とても大事に、想っている。
本当に大事に、想っている……多分。




Walk On




部活中にいきなりぶっ倒れた後輩は、自分の想い人に姫抱きされて退場したかと思ったら、俺の小道具で自分とその想い人の手をしっかりと繋げて戻ってきた。しかも、両方とももう嬉しくて嬉しくてしゃーないって顔していた。

つい先日まで後輩からの好意を悪意と受け止めていたとは思えないくらいに、すっきりとした表情をしていてた後輩の想い人=我らが部長、白石蔵ノ介の変化に俺をはじめ殆どの人間が驚いただろうが。小春たちはこうなることが分かっていたように、笑っていた。

流石に、いきなり実の息子が手錠で繋がれた後輩(兼恋人)を連れて帰ったら、蔵ノ介の親さんらも卒倒モンだろうと思って。
ホンマは用意してあった予備の鍵で手錠を外してやると、財前は一瞬だけど、泣きそうな顔をした。大好きで、大好き過ぎてしゃーない“ぶちょー”が、ホンマに自分のことを好きでいてくれるのか、ホンマに自分と一緒にいてくれるのか、不安なんだろう。

そんな財前の手を、蔵ノ介が取る。手錠なんてモンがなくても、大丈夫だと言うように。


そんな小さいことでも、あいつはホンマに嬉しそうに微笑む。
誰だ、あいつが無表情無愛想無感情やっちゅーたんは…あぁ、俺か。俺が勝手にそう、思っていただけか。


ホンマ、蔵ノ介のことが好きだって気付いて、蔵ノ介にアタック掛けるようになって、財前は変わったと思う。
小春に言われなくても、本人から頼まれなくても、思わず手助けしたくなるような必死さだった。
なんて言ったらいいか分からんが…恋する乙女もビックリ!な変化。ホンマ、蔵ノ介が気付かないことが不思議でならないくらい。
蔵ノ介の好みを調べ上げ、それを自分の生活の中に取り込む。俺も小春のことが好きだけど、全てを小春好みになろうだなんて思わないし、最初から無理だと思っている。悪く言えば、諦めている。
それをこいつは、そんなこと考えずに、少しでも蔵ノ介に好かれようって、少しでも蔵ノ介に近付こうって、努力を惜しまなかった。


だからやな、きっと。ニブチン王の謙也も、他人の色恋沙汰には極力関わらん師範も、めんどくさがりの顧問も、皆こぞって彼の力になろうと、したのは。
そんなあいつの熱意に負けたんだ。あいつの一生懸命さに、動かされたんだ。

そんなことする奴だなんて、ちっとも思っていなかった奴だからこそ、そのギャップっちゅーんか?そういうのに、俺たちは動かされたんだろう。

事実、俺がそうだから。
手錠で自分たちの手を繋げてしまうとか、落とし穴掘って蔵ノ介捕獲するとか、とんでもないことを言い出した財前の手助けをしたのは。それが非常だってわかっていながらも手を貸したのは。

財前が一生懸命で。
それがちょっとやけど、小春のために何かしとる俺と、似ているって思うてしまったから。
こんな一生懸命な奴が報われんなんて納得いかんと、思うたから。

だから俺たちは、全力で財前をサポートした。不器用で無愛想で、だけど誰よりも(恋愛に対しては)努力家だった後輩が、幸せになれるようにと。



まぁそんな俺たちの活躍もあって。他にも色々あって。
蔵ノ介と財前が所謂“恋人”っちゅーのんになってから、早いモンで一週間が経った。



「ざーいぜん。待たせたな。ほな、帰ろか」
「はい、ぶちょー」


部活の後、部誌を書いたり備品のチェックをしたりしている蔵ノ介を、とっくに帰り支度を済ませた財前は忠犬よろしく、大人しく待っている。
もし待っている相手が俺や謙也だったら、いくら先輩相手だろうとあいつは携帯をいじっているだろうに、蔵ノ介を待っている間はホンマにじっと、待っている。邪魔にならない程度に、蔵ノ介の背中を眺めながら。

自分たち以外にも俺含め、レギュラー全員がここにいるっていうのに、他の誰かに話しかけることもなく、ただじっと、蔵ノ介を待っている。
蔵ノ介だけを、待っている。

そんな財前を俺と小春以外の3年生連中は、何や子どもでも見るみたいなだらしない顔をして、見ている。小春も慈しみに溢れた表情を、財前に向けていた。

俺?俺はそんな小春を眺めているに決まっているだろう。


「今日はどこ行こうか?」
「今日は昨日言うてはった、ぶちょーが初めて逆上がりに成功した公園に行ってみたいっすわ」
「よっしゃ、分かった。一緒に行こうな」

仕事を終え、帰り支度を整えた蔵ノ介が手を差し出すと、それまで堪えていた感情を一気に吹きだすかのようにあいつは笑う。
小春曰く「花のような笑顔」らしいが、俺にはそんな大層なモンには思えない。小春の笑顔の方がよっぽど花みたいだ。まぁ、財前にしてはえぇ笑顔だと思う。
そしてあんな顔、きっと蔵ノ介以外には見せていないだろう。
そんなこと、蔵ノ介は気付いてもいないだろうけど。

