「…おーい、起きろやぁ!」
「えぇ加減、起きてください。邪魔っすわ」


そして次に目を覚ました時。
目の前にいたのは、今と何ら変わらない姿の、財前と遠山。


「今度はどこ!?え?今までのパターンからして、今度は金ちゃんと光くんが、ラブラブとや!?」



いい加減、ラブラブという発想から離れてもらいたい。
そればかりが気になって仕方ない、まるで女子高生のような思考の持ち主である千歳に、財前と遠山は二人顔を見合わせて。そして。



「ワイがひかると!?あ、ありえへんわー!!」
「そりゃこっちの台詞や!俺、ぶちょー以外の男好きなん、ならんもん!!」


げーっと、同時に顔を背けると心底嫌そうな声を出した。
財前の言葉からもおわかりの通り。ここはせかこい。の世界。何故この二人が選ばれたかと言えば、他にいなかったからの一言に尽きる。

相変わらず相手を見て、げーげー言っている後輩たちに、この世界での自分と渡邊の関係を聞いて。二回連続で自分ではない自分が、自分自身の想い人と想いを重ねることが出来ていることに、千歳の気持ちはますます軽くなる。


だがしかし、そんな気持ちは簡単に撃ち落とされる。



「やからって、アンタ自身もそうなれるなん、保障はないでしょ?愛は、自力で勝ち取るもんっすわ…例え、どないな手ぇ使うても、ね?」

「ひかるが言うと、説得力あるわなー…ま、でもその通りや。ワイかて、普段から努力もせんと、彼女がおるわけちゃうし。こっちの千歳かて、ワイらが知らんだけで、苦労しとったはずやしな。そない簡単なことと、ちゃうわ」



後輩たちのその言葉には、妙な説得力があった。


まだ愛だとか恋だとか、そんなこと語ることもない自分の世界の彼らと違って。せかこい。の二人はどうやら、世の中というものを知っているようだ。

だけど。真っ直ぐに自分を見てくれていることは変わらない。それは、他の世界でもそうだった。はっきり言わなくても部外者であるはずの千歳を拒みもせず。いくらそういった趣旨であるからといっても、優しくしてくれた。そんなところは、自分の世界の仲間たちと、ちっとも変わらないじゃないか。




「…ほれ、さっさと立ってください。もう気付いとる思いますけど、アンタが立つんが、次の世界に行く合図っすから」
「ほな、元気でな。気張りよ」



二人に背中を押されるように、千歳はゆっくりと立ち上がる。
自分を包み込む光は財前の言葉通り、その瞬間に湧きあがった。




「…次で、最後の世界っすから!そこで見たモン、ちゃんと自分の世界で活かしてくださいよ」
「頑張れや、千歳!ワイらこっから、応援しとるからな!!」




しっかりとその言葉を受けとめながら。千歳は次の世界へと舞い降りた。








「…よぉ。遅かったな」
「オサムちゃん…」


今度はしっかりと着地をすることが出来、気を失うことも倒れることもしなかった。
そして目の前には、自分が恋い焦がれる相手。今まで訪れた三つの世界の内、二つの世界の自分も、同じように想っていた相手。

自分の世界の彼よりも、若干落ち着いたような印象を与えられるが。同じようにくたびれたシャツの上にトレンチコートを着、頭にはチューリップハット。息を吸えば彼から漂ってくる煙草の香りが、胸を満たす。



「…オサムちゃん、一人?」
「あぁ、一人やな」


ここがどこかも、そしてこの世界の自分がどうしているのかも聞かず。ただ千歳は隣に座って、会話を重ねる。想い人の名前は伏せてだが、自分の想いを彼に聞いてもらおうかとも思ったが、それは何か違う気がして、やめた。
お互いにただ隣に座って、当り障りもない会話を重ねた。その中から千歳は、この世界では既に自分たち三年生は中学を卒業してしまっていることを察する。だけど、それを確信しようとはしなかった。


どれくらいの時間を、重ねただろうか。どれくらいの言葉を、交わしただろうか。
自分の世界の渡邊とだって、こんなに長い時間二人でいたことはない。こんなに長い時間、話したことなんてない。この時間は、千歳の心を満たしてくれた。


だが、時間を重ねれば重ねるほどに気付いてしまう。
ここにいる渡邊は、やはり自分の知っている渡邊ではないということに。


きっとそれは、渡邊も同じだったのだろう。最初は穏やかだった表情に、時折苦悶の色が見え隠れしているから。



「…そろそろ、帰るったい。みんなに心配掛けたら、悪い」



段々と、お互いが自分の知っている相手との相違に気付き、空気が重くなっていく中。千歳は腰を上げようとする。この世界が最後だと、さっき言われたから。今立てばもう、自分の知っている世界に帰れる、自分の知っている彼に会える。

