普段の姿が本物とは限らない。
見えている姿だけが、全てとは限らない。




妹、最強(恐)。




「…春日、何で、こぎゃんこつ勝手にしょっとや?」


雑談や談笑ににぎわう昼休みの教室。その場に全くもって似合わない底冷えするような声に恐る恐る振り返ってみれば、そこに立っていたのは今年度、九州から転入してきた千歳ちりと。


「や、やってぇ〜その方がちりにとってもえぇ方に行くかな…て、思うてんもん」


普段は他人を数段…否、数十段上から見下し高笑いを決め込んでいる、俺…小石川健二郎の天敵、白石春日だった。


ただその様子でおかしいと感じるのは、いつもならば二人並んで楽しそうにしているというのに、今日は二人向き合って立っていること。それから。


「…うちが聞きたいのは、そぎゃんこつやなかね…何で、勝手にこぎゃんこつば、したと?」


千歳ちりの顔から、笑みが消えていること。
背中を向けている為わからないが、反対に春日の顔にはいつもの余裕はないだろう。いつもより張りのない声と丸くなった背中が、容易にそれを想像させる。


「…もう、春日のことば、知らんとね」


眉一つ動かさず、口元は僅かながら弧を描いたその表情は、やはり綺麗と形容される部類に入るのだろうけれど。
見る者の動きを止めるような、そんな迫力をもっていた。
事実、その場にいる者は俺も含めて、彼女が教室を出て行くまで微動だにすることが出来ず。
それを真正面から向けられていた春日はその後もずっと、動くことが出来ずにいた。




「…ちゅーか何したんや、春日…」
「う、うちかてこないなことになるなん、思うとらんかったんやぁ!」

しばらくして、ようやく皆が動きを取り戻した頃になっても。じっとうつむいてわなないている春日に声を掛けることが出来る者は、誰もいない。

普段あれだけ仲の良い二人が、どうしてこんな険悪な雰囲気になってしまったのか。それを知りたいという好奇心を押さえられなかった俺はそんな春日に近づくと声を掛ける。
春日から返ってきた言葉はなかなか的を射なかったが。それでも根気強く、その言葉を拾っていけば段々とことの全貌が明らかになってくるというもの。


「…やから、うち、オサムちゃんにちりのんが千歳よりえぇでーって教えよう、思うて」

「それでちりの、3サイズ公表したんか、したんやな」

「う…」

「そりゃ普通怒るやろ!好きな男に3サイズ知られて喜ぶ女子って、おらんやろ普通!ちっとは恥じらえや!」


でかい溜息を吐くと、春日の表情はますます弱々しいものへと変わってしまう。何となくだがそれが白石に似ているように思えた。

その様子から、彼女は本気でそれがちりの為になると思っていたことは明らかで。そういう単純というか真っ直ぐなところも白石に似ているものだから、どうしても春日のことを、俺は嫌いにはなれなかった。


さて、そんなことは置いておいて。
見るからに項垂れている春日を放っておくことも出来ず。出て行ってしまったちりのことも気になる。
そしてやっぱりこの二人は、セットでいることが当たり前で。春日は自信に溢れた、ちりはのほほんとした笑みを浮かべているのが、一番似合うと思ってしまった俺は。


「…まぁ、ちゃんと謝ればちりかて許してくれるやろうし…ほれ、一緒に行ったるから、謝り行くで」


ちゃんと二人に仲直りしてもらいたくなって、まだ頭を垂れている春日の背中を押そうとしたのだが。


「アカン!ちり、本気で怒っとったもん…そない簡単に許してなん、くれんわ」


恐らく人生最大の落ち込みを見せている春日は弱々しくそう言うと、また顔を俯けてしまう。
さて、どうしたものかと思っていると、俺の脳裏には一人の男の顔が浮かぶ。


「せや。千歳やったら何やちりの機嫌直すようなこと、知っとるかもしれんで。ついでに千歳にも着いて来てもらえば、ちりも聞く耳持つやろ」

「そ、そうやな。うん。千歳が一緒やったらちりも、許してくれる、かな」


微かだが、その顔に希望の色を浮かべ始めた春日と伴って訪れた隣の教室=三年一組。
一番後ろの席で夢の世界の住人と化していた千歳の頭を小突くことで、こちらの世界に戻って来てもらい。何事だという目を向けて来る一組の連中の視線を身一杯に浴びながら、千歳に事の顛末を説明したのだった。



「…そりゃ、春日が悪かねぇ…ばってん、そぎゃんこつで怒るちりもいけん。友達は大切にせんとね。俺も、手伝うばい」



鋭い視線を向けて去っていった親友によく似た顔で柔らかく笑う千歳に、どこか考えることがあったのだろう。春日は少し俯いてから、周りの騒音に消え入りそうなほどの音量でありがとうと、呟いたのだった。



さて、千歳(兄)を味方につけたことで大分前向きになった春日だったが。




「ちり!喧嘩なんダメったい!さっさと春日と仲直りするっちゃ」

「うっさい!千里は黙っとってや!!」

「ぐはっ!」


千歳の「ちりが行く場所くらいすぐわかっと」の言葉に従って訪れた国語準備室。
その傍で発見したちりに、開口一番説教を始めた千歳の右頬。身体全体をバネとして繰り出された華麗な左ストレートが決まる。右目がほぼ見えない千歳の死角からの攻撃は卑怯としか言いようがないが。



