はぁ〜い、今日も始まりました!金色小春の新婚さん…やない、カップルさんいらっしゃぁいVvの時間やで!…て、うちが勝手にやっとるだけやけどね☆
さてさて、今日のカップルさんは…?




SWEET ESCAPE



昨日までの台風による大荒れの天気も収まって。台風一過というか、見上げれば空一面に綺麗な青が広がっている。

そんな空の下、うちらは今日も元気にコートを跳ねまわる。ここ最近はさっき言った通り、台風のせいでずっとぱっとしない天気が続いていて。ずっと体育館とか廊下とかで筋トレばっかりやっていて。
こんなすっきり晴れたのは、本当に久しぶりのことだから。堂々とテニスコートを駆けまわれることは、久しぶりだから。

だから皆、いつも以上にはしゃいでいる。何だかんだ言って皆、テニス大好きだもんね(勿論、うちもやけど)。


「はぁぁぁぁぁ……」

そんな中、今イチぱっとしないどころか、昨日までの空模様もビックリな暗〜い空気を醸し出している人物が一人。


「んもう、どないしたん?オサムちゃん。そない暗い顔しとると、運気も逃げてってまうで?」

コートの隅に置かれたベンチに深々と腰を掛け。まるで頭に乗せているのがチューリップハットなんかじゃなくて重たいばかりの王冠のように、首を曲げて。深く長く、溜息を吐いた顧問のすぐ隣に、ちょこんと座る。遠くでユウ君が何やら叫んでいるけど、気にしたら負けや。

「あぁ…小春かぁ…小春はえぇ子やから、オサムちゃんの話、聞いてくれるか?聞いてくれるやろ?」

ゆっくりと上げられた顔は、どんよりと沈んだ表情をしていて。その瞳は真っ直ぐこちらに向けられていたけれども。その奥で本当に映している姿がたった一つであることは、明確。
この人をこんなにも落ち込ませることが出来る人物は、自分が知っている限りで一人しかいない。

そう、先ほどからユウ君の隣でちらちらと、こちらを伺っている人物だけ。


「んー…別にえぇけど…今日は一体、どないしたん?たいやき頭から食べるんか、それとも尻尾から食べるんか?それとも、卵かけご飯の卵は混ぜてからご飯に掛けるんか、それともご飯にかけてから混ぜるんか?」


毎度のことながらくだらないことで喧嘩というか言い争いを繰り広げて。そしてお互いに素直に「ごめんなさい」が言えずにこうやって、周りの人物を巻き込みながらまた、二人の距離を縮めていくという、迷惑極まりない、だけどどういう訳だか放っておけないこの一組のカップルは。


「そないなもんとちゃうわ!…今回は、結構深刻やねん…」


その言葉を信じるのならば。今度ばかりはそんなくだらないと一笑されてしまうような内容で行き違いを起こしているわけではないようで。

先ほどから感じる二つの視線が痛いのだけど。別にうちがどうこうしないで、自分達で解決するのが一番いいって分かっているけれど。ここはうちが一肌脱ぐしかないなんて、勝手な正義感。だって何故かはわからないけれど。目の前にいる自分より一回り以上生きている大人のことも、遠くからこちらをじーっと見つめている同級生のことも、放っておけないのだから仕方ない。


「ふぅん…で、どないしたん?うちに出来ることがあれば、言うて?」

「小春…今、ホンマちょっとやけど、一氏の気持ちが分かった気ぃしたわ!」

「……ちょっとは余計やし、別に分からんでもえぇ気持ちやわね……で、ホンマにどないしたんよ」


感動しています!と全面で訴えてくる言葉にははっと、渇いた笑いを漏らしながらも。本旨を聞き出すべく、ずっと近付く。
あぁ、また全身に真正面から刺さる視線が痛い。だけど二人とも見て来るだけで(睨む、という表現は当てはまらない気がする。何となくだけど)何も言ってこないということは、うちが取る行動に対しては理解を示してくれているのだろう。

そんな二人の様子を横目で確認して。そして再び自慢のつぶらな瞳をオサムちゃんの方に向けて。目だけで続きを促す。すぐ隣に、ちょっと押されでもしたら抱きつけてしまうような距離にいるオサムちゃんは。相変わらず冴えない顔をして、どんよりと濁った瞳をして。



「ん…実はな…」


重くて仕方ないであろう口を、力を出して押し開けて。そして聞いて欲しくて仕方のない言葉を、紡いだ。
その言葉は、うちの耳からゆっくりと、全身へと行きわたり。



「な?深刻な話やろ…ホンマ俺、今回ばかりは元通りに戻れる自信、ないわ…」


そして大分時間を要して脳へと届き、それを頭が理解するよりも早く。





「んなくだらんことでうちの大切な時間を無駄にすんなやぁ!!」





うちの身体はしなやかな鞭のようにしなり、座った状態からとは思えない程華麗で強烈な右ストレートを、目の前でわざとらしく(しているようにしか見えない)溜息を吐くオッサン目掛けて放って。



