぇわ!俺、一人で先帰るからな!荷物、ここに置いとくからちゃんと持って帰って来ぃよ!!」



ちっとも届かない自分の声に、しびれを切らした忍足はダンっと音を立て、ガードレールから飛び降りる。自分に割り当てられた分以外の荷物を全て、その場に置き、じゃあな!と一度三人の方へと念を押すかのように告げる。しかし、やはりちっとも向けられない注目に怒気を含んだ溜息をひとつ、吐くと。もう知らん!と叫ぶように言い捨て、自慢の脚を生かしてその場から、一瞬のうちに消え去った。




さてさて、残された三人は。



「…ホンマ、えくすたしーやなぁ…どうせなら、店ん中入って、触らせてもろうてこよか?」

「えぇんすか!…せやけど一応まだ、部活中やないんすか?」

「勿論や。部長権限っちゅーやつやな!…ま、今回だけ、特別な?」

「部長、見直したっすわー」



相変わらず、自分達の世界にどっぷりと…と思いきや、遂に白石たちはにこにこと笑顔を浮かべながら、スキップでもしているような軽い足取りで、自動ドアの中へと、姿を消した。


なーと、先ほどまで熱視線を向けられていた猫が、ストレスから解放されたかのように伸びをする。その姿を彼らが見ていたら、今頃嬌声とシャッター音の嵐で、新たなストレッサーを生み出していただろうに。



「こわい…こわいて、この髪型のせいか?せいなんか?それとも人相か?…人相は、変えようがないやろ…それこわいて言われてもうたら、俺、どないしたらえぇんや?」



幸いにも、それを目に映せる位置にいたのは、どこから取り出したのか手鏡に自分の姿を映し出し、未だにぶつぶつと自問し続けている小石川一人だけだった。



すっかり日が暮れて、渡邊の指示で三人を探しに来た石田たちがやって来るまで。

小石川はそのまま、地面と仲良くしながらぶつぶつと呟き続け。
白石と財前は普段のキャラなんて捨て去り、すっかり小動物の虜になっていたそうな。






「…俺もう、あいつらと買い出し行きたないわ」

「…なんか、すまんかった…せやけど俺も同感やわ…」



後日。

忍足と小石川がそう、ぼやいていた一方で。



「ぶちょー今度ぶちょーんちの猫、見せてくださいよ」

「えぇで!せや、また次の買い出しん時も、あの店寄ろうな!荷物は謙也と小石川に任せりゃえぇやろ」



違う場所では白石と財前が、目を輝かせながら話していたそうな。




そんな四天宝寺中学、男子テニス部の日常。
ちょっと変わっているようで、それでも彼らにとっては当たり前で。



そしてどこか幸せを感じる、そんな毎日。





End.






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