「ぐ…痛かぁ…ちり、また腕ば上げたとね…兄ちゃん、これで安心…ば、い」



倒れた千歳の表情は満足以外の何者でもなかったので、まぁいいにしよう。
だがしかし、それを目の前で目撃してしまった春日の顔は真っ青になり。カタカタと震えはじめる。
そう言えばこいつ、普段から相手に手を出し足を出しているくせに、自分がそれをされたことは、皆無なのだろう。常日常散々相手(特に白石・謙也・俺)に対しては暴力をふるっているというのに、いざ自分がされる立場になると怖気づくと言うのだろうか。



「…一体何のつもりとや?今更、言い訳でもしに、来たと?」


廊下とお友達になってしまった千歳にちらりと視線をくれたちりが、ゆっくりとこちらに顔を向ける。そこには先ほど教室で見たもの同様…否、それ以上冷やかな表情が浮かべられている。
あぁ、視線だけで人が殺せるというのは、こういうことを言うのだろう。全くもって悪くない俺ですら、その視線に射抜かれただけで背中にうっすらと、冷や汗をかいてしまったくらいだ。

そのちりが、その表情のまま、少しずつ、こちらに、近付いて来た。



「た、助けて小石川!」
「か、隠れるなや!ちゃんと立ち向かえや!!」



途端機敏な動きを見せて俺の背後に回り込んできた春日を前に押し出そうと、その身体を押す。ぎゃーぎゃー言いながら彼女は尚も、俺を標的にすべくその後ろへと、回り込もうとして。

そうやって二人して、どんどんと後退していく。それに対してちりは一言も発さずまばたき一つせず、一歩一歩こちらに、近付いてくる。



「「あ…」」



そうしているうちに、背後は壁。俺と春日は完全に逃げ場を失った。そんな俺たちに対してちりは、一向に動きを止めることはない。

どうしようもなくただ、目前に迫った敵…じゃない、ちりからどうやって逃げようか。全然動かない頭で必死に考えている、その時だった。



「おー自分がこないな場所で、何しとるんやってぇ千歳!何でぶっ倒れとるんや?え?ちりか?ちりがやったんか?」

「や、そぎゃんこつ…してなかぁ!」


国語準備室のドアが、がらりと音を立てて開く。
中から出て来たのは我らが男子テニス部顧問にして国語教師なオサムちゃん。そのオサムちゃんは、床とお友達になったままの千歳に駆け寄ると、心配そうな声を上げ。
そんな想い人を目にしたちりは、先ほどまでとは打って変わって顔に恥じらいの表情を見せると、いやいやと頭を振る。
ちりの豹変に唖然としながらも、俺と春日はその場から動くことが出来ず。


「せやんなぁ…ちりがこないなこと、出来るわけないもんなぁ…」

「そ、そうっちゃ!あぁ!千里はさっき、変な人に襲われそうになっちょったうちらを、助けてくれたと!な、春日!小石川!?」


必死の表情を浮かべてこちらを睨むように見て来たちりの言葉に、ぶんぶんと首がもげるくらいの勢いで、頭を縦に振ることしかできなかったのだった。 

大好きな顧問の呼びかけにも、うんともすんとも言わない千歳は、本当に意識が飛んでしまっているようだ。こりゃ、早く保健室連れて行かななぁ…とぼやくオサムちゃんは、そう言えばと言った風にこちらを向き、口を開く。


「そういや春日、さっきちりが何やーっちゅーとったやんなぁ?」

「へ?あ、そ、そないなこと、言うたっけ?」

「言うたやろーあれなぁ、金太郎の大声に掻き消されてもうて、聞こえんかったんや。あれ、何やったん?」


それって、アレだよな。そもそもの原因となった、ちりの3サイズという、あの場にいた男子だったら誰もが興味を持ったであろう情報のことだよな。それを、オサムちゃんは聞いていなかった、ということか?だったらそのまま誤魔化してしまえば、ちりの怒りも収まるのではないのか?

そう思ったのは、俺だけじゃなかったようで。
すぐ隣に立つ春日はぶんぶんと、今度は首を横に振りながら叫ぶように声を上げた。


「べ、別にたいしたことちゃうから!そ、それよりほら!さっさと千歳、保健室に運んでやってや!ちりも、ちりも一緒に行って来ぃ」

「あー?まぁ、たいしたことちゃうんやったら、えぇけどなぁ」



ぶつぶつ言いながら、よっこらせと千歳を背中に担いだオサムちゃんの横。大丈夫?だの平気?だのと、あくまでもか弱く可憐な乙女を装って歩くちりが、一瞬こちらを振り向いて。



ごめんね。



口の動きだけでそう言った表情はもう、俺たちがよく知る彼女のものだった。



それにホッとしたのは、俺だけではなかったに、決まっている。




「…あとでちゃんと、謝るんやで」

「わかっとるわ…にしても、意外やったわ。ちりがあない、迫力あるなん…」

「あぁ…もうこれに懲りたら、余計なことするんやないで」

「余計なことて…あぁ、もうえぇ…何や疲れたわ…」

「それはこっちの台詞やっちゅーねん…」



ずっと張られていた緊張の糸が解けたせいか。二人揃ってその場に座り込む。
遠くから五時間目の開始を告げるチャイムが聞こえて来るが、とてもじゃないが立ち上がる気力はない。
そのまま二人、廊下の隅で脱力したまま座り込みながら。



もう二度とちりを怒らせるような真似だけはするまいと、心に誓ったのだった。






End.







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