「ぐへっ」



それは自分で思った以上に…ううん、思ってなんかいない、だって無意識の反応だったから、でも自分でも驚くほどに綺麗にオサムちゃんの左頬にクリティカルにヒットして。


「あー…なんや、人飛んどるでー」

「ほんまや…にしても、今日はめっちゃえぇ天気やな!絶好のテニス日和や!」


通りかかった後輩の、のんびりと紡がれた言葉が示す通り。うちの右拳によって跳ねあげられた身体は空…というのは大げさだけど、若干宙に舞い上がり(入射角に対して反射角が若干大きすぎる気もするが、まぁ気にしない)。


「オサムちゃん!大丈夫と!?しっかりするったい!!」


ずっと離れたところからこちらの様子を伺っていた、ちとっちゃんのすぐ傍へと、舞い降りた…違う、落っこちた。

なんというか…無意識ながらも計算しくされたかのような落下地点に、思わず自分で自分を褒めてあげたくなる。あぁ、ホンマうちって天才かも。ちとっちゃんの横にいるユウ君が拍手なんてしてくれるものだから、つい調子に乗ってしまって。もっと褒めて!と言わんばかりについつい、両手を広げてアピールなんかしていたら。



「…小春!いくら小春やけんって、オサムちゃんに手ば上げるなん、許さなかよ!」


目の前には、ぐったりとしたオサムちゃんをしっかりと抱き締めたちとっちゃんが、鬼のような形相で立っていた。

先ほどは睨むなんて表現、当てはまらないなんて言ったけれども。地の底から響くような声を放ったその顔は、確実に睨んでいる。もう、その視線で人が殺せるくらいに。



あらやだ、うちったらいつの間にか、絶体絶命?



ゆらりと、その巨体が動くのに合わせて後ずさりをしようとするけれども、生憎後ろにあるのはベンチで。すぐにごつんと、背中に衝撃。あ、うん、結構ピンチかも。

冷や汗たらたらのうちに向かって、すっと音もなくその逞しい腕を伸ばす。ユウ君が後ろから全速力で走って来るけれども。間に合いそうにはない。



あ、死んでまうかも。

喉元目掛けて伸ばされた腕に思わずぎゅっと目を閉じた、その瞬間。





「ん…俺、どないしたんや?」



「オサムちゃん!気ぃ付いたと!?大丈夫?俺んこつ、分かっと?」


ちとっちゃんの腕の中で気を失っていたオサムちゃんが、目を覚ました。


まだぼんやりとした眼で頬を腫らしているオサムちゃんに相手が気を取られている内に、うちはこっちこっちと手招きをしているユウ君の方へと抜けかけていた腰を叱責しながら、一目散に駆けだす。



「ちとせ?どないしたんや、そない、泣きそうな顔しよって…」

「だって…だってオサムちゃん、ちっとも起きなかばってん…仲直り出来んままやと、思うてしもうて…こんままオサムちゃん、目ば覚まさんと思うてしもうて…」

「…阿呆、俺が自分のこと置いて、どっか行くわけ、ないやろうが」

「オサムちゃん…」


ようやく辿り着いたユウ君の横で振り返ってみると。そこにはいつも通り、見ているこっちが胸やけするくらいにいちゃついている二人の姿。

どうやら無事に、仲直り出来たみたい。まだばくばく言っている心臓を、深呼吸して落ち着かせながら。そんな二人に小さく、よかったわねって、呟いてあげた。隣ではユウ君が小春が無事でよかったと、わんわん泣いていた。





「ところで小春、あの二人が喧嘩した理由って、何やったん?」

「あー…味噌汁には赤味噌使うか白味噌使うかっちゅーことで、揉めたんやと…因みにちとっちゃんが赤味噌派で、オサムちゃんが白味噌派」

「…そ、そりゃあ、小春が怒るんも当然やわなぁ…」




やって、一緒に暮らすようになったら味噌汁は一個やろ?せやんに口に合わん味噌汁なん、飲んでられんわ!と力説していた口が。二人で味噌汁作る時は合わせ味噌を使うことにしたんや!これやったら、両方のいいとこ取りやろ?と、隣に立つ最愛の相手と共に、満面の笑みを浮かべながらうちに報告してきたのは、その次の日。また発生した台風が、日本列島に向かって進路を変えた頃。


この台風が通過した時は、その天気と同じような表情でおってね!うちはいつも腹が立つくらいにいちゃついとる二人を見るんが、好きやねんから。


楽しげに笑い合いながら遠ざかっていく人騒がせで、でも放っておけないカップルに、エールを送った。
きっとまたくだらないことで喧嘩して。そして仲直りする度にお互いの絆を、深めて行く二人に…




End.






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