ホンマ、普段謙也のことニブチン言っているが、一番のニブチンは蔵ノ介なんじゃないだろうか。



「ほな、後は頼んだで」
「お疲れっした」


そんなことを考えていたら二人は手をとって、さっさと部室を出て行ってしまった。
さっきの会話からすると今日も、蔵ノ介が好きだったり蔵ノ介の思い出に残ったりしている場所に行くのだろう。

晴れて恋人同士になったって言うのに、相変わらず財前はより相手のことをよく知ろうと、相手が好きなものを自分も好きになろうと、努力をしているらしい。それがホンマに二人の為になるのか、俺には分からんけど。
そんな財前のことを蔵ノ介は「ホンマ財前は、一生懸命でかわえぇよなぁ…」と、つい十日位前には「ぱっと見不良」と言っていた口で言うのだから。
嬉しそうに、そしてだらしなく顔を緩ませながら俺に「昨日の帰り、財前と一緒になぁ…」と別に興味もない話を聞かせてくるくらいなのだから。

案外、蔵ノ介もそれで満足しているのだろう。



「今日も財前ちゃん、嬉しそうやったわね〜ふふ、よかった」
「ホンマやなぁ…まぁ、毎日白石の惚気聞かされとる俺は、複雑な気分やけど」
「あら、えぇやないの。財前ちゃんが幸せで、蔵リンも幸せなら」


二人が出て行ったドアを見ながら、小春と謙也が喋っている。
そうか、違うクラスの俺ですら白石の惚気を聞かされているのだから、同じクラスの謙也はその比じゃないだろう。ご愁傷様。

疲れたとでも言いたい顔をした謙也に対して、小春は綺麗に笑ってから、もう一度ドアを見て、顔を綻ばせた。ホンマ、花のような笑顔っていうのは今の小春の笑顔みたいなことを言うんだ。


「…せやな。光の今まで知っとったら、尚更な…あとは、この幸せがずっと続けばえぇねんけど」
「そうね…ま、蔵リンが財前ちゃんの手ぇ離すようなことしよったら、うちが全力でぶん殴ったるけど」
「……小春、笑顔でそういう怖いこと、言うなや」


……うん、こんなこと言っていても、小春の笑顔は花だ、花以上だ。
小春の言葉に後ろで将棋を指していた千歳と師範もうんうんと、頷いている。謙也も顔を強張らせながらも、小春の言葉を否定はしない。金ちゃんに至ってはもう腕まくりして殴る体勢に入っているくらいだ。そんな金ちゃんを宥める小石だって、気持ちは一緒だろうに。


「…まぁ、こう言っちゃあ何やけど。白石前科持ちやからなぁ…信用は、ないよなぁ…」
「謙也の言う通りったい。白石んこつば、警戒するに越したことはなかよ」
「せやけど…白石かて今は、財前のことちゃんと大切にしとるんやし…なぁ?」


こんなにも、自分が手を掴んだ相手が周りから大切にされていることも、蔵ノ介はきっと知らないんだろうな。
どんなに自分が愛されているかってことも、蔵ノ介はまだ、知らないんだろう。

そして自分が財前とのことに対しては、未だに俺らから信用されとらんって、ことにも。


「しかし、白石はんかて人間や…いつ何時、煩悩に負けてまう時が来ても、おかしないわ…」
「せやでー!白石は毒手遣いやしな!信用したらアカンわ!」
「……確かに。万が一に備えとくにこしたことは、ないわね」


やっぱり一番のニブチンは、蔵ノ介で決定や。


そう結論付けた俺は、背後で繰り広げられている「万が一蔵ノ介が財前をフッた場合に備える会」に参加すべく、腰を上げたのだった。


そんなこと起こるはずないって、ホンマはみんな思っている。
だけどまぁ、俺たちを散々巻き込んで、財前のこと泣かしたくせに。結局自分は幸せですーって顔いっぱいに書いて笑っている我らが“ぶちょー”様へ。


「どうせやったらホンマに鍵あらへん手錠で、財前と繋いでまうか。それか接着材で手と手ぇくっつけるとか」
「あらユウ君、ナイスアイデア!」


頼れるけど、自分たちに日々振り回されていて。それでいて二人の幸せを祈ってやっている。

部員一同より愛を込めて。




「…次に財前泣かしたら、承知せんからな」

「それも、書いといたりましょうね。Fromユウ君Vvで」

「…From一同、やろ」



俺らが「万が一(略)の会」で出したアイデアを、態々小春が綺麗な字で書いてくれた紙を、プレゼントしたるわ。



次の日。
その紙を受け取った白石がめっちゃえぇ笑顔で「俺も財前も、皆に愛されとるんやな」なんて言うモンだから。

紙を渡す係やった俺と謙也は思い切り、その脛を蹴飛ばしてやった。



後で顔を怒りで真っ赤にした財前に「ぶちょーに何てことすんねん!」と蹴り飛ばされたことも、暫く俺たちが目の敵にされたことも、言うまでもない。


それでも。俺たちはきっと財前のことを応援し続けるんだろうし。きっと二人のことを茶化しながらも見守っていくんだろうなって。


まだ痛む脛をさすりながら、思った。




End.






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