だが、それは渡邊の手によって遮られてしまった。



「悪い…やけどもうちょい、俺の話、聞いてくれんかな」


その顔があまりにも悲壮感に溢れ、自分がずっと見ていた彼と遠くかけ離れたものだったから。



「ん…よか、よ」


一度は浮かしかけた腰を、もう一度落ち着けた。





俺な、今めっちゃ後悔しとんねん。
あいつのこと、送りだしたはえぇけど。それがホンマにあいつのためやったかって言われたら、わからんのや。
そりゃ、あいつのことは今でも大事やし、一番好きや。やけど、それだけじゃアカン気ぃすんねん。俺の勝手な思い込みで、あいつのこと遠ざけてしもうた…ひょっとしたら、あいつはもう、帰って来んのかもしれんのに。俺んこと、恨んどるかもしれんのに。
……ちゃんと最後に、言えばよかった。ちゃんと最後に、伝えればよかった。




お前のことが、好きやって。ずっとずっと、好きやって。




泣いているのかと、勘違いするくらい。その声は弱々しい。そしてその感情は、切実で。
彼が誰を相手に、どんなことがあったのかなんて、千歳には検討もつかない。だけどその言葉通り、彼が後悔していることは明らかで。


『…ぜったい、諦めたらダメったい!!』
『やけど、自分かて頑張らな』
『頑張れや、千歳!ワイらこっから、応援しとるからな!!』


今まで渡されてきた言葉が、蘇る。
あぁ、そうか。彼は俺だ。このまま伝えることも出来ないまま、彼への想いが風化するのを待つことになっていたであろう、俺自身なんだ。
そう思うと、自然と口が開いた。


「もし、俺がその相手だったら、こう言う」
「…なんて?」




「みくびんな!オサムちゃんが好きになった人間は、そぎゃん弱か人間やなか!…だから、今は信じて待っててほしか。俺んこつ、待っててほしか…って。それから…」




それから、絶対にこう言う。自分も後悔しないように。



「今度会う時でよかばってん。ちゃんと、オサムちゃんの言葉がほしか…俺も、ちゃんと言うから」


その言葉を聞いた瞬間。渡邊の表情ばかりか纏う空気まで軽いものに変わったのは、気のせいではないだろう。


「…おおきにな。千歳」
「ん。気にせんで、よかよ…それじゃあ今度こそ、さよならったい」
「あぁ。さよなら、千歳」


今度は躊躇いなく、立ちあがる。何だか自分まで、心が軽くなったようだった。
湧き上がる光、段々と奪われていく視界の中。彼は、笑っていた。自分が大好きな彼と同じように、笑っていた。





「俺はちゃんと言えんかったけど…せやけどお前は、ちゃんと言うんやで!!でないと絶対に、後悔するからな!!」

「わかっとっと…わかっとぉよ…ありがとう、オサムちゃん!!」




ずっと言えなかった言葉が、やっと言えた。
他の世界の皆にもこの言葉が、届きますように。




「みんな…ほなこつ、ありがとう!俺、頑張るっちゃ!!」




一瞬、真っ白になった世界の中。
今まで出会った皆が、笑ったような気がした。















「おかえり、ちとっちゃん。どうやった?他の世界は」
「無事で、なによりや」
「ちゅーか手ぶらかい。土産はないんかい」


目が覚めると、そこにいたのは自分の背中を蹴りだしたであろう人物たち。見上げた空、太陽の位置は自分がドアに突っ込んだ時と、そんなに変わっていない。
あんなに沢山の話をしたのに。あんなに長い時間を過ごしたのに。自分の世界では、そんなに時間が経っていないことを知った。

だったら、まだ大丈夫だ。皆だって、背中を押してくれたじゃないか。


「うお!な、なんやねん!急に立ち上がりよって…!」
「…千歳はん?大丈夫か?」


ちゃんと、言わなくちゃ。ちゃんと、伝えなきゃ。




「…いってらっしゃい、ちとっちゃん。頑張って来るんよ!」


小春の言葉に、大きく頷く。思い切り駆けだした身体は、嘘みたいに軽かった。






さぁ、伝えに行こう。自分の想いを。
受け入れられなくたって、いいじゃないか。拒まれたって、いいじゃないか。
これが、自分の本当の気持ちなんだから。それを表現することの、何が悪い。




「好きです!!」




そう言った時あなたは、どんな顔をするだろう。
それが笑顔だったら、本当に嬉しい。




Happy 1st anniversary!!









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