彼と彼らの日常。02





あまりに急な展開に、頭が上手くついていかない。


えーっと、誰が、誰のだって?小石川が忍足のもの?
えっと、それって、つまり…え、えぇっと。アレか、姉ちゃんの部屋にあった小説みたいな、展開なのか。だからこいつ、必要以上に小石川にひっついていたのか。それで忍足は俺のことを…



「…そか、そうやったんか忍足…まぁ、恋愛は個人の自由やからな。安心せぇ!俺と小石川はただの友達や!俺、自分みたいな趣味ないし!やからこれはあくまで小石川の意思を尊重した上でやけど!俺は自分の味方やで!頑張り!」

「ドアホウ!俺かてかわえぇ女の子のんが好きやボケぇ!」



思わず顔を赤らめて女子のような反応を見せてしまった俺に、本日二度目の華麗なるツッコミが決まった。ぶっちゃけんでも、さっきのよりも痛い。本気で痛い。こいつ、ツッコミとかじゃなくて本気で殴った、絶対本気で殴った。

それを証明するかのように、忍足の顔は怒りで上気し、一発俺をツッコミと言う名の拳を入れただけなのに、肩は上下している。その様子にどうやら先ほどの言葉(女の子大好き発言)は本物であると判断。


「や、やったらなんで小石川に近づくん?あないひっついて…」



痛む腹に力を込めて、問いただす。そこまで女の子大好き!を強調するこの男がどうして小石川みたいな男!って感じの人間と一緒にいるのか。何かこのチャラい外見に隠された事実があるのではないだろうか。そう思ったから。



だが忍足謙也はどこまで行っても忍足謙也だった。



「そんなん、俺と小石川が一緒におれば、女の子の注目かて倍増間違いなし!やからに決まっとるやろが!」



アホだ。こいつは本物のアホだ。天地がひっくり返っても変わることない、真性のアホだ。



目をきらっきらさせてぐっと両の拳に力を込める姿を見て、それ以外俺は思うことが出来なかった。



「やから!自分みたいな顔だけはえぇ奴が傍におると邪魔やねん!俺が霞むっちゅーねん!」


キーキー言いだした忍足に対して、俺はもう何も言い返す気力がわかない。
遠くから楽しそうな笑い声が聞こえて来る。あー俺もついさっきまで、あの場所にいたのにな。いつの間にこんな、遠くへ来てしまったのだろう。

放心している俺にもう一度、小石川に近づくんやないで、と釘を刺すと。忍足は笑い声のする方へ(恐らく大好きな女の子たちの方へ)と、軽やかなステップで向かおうとした、その時。



「そないなことやと、思ったわ」

「「こ、小石川!?」」



角から現れたのは忍足の大好きな女の子ではなく。俺の友人だった。


呆然とする俺たちを尻目に、大きく一回、ため息をつくと。


「害はない思うて放っといたが…ダチに手ぇ出されて黙っとるほど、俺かて人間、出来てないんで」


今まで見たことのないほど冷たい目を、忍足に向けた。小石川もこんな目をするのかと、俺ですら驚いてしまう、そんな目を。
それを直に受けた忍足は先ほどまでの威勢はどこへやら。すっかり縮こまってしまっていて。



「…今度白石に何かしてみぃ?何するか、わからへんから、なぁ?…ほれ白石、さっさと飯行こうや」



口だけで作った笑みを見せると。それとは正反対の、いつもの小石川が見せる柔らかい表情を、俺の方へと向けた。その言葉に頷くことだけで応えると、一度も振り返ることなく歩き出した小石川の背中を追う。途中一度だけ見た忍足はすっかり放心してしまっていた。それは先ほどの俺の姿と、どこか似ていた。


教室へと戻る途中。自分のものより若干広い小石川の背中を見ながら、さっきこいつが忍足に言った言葉を、思い出す。
俺のこと、ダチって言っていた。友達だって、認めてくれていた。
分かっていたことだったがこうやって改めて言葉にされると、嬉しいものがあって。小石川に少し近付けたような気がして。



「おーきにな、小石川!」



久しぶりに一緒に食べた昼食は、売れ残りのただのあんパンだけだったが、それでもどこか、美味く感じられた。




さて。これで全てがすっきり解決。俺の平穏な生活が戻って来た、と思っていたのだが。




「小石川〜来たで〜」

「…何で自分、ここにおるん?」

「そんなん、小石川に会いに来たに決まっとるやろ」



性懲りもなく忍足謙也はA組の教室に、小石川の元へと通っている。変わったことはそこに、俺も加わるようになったこと。


「自分!小石川んこと利用しようかて、そうはいかへんで!」

「はぁ?そんなんもうやめや、やめ」

「やったらなんで…」



そしてもう一つ。



「そんなん、小石川とダチになったからに決まっとるやろ。なぁ小石川?」

「…俺は認めたつもり、あらへんけどな」

「そないなこと言うてもな、一度会ったら友達〜って歌あるやろ?やからもう俺と自分はダチ!はい決定!」



忍足の目的が、変わったこと。それからそれから。



「しゃーないから自分もダチにしたるわ、白石!」

「しゃーないて…こっちの台詞やっちゅーねん!」

「嬉しいクセに、素直に喜べっちゅー話や!」



一応俺も、忍足と友達になったということ。



今まで遠巻きに見ていたり、言い合いをしたりしていた時には気付かなかったが。忍足は見た目に反して意外としっかりしていること。人情味に厚いこと。ちゃんと男子の友達もいること。女の子大好き!と宣言している割に男子にも支持されていること。実は俺なんかより、そして小石川よりもずっと人間付き合いが上手いことなど、色々な面が見えて来た。



「…忍足て、見た目で損するタイプやな」

「なんやねんそれ、訳わからんわ」



けらけらと声を上げて屈託なく笑う様子に。
あーやっぱりこいつアホだ。アホだけど何か、一緒にいて楽だ。


そんな風に思うようになっていた。それは小石川も同じだったようで。



「…なんちゅーか、忍足て凄いよな。アホやけど」



ふと、二人だけの時に零した言葉。その表情はあの時特別棟の廊下で彼を射抜いたような鋭さは、どこにもなかった。





小石川と友達になってから一か月。もう一人、友達が増えました。
少しずつだけど、世界が広くなっていく気がしました。



ここから先に広がる世界は希望に満ち溢れ明るいものでしかないと、
その時の俺は、疑っていなかった。









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