拍手ログのアフター・ホワイトデーの続きになります。





あれから…部室で蔵リンが健坊にビンタかました日から約一か月。
うちらはそれぞれ、別々の路に進んで。同じだった制服は、別々のものになった。


入学式から最初の一週間は「高校」という新しい場所に馴れるのに必死で、それどころじゃなかったけれども。携帯の液晶画面に表示された日付に、余裕を忘れかけていた心は、ゆとりを取り戻す。


だって今日は久しぶりに、みんなで会う日だから。だって今日は、蔵リンの誕生日だから。



4月14日、願わくば今日が蔵リンにとって、いい一日でありますように。





オレンジデー





「小春ぅ〜!久しぶりやな!やっぱり小春は何を着てもかわえぇでぇ!」

「久しぶりて…今朝会ったばっかりでしょうが…」



懐かしい…と言ってもまだ卒業して一か月も経ってない、そんな中学の前に着いてみれば、もう半数以上が集まっていて。
あとは主役の蔵リンと、彼と同じ高校に進学した謙也クンの到着を待つばかり。先ほど師範宛てに「もう少しで着くで」と、謙也クンからメールが来たということを聞きながら、腰にまとわりついてくるユウ君を引き離す。



「…相変わらず、仲良さそうで、えぇなぁ…」



そんなうちらに対して、暗い声を発する人物が1人…それはまぁ、言うまでもがな、健坊で。


「…やっぱり自分ら、まだ仲直りしとらんかったんね…」

「……やって、あの日以降携帯着拒されるし、メールも返事来ぉへんし、声掛けても無視されるし…俺、どないしたらえぇねん!」


がしっと、涙目のままうちの肩に掴みかかってきた。ユウ君が必死に引き剥がそうとしてくれているけれど、健坊の気迫の方が数枚上手のようだ。



「お〜久しぶりやな!」


せやけど底抜けに明るい声と。


「元気そうやな、みんな」


落ち着いた声色の中にも一本の芯がしっかりと通った声がした瞬間。健坊の動きはぴたりと止まり、慌てた様子でうちの肩からその手をどかすと、びしっと腕を体側にくっつけて気を付けの体勢になった。


そんな健坊を、まだ入学してから二週間も経たないのにすっかり制服を着崩している謙也クンとは対象的に、お手本通りと言わんばかりにきっちりと着こなす蔵リンは、冷たい目で見る。
あぁ、まだ怒っているのか。
ホワイトデーに誕生日、記念日を忘れられて怒るなんて、どこの乙女だとツッコミたくなるが、ぐっと抑えて。



「さ、主役が来たところやし。早速場所移動しましょ」

「移動て…どこ行くねん」

「そんなん、決まっとるやろ」



冷や汗をかき始めた健坊は見ないフリをして、笑顔で遅れて来た二人を出迎える。うちの言葉にその目をいつも通りの温度に戻した蔵リンが返して。ユウ君が得意気に笑うと、グラウンドの方を指差した。


そのまま蔵リンを押すようにして向かった部室は、師範が事前に頼んでくれたおかげで、後輩たちの手によって綺麗に飾り付けられている。彼らも部活が終わったら合流する予定なのだ。


そんなこと知らなかった蔵リンは、感無量という表情をして「ホンマ、大袈裟やな」と照れくさそうに笑った。




***



「…で、いつ謝るん?」

「謝る、言うても…」



そして始まった誕生祝い。といっても、近況報告がメインのだべり会になっていたのも事実。
そんな中、部活を終え合流した後輩たちは、テーブルいっぱいに広げられた菓子やらジュースに手を伸ばしつつ。卒業生にここぞとばかりに、アドバイスを貰おうとしたり、愚痴を聞いて貰おうとしたり。あっと言う間に蔵リンの周りを、埋め尽くしてしまった。
勿論、うちらの個々のところにも、数人集まってきてくれたけれども、蔵リンの比ではない。


そんな中、ぽつんと小さくなっている影。ずっと後輩たちに囲まれて笑顔を振りまく蔵リンを見つめる、一人の人間…健坊に、うちは声を掛ける。その声に彼は、円の中心にいる人物を寂しそうに、切なそうに眺めて、小さく溜息。
全く、溜息を吐きたいのはこっちの方だ。部屋一杯楽しい雰囲気で溢れているというのに、健坊の周りだけは重苦しい空気が漂ってくる。後輩たちが誰一人として彼に近寄ってこないのは、この空気のせいだろう。


