財前光は、ぜんざいが好きである。
だから、甘いもの全般が好きだと思われがちであるが、そうではない。


「…なんやねん、これはっ!!」


2月14日。朝練を終えた財前が向かった下駄箱。自分のそれの扉を開けると、綺麗にラッピングされた箱が顔を見せた。

その存在を認めた瞬間に飛び出した、普段よりも低く大きな声。それを聞き付けた先輩連中が、何だ何だと集まって来る。


「あらん、財前ちゃんったらっ!こ・れ、チョコレートやないのぉっ!」
「ほぉ…財前、モテるんやなぁ…俺程やないけど」
「よかったやん、光。自分、甘いモン好きやろ?今日は天国やな〜」


口ぐちに。
自分たちも下駄箱に入れてあったのであろう、色とりどりの紙で包まれた箱やら袋を持った先輩たちは、上ずった声を投げる。
それに対して財前は、小刻みに肩を揺らして。



「…こないなもん、いらんっすわ!」



そう言い捨てると。
自分の下駄箱を陣取っていたチョコレートを捨てるように地面に叩き付け。そのまま振り返らずに、走って行く。


「ちょ!財前!!食べモンは粗末にしたらアカンやろ!」
「小石川、怒るポイントそこちゃうやろ…」


そんな財前の背中を残された3年生たちは、ただ見送ることしか出来ず。


「…なぁ光、このチョコいらんのかな?やったら俺、貰うてもえぇかな?」
「謙也、やましいで」


地面に叩きつけられた憐れな名も知らぬ人物の想いを、ゆっくりと拾い上げるのであった。






V.Dなんて大嫌いっ!







「ひかるーここにおったんかぁ?」


財前が3年生から逃げるようにして走り付いた先は、屋上だった。1人三角座りをして小さくなっていると、聞き慣れた声が降って来る。
顔を上げれば、思い描いていた通りの人物。


「……何の用や、金太郎」
「ん?ひかるにな、バレンタインデーのプレゼント、あげよ思うて」



にこにこと、太陽の様だとよく形容される笑顔を浮かべながら。金太郎は自分の言葉を聞いた途端に顔を歪めた財前の方へと、一歩ずつ歩み寄る。両手は後ろに回して、大事に何かを持ったままで。

じゃりじゃりと、砂を踏む音が近付いてくる。同時に甘ったるい匂いも漂ってくるようだ。


あぁ、嫌だな。財前がそう思った時だった。





「ほい。バレンタインぜんざいやで!ひかる、こっちのんがえぇんやろ?」





「…は?」
「やから。チョコ嫌いなんやろ?毎年バレンタインはめっちゃ機嫌悪いやん。貰うたチョコかて、全部捨てるか甥っ子にあげてまうやん」



知ってたんか。思わずもれそうになる声を、必死に押さえて。金太郎が差し出した袋を受け取る。

それは先ほど、下駄箱に詰められていた物や先輩たちの両手に抱えられていた物と違って、綺麗な紙に包まれていなければ、リボンも掛けられていない。寧ろ、見慣れたコンビニのロゴがプリントしてある白いビニール袋。


だけど中身は財前にとって、一番嬉しいもので。財前が喜んで受け取れる者もので。



「…おおきにな」
「ん。ホワイトデーの三倍返し、期待しとるからな」
「アホ、そんなことするか……ま、たこ焼くらいは、おごったるわ」



かさかさと音を立てて開いた袋。1つ200円にも満たない好物が、そこにはあった。
大好きな白玉ぜんざいと、隣に座る幼馴染の変わらない笑顔。


これだけあれば今日一日、耐えられる。


そんな不思議な気分になりながら、財前は大きな口を開け、白玉を放りこんだ。






***





チョコレートが嫌いやっちゅー訳ちゃいます。寧ろ昔は大好きでした。
やけどある日急に、チョコレートを食べたら気持ち悪うなってしもうて。医者行ったらチョコレートアレルギーやって言われて。そっからチョコレートの匂い嗅ぐだけでも、気分悪うなるようになってしもうて。
今となっちゃチョコレートは俺にとって、敵以外の何者でもないっすわ。バレンタインデーなんて、なくなってしまえばえぇんにって、毎年思うとります。




放課後部室で、朝の出来事を白石に咎められた財前は一瞬、表情を険しくしてから。またいつもように無気力な表情に戻してそう言うと。そのまま部長様の反応を待つことなく、コートに出て行ってしまった。



残された3年生たちは、暫く呆けてしまった後。
彼宛てにと、クラスの女子から預かったチョコレートをどうしようか、頭を悩ませるのであった。





End.







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