いつまでも、子どもだと思っていた相手は。 いつの間にか、とても大きくなっていた。 僕たちの居場所 「ただいまー」 「お邪魔します」 キッチンで夕飯の準備をしとったら、玄関から元気な声。それからこちらに向かって段々と大きくなってくる足音。 「小春!今日のメシ、何や?」 「ふふふ…それは、後でのお楽しみやで。ほれ、さっさと手ぇ洗ってらっしゃい」 「小春さん…何や手伝うこと、あります?」 「あら光くん、ありがとう。やけど、そろそろユウ君が来る頃やから、大丈夫よ。ご飯出来たら呼ぶさかい、二人は部屋で、待っとって」 現れた二人に笑顔を向けると、うちが向けた以上の笑顔が返ってきた。うん、今日も二人とも、元気そうやわ。 光くんは一週間に一度、金曜日はうちでご飯を食べることになっとる。そんで、そのままお泊りっちゅーんが、あの大事件(詳しくはBeautiful本編を読んでな)の後から続いとる。三つしかなかった椅子も、新しいものをその日のうちに、用意した。 最初のうちこそ、遠慮の塊みたいやった光くんも今ではすっかり馴れたもんで。金太郎はんの部活が遅い日なんかは、一人でうちにやって来ることも稀じゃなくなっていた。 そして、うちらに対して本音でぶつかってきてくれるように、なっていた。 うちにはちゃんと、光くんのお泊りグッズが常備されとるし。 次の土曜は渡邊さんやお兄さんたちが迎えに来るまで、四人で買い物行ったりゲームしたり。 少しやけど、ホンマの家族みたいやなって、錯覚してまうような生活を送っとる。 「小春ぅ〜キャベツ買うて来たでぇ〜」 「あらユウ君、遅かったやない。もう二人とも、帰ってきとるわよ」 そう、自然と“帰ってくる”っていう言葉が、出るくらいに。 ユウ君もそれを咎めることも正すこともせず、ほんなら急いで支度せんとなって、笑うてくれた。だからうちも、それを直すことはしない。 買うて来てもろたキャベツを、ユウ君がみじん切りにする音が軽快に響く。その音を聞きながらうちは、他の具材の準備を進めていく。 山芋を擦るんは、手がかゆくなるから後でユウ君にやってもらおう。ホットプレートはこの前使ったばかりだから、軽く洗えば大丈夫やろ。 ユウ君に山芋とすり鉢を押し付けたら、ダイニングテーブルの上に、ホットプレートを乗せて。 「んもう、早くしてやー混ぜられんやん」 「やって小春、これ、結構力いるんやでっ」 ボウルに入れた具材を混ぜるが、山芋が入っていないせいで、粘りが弱いように感じてまう。 早く早くと急かしながら。必死に山芋をすりおろすユウ君を、自分だけちゃっかり椅子に腰かけたうちは、眺めとった。 ユウ君とこんな関係になったのは、いつからやろ。 中学ん時に知り合うて。一緒にテニスしたりお笑いコンビ組んでみたりして。 高校は別々やったけど、それでもちょくちょく会うては、一緒に遊んだりもした。 悠々自適に大学生やっとるうちとは違うて、ユウ君は家の手伝いしながらデザインの勉強をしとる。我流やって言うとるけど。ユウ君が作るモンはホンマに綺麗。褒めたら調子に乗るから、絶対に褒めてあげないけど。 「で、できたで小春!」 「ほんならここ入れて。んで、混ぜて」 「また俺かい!…まぁ、小春を疲れさせる訳にはいかんからな。よっしゃ、任せとけ!」 すりおろされた山芋をボウルに注ぎながら、空いている方の手で胸を叩いてみせる。そないなことして、山芋零れたらどうすんねん。 でもまぁ、こういうことやってくれるんは、嬉しい。うちの為やって思えるから尚更。 突き離そうと思えば、突き離せた。だけどそうしないで、今までずっと一緒に居って、よかったな。 「おーい金太郎に光!遊んどらんで、さっさとこっち来て手伝わんか!」 そう、思うたんにね。 「何やねんもう!」 「手伝いや手伝い!これ混ぜるだけやし、お前にも十分出来るやろ」 ばたばたと足音を立ててやってきた金太郎はんの顔は不機嫌そうで、暫くしてからゆっくりやってきた光くんは、平静を装うっとるけど、顔が赤い。 あー…なんや、二人きりになん、するんやなかったかなぁ… 直観的に二人が何しとったんか察してしもたうちは、軽く天を仰いだ。 *** 「さ、準備も出来たし。焼きましょ」 温度を調節したホットプレートにサラダ油をひけば、準備万端。金太郎はんが一生懸命混ぜてくれた生地を流し込めば、じゅっといい音がした。 やっぱりこうやって食卓を囲むんやったら、一緒に作った感に溢れ取るもんのんがえぇやろ…お好み焼き、楽やし。 「粉モンやったらワイ、たこ焼のんがよかったわ」 「文句言うんやったら、食べんでえぇんよ?」 「あーうそうそ!ワイ、お好み大好きや!!」 その上に豚肉を並べながら文句を垂れる金太郎はんを笑顔で制すれば。