彼と彼らの日常。03 「…ほんなこつ、楽しいことは、なかね」 静かに、だが声の底には苛立ちが見え隠れしている。 「どうしたら、あの人との約束、守れっと?」 ゆっくり見上げた空は、風に流されるだけの雲は、応えてくれない。 千歳千里の画策 面白くない。 それが高校生活が始まってからの最初の感想。 色々あって進学することとなった、この高校。まぁ、自分の年齢からして高校に通うことは当然だと、納得はしていたのだが。行き交う俺と同じ新入生の誰もが希望やら期待やらそういった青臭い感情に溢れた目をしている。何がそんなに楽しいのか、俺には到底理解出来なかった。 高校なんて、ただの通過点。あの人に近づく為の、通過点の一つにしか過ぎない。だからこんなところで思い出を作ろうだとか、誰かと友情を深めようだとか、そんな考えは全くない。 そんな俺の所属するクラスには所謂“優等生”が二人いた。入学式の時に総代として挨拶をしていた小石川健次郎と、そんな小石川を恨めしそうに見上げていた白石蔵ノ介。 皆が青臭い感情に溢れた目をしている中、一人だけ陰鬱なオーラを発しているこの男に、興味を持った。それが始まり。 それから、適当に周りに合わせて、波風立てずに二か月を過ごしてきた。中学時代とは違って学校をサボることもしなくなった。あの人との約束だから、という部分も大きいが、それ以上に白石蔵ノ介という人間を観察することが面白かったからだ。 だがしかし、そんな楽しみはすぐに消えることとなる。 「小石川は俺と一緒に飯食うんやっちゅーねん!」 「いーやー小石川は俺と一緒や!さっさと自分のクラス帰れやボケ」 陰鬱に、底辺から天井を見上げるようなぎらぎらした目は、いつの間にか見られなくなっていた。 作り物でしかなかったその表情の殆どが、彼の心を映し出すものに変わっていた。 最初は小石川相手だけに向けられていたそういった表情は、誰にでも向けられるようになっていた。 つまらない、本当につまらない。 簡単に変わってしまって、そこら辺の人間と同じ目をするようになってしまった白石も、白石を変えてしまった小石川も。 これじゃあ学校に来る張り合いが減ってしまう、というものだ。またサボり癖が付くようになってしまうのも、時間の問題のような気がしてきた。 学校へと向かう足が重い。もう三か月も休まずに頑張ったのだ。一度くらいサボったっていいだろう。 そう思った時に俺を縛るのが、あの人との約束。高校くらい真面目に通えという、あの人の言葉。 その言葉を、あの人の姿を思い出しながら、重たい足を引きずるように、学校へと通う毎日が続いていた。 さて、どうやったらまた、学校へ通うことが苦痛でなくなるのであろうか。 そんなの、簡単だ。楽しみがなくなったのならば、また楽しみを作ればいい。 その方法まで思いついた途端、俺の足は嘘のように軽くなった。 「おはよーさん」 いつも通り、教室に入る。その時感じた、小さな違和感。一瞬、一瞬だけだが。そこにいるクラスメートたちの顔が強張った、そんな気が、して。だが次の瞬間にはいつも通り、会話や笑顔に溢れる光景が、そこには広がって、いて。 思い過ごしかと、小さく首を傾げて自分の席へと向かい、そのまま朝のHRを迎えた。 それが思い過ごしなんかなじゃいと気が付いたのは、休み時間。小石川が委員会の用事があるからと、俺の傍を離れた時。 それまでは普通に見ていた、見ようとしていた教室の景色が、がらりと変わる。あからさまに敵意に溢れた視線が一気に、俺に突き刺さった。 何となくだが理由は分かっている。俺はこの善良なるクラスメートたちの前で自分を偽っていた。少しでもいい様に見られようと、嘘で塗り固めた自分の姿を見せていた。彼らのことを、騙していた。そのことに、このお気楽なクラスメートたちも気が付いたのだろう。裏切られたと、思ったのであろう。 それならこの態度には、納得。俺だって一定の信頼感を抱いていた相手から(少なくとも、以前の俺はクラスメートたちにある程度は信頼されていたと思っている)裏切られたら、ひねくれたくもなる。 だから、今俺に出来ることは、たった一つ。 「あー…その、あれや、今まで騙しとって、すまんかった」 この場にいる皆に、謝ること。ただそれだけ。 正直以前の俺だったらこんな不特定多数の人間の前で頭を下げることなんて、絶対に出来なかっただろうけれども。今の俺は自分でも驚くほど素直に、頭を下げることが出来た。 「…なぁ白石て、こういう事、する奴やったんか?」 ぞっと冷えるような声に頭を上げると、目の前に立っていたのは、クラスのムードメーカー的存在の男。すっとその手が差し出したものに、俺は驚愕した。 そこにあったのは、一枚の写真。そしてその中に写し出されていたのは、俺と、 「…な、なんやねんこれぇ!?」 「こっちが聞きたいわ!…はっきり言うて、失望したわ。自分、こないなことして、先生らに取り入っとったんやな」 「な、ちゃうわ!」 絡むように身体を重ねる、学年主任だった。 → |