※3年後のおはなし。




「…いーんすか?初・助手席に座るんが俺で…彼女とか、おらんのですか?」

「…こ、これから出来るっちゅー話や!」



Stand Up!!



免許取って車も買うてもらったから、ドライブ行こうや。


春休みも半分が終わり、もうすぐ四月というある日。そう告げられたのはつい数十分前。こちらが肯定も否定もしないうちに、家の前には見慣れない、まるで持ち主の髪のような金色のボディを持つ、真新しい一台のコンパクトカーが止まり、クラクションが鳴らされた。

溜め息を吐きながら二階にある自室から暫くその様子を見下ろしていたが、いつまでも鳴り止まないクラクションと電話に。



「ちょお、行ってくるわー…多分、生きて帰れると、思う」



財前は財布と携帯をポケットに捻り込み階段を駆け降りると。いい加減待ちくたびれた顔を窓から覗かせていた忍足の待つ外へ繋がる扉を、開いたのだった。





「遅いっちゅーねん!ほれ、早う乗れや」


バンバンと、まだ新車独特の匂いがする助手席のシートを叩く、本当にこの春から大学生なのかと言いたくなるような一年上の先輩の態度に、もう一度溜め息。
しかしこちらがいくら溜め息をついても、顔を顰めてみせても。この先輩が態度を改めるなんて有り得ないことは、今までの経験から分かりきっていて。



「ほれほれ、さっさと出かけるで!」



その言葉に小さく頷き、真新しい車の反対側に回りこむと。まだ傷も汚れもないドアを、開いた。



「…謙也クンのことやから、ド派手はスポーツカーでも買うてもらったんやと、思ってたんっすけどね」


助手席に座るとしっかりとシートベルトを締める。そのシートベルトには指紋すら付いていないようで、ぴかぴかと銀色が眩しく輝いた。
中に入ってみると見た目よりも案外広い車内やすわり心地の良いシートに驚きながらも、それでも隣、運転席に座りバックミラーを調整している忍足のイメージからは遠くかけ離れた彼の愛車に、思ったままの言葉を口にする。


「初心者がカッコ重視のデカイ車になん乗ったら、迷惑になるだけやろ。それに、そういう車はちゃんと自分で稼ぐようになってから買うんや」


すると忍足はカチリと音を立てて自分もシートベルトを締めると、そない当たり前なこと聞くなやと、訝しげな顔をしてみせた。

そんな先輩の表情と言葉に、彼の愛車が色以外は彼の性格から遠くかけ離れているかのように見えたこの車を見た時以上に、財前は驚きが隠せなくって。



「…謙也クンって、そういうとこはしっかりしとるんですよねぇ…他ももっと、考えればえぇんに」

「何や言うたか?」





差し込まれたままだったキーを勢いよく回すと、低音と共にエンジンがかかる。
前後左右を確認するとウインカーを点灯させ、若葉マークを前後にしっかりと付けた金色の車は忍足がアクセルを踏み込むと動じにゆっくりと、だが確かに前進を始めた。



そのまま車は住宅地独特の狭い道を抜けると、広い市街地へと出る。同時に一気に増えた車の量。
と。すぐ隣を自分たちとそんなに年齢の変わらないように見える人物の運転する真っ赤なスポーツカーが、カーステレオの音を撒き散らしながら駆け抜ける。そんな運転に、ハンドルを握る忍足は小さく舌打ちをした。



「…あ、忘れとった」
「なんや、忘れ物か?取り帰るか?」



普段より幾分か真剣な表情を見せている忍足を視界の隅に捉えながら、遥か前方へと小さくなっていく赤を見て、財前が呟いた言葉を拾った運転手はどこかUターンできる場所はないかと、辺りを見回す。しかし生憎辺りには駐車場や空き地といった場所が見当たらない。
さて、どうしたものかとナビに目を落とした忍足に、しっかり前見といてくださいよと、前置きをしてから。



「いや、遺言書したためるん忘れただけっすから。今メールで書いて、親に送っときますわー」
「おーそりゃえぇ心がけやなぁ…てぇダボ!俺は頭に超が付く安全運転やっちゅーねん!」



告げられた後輩の“忘れ物”に、忍足は思わずハンドルを放して華麗なツッコミを入れる。
慌ててハンドルを握り直したが、一瞬とはいえそんな行動を見せたこの新米ドライバーに。



「…どうだか。やって謙也クン、スピードスターでしょ?スピード狂でしょ?」
「スピード出しすぎで高速教習ん時教官に散々絞られてから、運転しとる間はスピード封印したわ!大体、人の命預かっとるんに、そない危ない真似できるかっちゅーねん!」



続けられた弁明には耳も貸さず。わざとらしく大きなため息をつき、窓の外を眺めた。あの赤はもうとっくに、消えてしまっていた。
あぁいうバカはどっかで事故ってまえばえぇんに。小さく呟いた言葉はしっかりと、運転手の耳に届いていたようで。


「そないなこと、言うなや。事故って無事やったらえぇけど。それで怪我でもしたら、大変やろ?あない迷惑な運転しとるヤツにかて、親兄弟はおるんやろうし。他にも同乗者、おったしな」



しっかりと両手を教本通りのポディションでハンドルに置き、前を見据えたままで忍足は、隣に座る後輩を嗜めた。
弾かれたように顔を右に向けた財前は、一瞬だけ目配せをして、ニッと笑ってみせたこの先輩に。



「…その言葉、忘れないでくださいよ」



もう前に向けられてしまった横顔に、見られていないと分かっていながらも小さくだが笑顔を浮かべてから、真剣な目をして言った。

自分そっちのけで他人の心配をするのは、この先輩の美点であり、また欠点でもある。他人の心配もいいがしっかりと自分のことも守って欲しい、大切にして欲しい。そう自分だけではなく皆が思っているんだっていることを、この人には知っておいて欲しい。そんな想いが少しでも、伝わればいいのに。
そう思いながら財前はそのまま、進行方向へと顔を向けている忍足の横顔を見つめる。



「ん。わかっとるわ…っと、ここ左折やなー」



本当にわかっているのか。車線変更を行うべくバックミラーを覗いている運転席の男は、つい最近まで運転していた自転車と変わらぬ調子でハンドルを切ると。金色のコンパクトカーはまだ同乗者にも告げていない目的地への距離を、また縮めた。




「せや謙也クン。俺、夏休みになったら免許取るんで。そん時は車貸して下さいね」

「おーえぇでー俺が助手席から、しっかり光のドライビングテク、見といたるわ」

「んで、謙也クンより先に、彼女助手席に乗せて走りますわー」

「てぇ!自分彼女おったんかぁ!?」

「さぁ?ご想像に、お任せしますよ」



金色は法定速度を守りながらゆっくりと、だが。確実に前へと、進んでいく。

車内いっぱいの笑い声を、乗せながら…






End.






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