慌てたような声が返ってくる。 やっぱりこういうところは、まだまだ子どもやなって思う。 やけど。 「ほれ、ひかるの分。ちゃんと食べんと、いつまで経ってもほっそいままやで」 「うっさいわ。好きで細いわけちゃうし。ちゅーか、金太郎に関係ないし」 「関係あるわ!まぁ、今のままでも別にえぇねんけどな。もうちょっと肉付きえぇ方がだきごこちが…」 「あー!!俺、マヨネーズ苦手やから、これお前食え!!」 「むがっ!!」 うん、わかっとる。わかっとるわ。二人がもう、大人の階段上ってしもうとるってことくらい。 やって臆面もなく金太郎はんが、報告してくれとるからなぁ…光くん、このこと知らんのやろうなぁ…知っとったら、こない普通の顔してうちらと食事なん、出来んやろう。 目の前で真っ赤になって慌てる光くんを見て、何やうちらまで赤くなってしもうた。やけど何も知らんっちゅーフリをしてあげて。 「ほんなら光くん、こっち食べや。マヨネーズ、付いとらんから」 「ほれ、こっちも食え。全く、好き嫌いばっかしとるから、いつまでもチビなんやで」 金太郎はんの口に押し込まれてしもた分の代わりに、新しく焼き立てのお好み焼きをその皿に、乗せてやるのだった。 「小春さん、ユウジさん。おおきにっすわ」 それに対して返された笑顔があまりにも可愛かったモンやから。こっちも食べやあっちも食べやと、まるで実家のオカンみたいに、ついつい世話を焼いてしもうた。 「ワイも!ワイももっと食うで!」 そんなうちらと、ちょっと嫌そうな顔をし始めた光くんの間。 口に押し込まれとったお好み焼きを綺麗に平らげた金太郎はんが割り込んでくる。 見れば口の周りはソースだらけやし、食い意地も張っとる。笑顔はいつもまっすぐ明るくて。きっと傍に居るうちらも、影響受けとるんやろ。 時折光くんを気遣いながらも、口いっぱいに食べ物押し込むようにして箸を進めとる金太郎はんを見とったら、自然と笑みが零れてきた。 *** 「金太郎たちは?もう寝たんか?」 「えぇ。さっきな」 わしゃわしゃと濡れた髪を拭きながら、ダイニングに入って来たユウ君は、うちの向かいに座る。 テレビはつまらん顔した評論家が、昨今の政治情勢についてあれこれ文句を呈していた。 そんなテレビが置いてある台には、はじめて光くんがうちに来た日に撮った写真が飾ってある。それだけやない、どっかに遊びに行く度に、みんなで何かをする度に、写真は増えて行って。今ではアルバム一冊、写真で埋まるくらいになっとるやろ。 どんどんと、光くんがここに居る形跡が増えて行く。それはユウ君がここに居るっちゅー形跡でも、あった。 そんな、どれもみんな笑顔で写っとる写真を眺めながら。 「…なぁ小春。いつまでもこのままで、いられたらえぇな」 しんみりとした表情をしたユウ君がそんなこと、言うもんだから。 「あら、ユウ君はこのままでえぇん?うちはもうちょっと、進んでもえぇかなって、思うてんで?」 そう、顔を背けたまま言うたった。 まぁそれが、決してうちらの関係やとは、言うとらんけどね。 でもまぁ、まだまだ夜は長いんやし、人生も長い。 やったら色々なことがあっても、えぇやろ。 そう、覚悟を決めた。 なのに、このヘタレは。 「や、やったら小春!今日は一緒の部屋で寝ような〜俺、小春の分もこれと、お揃いのパジャマ作ってんねんで!それ一緒に着て、パジャマパーティや!」 きゃっきゃっと、まるで女子中学生か!とツッコミたくなるような言葉を、喜々として言うのだった。 …まぁ、えぇけどね、うん。これがユウ君のいい所でも、あるんやから…はぁ。 次の日の朝。 一晩中ユウ君曰く「パジャマパーティ」を開催してしもうたせいで、すっかり寝不足やったうちを見た金太郎はんに「ついに一線を越えたんやな!」ってめっちゃえぇ笑顔で言われた。 否定する力も肯定する力もなかったうちは、ただ渇いた笑い声を上げることしか、出来なかった。 そんなうちの様子に益々目を輝かせた金太郎はんに、「よかったな!」と背中をばしばし叩かれる。 もう、そんなんじゃないのに。 否、うちはそうなってもえぇかなぁ…ってちょっと思うとったわ。なんに、あのヘタレがぁ! そう思うとったら段々イライラしてきて。昨日のうちの覚悟を返せ。そう言うてやろうと、顔を向けた先。 「俺なぁ、遂に小春とパジャマパーティしてんねんで!めっちゃ楽しかったわ!」 幸せそうに笑うてるユウ君がおったから。今のままでもえぇかって、思うてしもた。 人生は長いんやし。こっから先、変化もあるやろうと。期待をしながら。 でもやっぱり昨日ユウ君が言うとった通り、いつまでもこのまま、四人で居られたらえぇなって、思うた。 End. Thanks 30000HIT |