手も口も出さないと決めていたが、このままこの二人が終わってしまうのは嫌だ。


段々と曲げられ小さくなっていく、本当は大きくて頼り甲斐のある背中を思いきり叩いて。


「んもう。謝って元通り仲良うなるんか。それともこのまま自然消滅するんか。二つに一つよ…いっちょ男、見せたりなさい!」


そう、発破を掛けてやる。
本当に手と口を出すのはこれでお終い。あとは健坊、あんた次第。

そんなうちの心を汲み取ってくれたかのように、健坊は意を決したのか、先ほどまでとは別人のような表情を見せて、人の波をかきわけて。


「…白石、ちょおえぇか」


有無を言わさぬ口調で蔵リンの腕を掴むと、そのままひっぱるようにして部室の外へと連れ出した。


そんな背中に頑張れと、エールを送ったのはうちだけじゃないはずだ。




本当は。見合いの仲人よろしく、あとはお若いお二人で〜状態にして、健坊から結果を聞くつもりだったのだ。だけど、どうしてもうずうずとしてしまって。だって仕様がないじゃないか、自分だってこの数週間、ずっと気に病んできたことなんだから。自分にだって知る権利はある。

そう言い聞かせながら、他の皆が視線を部室の中へと移したことを確認してからそっと、外を見た…



「言い訳はせん!やけど…やけどホワイトデーだけやのうて、白石の誕生日まで忘れてたんは謝る…謝って許されることちゃうって、わかっとるけど。せやけど謝らせてくれ…ホンマに、すまなかった!」



そこでは丁度、健坊が蔵リンに向かって勢いよく深々と、頭を下げているところで。


「ちょ、何しとんねん。そないなことで俺が、許すとでも思うたんか!?」

「思うとらん。許して欲しいとも思わん。せやけど、これだけはわかって欲しい」


ちょっとたじろいだがすぐに自分が怒っていた理由を思い出したのか、蔵リンがまた厳しい声色と共に冷たい目を向けた時。
ゆっくりと上体を起こした健坊がそのまま、目の前に立つ蔵リンの両手をぎゅっと、自分のそれで握り絞める。

それは決して離そうとしない強い力だったのかもしれない、縋りつくように弱々しい力だったのかもしれない。それを知っているのは、蔵リンと健坊だけ。
ここから見ているだけのうちには、わからないこと。

だけど、うちにもわかったこともある。



「…俺は、俺はホンマに、白石の事が好きや。大切なんや……やから白石。産まれて来てくれて、ありがとう。俺の傍に居ってくれて、ありがとう」



健坊の言葉に嘘偽りなんてないことと。



「……ホワイトデーと誕生日と、それからオレンジデーを合わせたプレゼント…それで、許したってもえぇわ」



耳まで真っ赤に染めた蔵リンの言葉が、照れ隠しでしかないこと。


その言葉を聞いた瞬間、ずっと暗かった健坊の表情が、纏う空気が、一気に明るく軽やかなものに変わった。蔵リンの表情も氷が溶けるように、暖かいものに変わっていった。




暫く経ってから、健坊と手を繋いだまま部室に戻ってきた蔵リンに、改めておめでとうという言葉が浴びせられる。
その顔は先ほどと同じ笑顔だったが、さっきまでよりもずっと、嬉しそうに見えた。

それはきっと、隣に立つ健坊のおかげ。うちらだけでは蔵リンを、こんな表情にさせることなんて出来ないから。悔しいけど、それが事実だってことも、うちにはわかっている。



だから。だからね。



「もう喧嘩なん、したらアカンよ。ずーっと仲良うしとってね」



はいこれ、プレゼント。
と。笑顔で植物園のチケットを二枚、渡してあげた。これで久しぶりにデートでも楽しんでくればいい。そう思いながら。

お土産は二人の笑顔で十分よ、そう言ってあげれば蔵リンと健坊は、目を合わせてまるでタイミングをはかったように、同時に笑った。それはとても幸せそうな笑顔で。



「…蔵リン、本当におめでとう」



ちょっと羨ましいなって思いながらもう一度、お祝いの言葉をプレゼントした。






End.








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