手を伸ばす。
その手が捉えたいものは、たった一つだけ。




うたをうたおう




「ひかるー手ぇ繋ごう」

「……は?」


にこにこと、満面の笑みを浮かべながら差し出された、幼馴染の手。自分のものよりも小さかったはずのそれは、いつの間にか大きくなっていて。身長は財前の方がまだ勝っているが、この大きな掌や足を見れば、それもすぐに追い越されてしまうことは、明らかだった……財前自身は絶対に、認めないけれども。




息を吐きだせば白くなる、そんな師走の夕暮れ時。

あれだけ熱心に部活に取り組んできた先輩たちは皆、今は数か月後に迫った受験に向けて必死に勉強をしたりそれをサポートしたり。その為か、部活に顔を出してもその時間は季節と共に短くなっていく日照時間に比例するように、短くなって。毎日わいわい言いながら、レギュラー陣揃って歩いていた道も、段々とそこに並ぶ人数は減って行って。

いつの間にか二人だけで歩くようになっていた。そしてそんな広い道にも、いつの間にか馴れていた。



そんな広くなった道の真ん中で。差し出された手。その手が一体何を意味しているのか。その手が一体何を求めているのかなんて、財前にはわからなくて。

大きく広げられた掌を呆然と見ていると、早くと言いながらぐいっと、差し出された手が近付けられる。それでもその大きな手に重ねられることを望んでいる手は、一向に動かず。持ち主の身体の傍から、離れようとはしない。

ちっともこちらに差し出されない手を、遠山は暫くじっと見ていたが。やがて空中へと小さく白い息を吐きだすと。



「手、繋ごう」



もう一度同じ言葉を紡ぎ、開いていた距離を一気に詰めて。差し出されることも、動かされることすらなかった財前の手を取り、そして。



「…ひかるの手、冷たいな」



くしゃっと音がするように笑って見せると、その手をしっかりと握って、歩き出した。



呆然と、なすがままになっていた財前だったがその頃になるとようやく自分が置かれている状況に気が付いたようで。



「ちょお!何で俺が自分と手なん繋がなアカンのや!?離せ」



引き摺られるような形で動かされていた足を止め、自分の意志とは関係なく握られた手を振り払うように上下に揺らした。

繋がったその部分からはどくどくと、脈打つ感触がリアルに伝わってきて。それと同時に発せられる熱までも、伝わってきて。人よりも幾分冷たいはずの手は、財前のそれよりも大きく暖かい掌に包まれて。その温もりは指先から全身へと、じわじわ広がり、財前の身体を優しく包み込んでいた。

それは不快なものなんかじゃないのに。それどころかとても心地良いものであるのに。
だけどそれを簡単に認めてしまうことが、出来なくて。それにいくら辺りが暗くなってきているとは言え、ここは天下の公道。いつ誰が通るか分からない。知らない人物ならまだしも、もし知り合いにこんなところを見られたら恥ずかしい以外の何者でもない。
そう思うと、暖かく包み込んでくれる手を振り払うことしか、財前には出来なかった。

それが離れてしまうことを、望まなくとも。そこから伝わる熱を、もっともっとと渇望したとしても。



「何で?別にえぇやんか。手くらい繋いだって…ひかるは、ワイと手ぇ繋ぐん、嫌なん?」



だがしっかりと握り絞められた手はその程度で簡単に外れることもなく、益々ぎゅっと、握られる。
先ほどまでとは打って変わって落ち込んだような表情を見せながらも、繋がれた手を離そうとはしない遠山に、思わずそんなことはないと言いそうになった口を、急いで閉じる。だからと言ってどうしていいかなんて分らなくて。思わず顔を背けた。

そんな財前の行動に、遠山はまたしゅんと、表情を歪めて。そして何か必死に絞り出すように眉間にしわを寄せてから。



「…ワイな、ひかるんことがめっちゃ好きやから。だから手ぇ繋ぎたい思うし、もっと一緒におりたいて、思うねん。それにな」



空いていたもう片方の手も、財前の手に重ねて。自分よりも高い所にある一つ年上の幼馴染の顔を見つめる。それはまだ逸らされたままで、こちらに向けられてはいないけれども。それでもこの声が届いていることは、確かだから。



「こうやってくっついとったら、白石たちがおらんようになってもうて広くなった道も、そない広く感じないやろ。寂しいて思うことも、ないやん」



ぐっと握った手に、力を込めて。そして離れてしまっていた身体を引き寄せる。
驚いた顔をしてこちらを向いた財前と、目があった。自然と遠山の表情はまた柔らかいものに変わって。



「な。こうやってくっついてた方が、寂しくないやろ」



そう言って笑って見せると財前も、しゃーないなと言って控えめな笑顔を見せた。


繋がれた手はもう、振り払われることはなかった。




広い道を広いと感じないように、距離を取って歩いていた。まるで二人の間に誰かがいるかのように。まるで二人の間に今までのように、彼らがいるかのように。

だけどちっとも寂しさは減らなかった。だってそこには誰もいないのだから。彼らは直に、この学校を卒業して、それぞれの道に進んで行ってしまうのだから。

だけどこうやって傍に寄ることによってその距離がなくなったら。温もりが繋がれた掌から伝わるようになったら。

そんな寂しさを、感じることはなかった。


他人の目なんて気にならないと言ったら、嘘になる。だけどそんなものよりも、大切なものがあると思えた。




「なぁなぁひかるー」
「なんや」
「…また明日も、それからもずーっと、こうやって帰ろうな」
「……考えといたるわ」



否定されなかった言葉に、夕日のせいだけではなく赤くなっているそのピアスだらけの耳に、自然に笑みが強くなる。

何にやけとんねんと、強めに言われたって。その表情が嫌がっているように見えたって。繋がれた掌から伝わって来る温もりは、そこから脈動と共に流れ込む想いは、自分のことを想ってくれているって分かるから。




今までは皆でわいわいと広がりながら歩いていた道も、今は二人きり。
今まではそんな道が寂しいと意識することはなくとも感じていたが、今はもう、大丈夫。

だって君がすぐ傍に、いるから。
伸ばした手がしっかりと、君を捉えているから。




夕日に照らされながら、幼い頃のように手を繋いで歩く道。
それがどこまでも続けばいいのになんて、思ってしまったことは秘密。
そうお互いに思っていたことを財前と遠山が知るのは、まだまだ先の話。

今はまだ、二人を照らす夕日だけが知っている、そんな話。




そんな師走の夕暮時の出来事。





End.






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