煌々と、太陽の光が降り注ぐ。それを遮るものは何もない。ラクダにくくり付けたかめを満たしていたはずの水も、もうない。そして自分自身の足を動かす力も、もうすぐなくなってしまうだろう。 次のオアシスまで、あとどれくらいだろうか。それともどこかで、道を間違えたのだろうか。 光は、懐に仕舞われた古い地図を、取り出した。 月の砂漠 全てはこの地図を、幼馴染が見つけたことからはじまった。 「ひかるーこれ、何やと思う?」 確か、いつものように金太郎がしでかした悪戯の尻拭いをさせられていた時のことだ。あの日は二人で、村で一番古い蔵の埋蔵品を虫干しするようにと、言いつけられたんだ。 何で俺まで、とぶつぶつ文句を言いながらも、光は手を動かす。早く帰って、新しく買ってもらったリュートの練習をしたかった。 幼い頃からの様子をずっと見られていたせいか。村の人間には光と金太郎はセットとして考えられている為、どちらかが悪さをすれば、もう片方も必ず叱られる。そういう方程式が出来あがっていて。それは二人がどんなに異を唱えても簡単に変えることが出来ないものに、なっていた。 だったら下手に歯向かわずに、素直に、さっさと言われたことをやってしまった方がまだいい。 それが最近、二人が身につけた処世術だった。 そんな中。 蔵の奥にずっといた金太郎が、外で埋蔵品を並べる光の元へと歩いて来た。 「蔵のな、いっちゃん奥にあったんやけど」 古びた、とてもいわくありげな地図を手にして。 「それって…なんや、宝の地図みたいやな」 「そっかー宝の地図か…ワイ、宝ほしいな」 「気偶やな、俺も宝、ほしいわ」 地図から顔を上げた瞬間は同時。そして二人の顔がニヤッと笑ったのも、同時だった。 それからの行動は早かった。 村長が大事にしている、この村で一番体力のあるラクダを頂戴して。それぞれの家にあった一番大きなかめを、水でいっぱいに満たして。古着屋の軒先から、外套と毛布をちょろまかし、燻製屋からは保存食を大量にいただいて。 その日の夜には、二人は砂漠の上を歩いていた。砂漠の夜は冷えるから、ちょろまかした毛布を身体中に巻き付けて。 それから何日も何日も歩いた。だけど、退屈することだけはなかった。 遊ぶ道具を持って来たわけでもない、リュートだって結局は置いてきてしまった。だけど隣には、一番互いのことを分かっている幼馴染がいた。大体は金太郎が一方的に話して、光が相槌を打って。時折話に割り込むように、ラクダが声を上げる、それに二人して笑う。 二人にとって、それで十分だった。それだけで、砂と空しか見えない景色が、もっと色鮮やかに見えた。 地図が示す場所は、近いように見えたがかなり離れていたらしい。 隣村を越えて、もっと遠く。王様が暮らす城下町を越えて、もっともっと遠く。 二人にとって、そんな遠くへ来た事はもちろんはじめて。行き先々で、色々な人と出会った。自分たちが住んでいた世界が、どれほどちっぽけで、そしてどれほど狭かったかを、実感した。 途中、何度かこのまま住んでもいい、そう思える場所にも立ち寄った。これからも一緒にいたい、そう思える人にも出会った。 だけど二人は歩き続けていた。だってまだ宝は見つかっていないし、隣には幼馴染がいたから。それ以上は、今はまだ必要ないと思えた。 風が強く吹いた。 手にした地図が飛ばされないように、光は自然と身体を屈める。ラクダを挟んで反対側では、金太郎が目に砂が入ったと喚いていた。 「何やっとるんや…ほれ、見せてみ」 「うー…めっちゃ目ぇごろごろする…早ぅ取ってやー」 「ん。どれどれ…」 地図をしっかり懐に仕舞ってから、光は金太郎の目を覗きこむ。器用にも、片方の目からぼろぼろと零れる涙によって、彼が手を出す前に砂は、流れ落ちてしまったのだけど。 「お、取れたわ!ひかる、おおきにな!」 異物感のなくなった目を、ぱちぱちとさせて。それからニカッと笑った。その笑顔は村にいた頃からずっと、変わらない。流れた涙が不快なのか。外套の裾でごしごしと目の辺りを擦り始めた手を、光が止めて。 「あぁ、そない目ぇ擦ったら腫れてまうから。そっと拭けや」 カバンから一つ前の村でもらった布で、丁寧に目の周りを拭ってやる。そんな風に光が金太郎の世話を焼くことも、村にいた頃とちっとも、変わらない。 それから二人、また歩き出す。ラクダは二人の一歩後をのそのそっと、着いてくる。 地図上だと、次のオアシスまでもう少しのはず。そう思い、砂に埋もれていく自分の足を奮い立たせる光を置いて、隣を歩く金太郎が駆けだした。 その背を追いかけようと、必死に足を動かすけれど。走ろうとすればするほど、足は砂に埋もれていく。光が前のめりになったことで、手綱を強く引かれたラクダが悲鳴を上げた。 「ひかるー!オアシス見えたでー!!」 それと笑顔を浮かべた金太郎が、大声を上げながら戻ってきたのは同時だった。 その笑顔を報告で、光は体力が少しだけど、戻った気がした。 「オアシス着いたら、水もらわななー」 「食糧かてもうないからな、そっちもどうにかせな」 「また銀みたいに、優しい人がおるとえぇな」 「せやなー…間違うても、蔵ノ介さんみたいな人は、おらんでほしいわ」 「あー…確かに」 道中出会った人々のことを思い出して、そして二人で笑った。もう疲れて笑う体力なんてないはずなのに、からからと笑った。 その笑い声は離れたオアシスにも、届くほど大きくて。そして朗らかなものだったとか。 二人の旅は、まだ続く。 End. Main |