「ちゅーわけで!俺たちは今日からサッカー部になります!」

「「はぁぁ!?」」


それはあまりにも、唐突に訪れた。





サッカーやろうぜ!




「…はぁ。で、今度は一体何なん?サッカー部に喧嘩売られたん?今日は部長会なん、なかったはずやろ?」


驚く顔を見せる一同の中、前例があるせいかその言葉の裏に何かあるんじゃないかって思ってしまううちは、1人そんな蔵リンに冷たい表情を向ける。
きらっきらとした笑顔を浮かべていた蔵リンはそんなうちの反応に、信用ないなぁと、笑ってみせてから。


「俺は今、猛烈に感動してん!自分ら、ウルグアイ戦観んかったんか?あれ観て何も思わなかったん?テニスは、そりゃダブルスとかあるけどな、基本は個人プレイや。やけどサッカーは違う。チーム一丸になって、攻めて守って…みんなが一つになってプレイする、それはテニスにかて大事なことや。せやろ?」


「…で、ホンマの理由は何なん?健坊」

自信満々に、言ってのける。
それももっともだが。うちかてウルグアイ戦は最後まで観届け、選手たちの涙に思わず貰い泣きをしてしまったクチであるが。

でもどうしても蔵リンの言うことをそのまま信用しきれなかったうちは、蔵リンが考えとることだったら大抵は理解している健坊へと話を振った。
しかし、健坊も今回ばかりは何があったのか、全然分からないようで。ただ苦笑を浮かべ、肩を竦めるばかりだ。


「なーんでそこで小石川が出てくんねん!ほれ、さっさとサッカーすんで!そんでもって、俺らも日本代表に負けんくらい一致団結するんや!!」


未だ煮え切らんという顔をしているうちをはじめ、状況が飲み込めていない、若しくはそれすら諦めてしまった面々の背中を、蔵リンは笑顔で押した。



***



「…ちゅーかさぁ、サッカー言うても、俺ら9人しかおらんで?サッカーて、11人でやるもんやろ?オサムちゃん入れても10人やで?サッカー出来んやろ。精々フットサルやろ」

「それにここ、コートやん。サッカーゴールないやん。そないな場所で、サッカー出来るんかい!」


普段のテニスにユニフォームのままコートに出ると、用意されていたのはサッカーボール。
だけどそれ以外は、ただネットが張られていないってだけで何も変化はない。ここで、しかも規定よりも遥かに少ない人数で、一体彼は何をやるというのか。


「そんなん、パスだけでも十分やろ。シュートに繋がるんは、パス回しや!ほれ、行くで」


当たり前のことを聞くなとでも言わんばかりの顔をしてから、蔵リンは足元に置かれていたボールを蹴る。流石聖書と言うべきなのだろうか。その様子はお手本のように綺麗なフォームだった。


「またテニス部変なこと始めよったとか、思われんとえぇねんけどなぁ…ほれ、パス」

「せやんなぁ…ほい、小春」


ぶつぶつ文句を言いながらも、円形に広がったみんなは蔵リンから蹴りだされたボールを、器用に繋いでいく。
基本みんな、運動神経はいいのだ。パス回しくらいだったら、容易に出来てしまう。みんな自分の足元に来たボールを次の人物へと、蹴り出して行く。金太郎はんは明らかに隣の人間の番であっても、自分から取りに行くし、財前ちゃんに至っては両手をジャージのポケットに、しっかりINしてしまっている。まぁ、サッカーは足しか使わないのだから、いいのかもしれないけれど。

そんな風にパスを回し続けるうちらを見て、蔵リンは満足そうに微笑んでいた。





「…ちゅーか、いつまでパス回ししてるん?他にやること、ないの?」


どれくらいの時間が経っただろうか。
ぶっちゃけなくても、飽きた。

うちだけじゃない、他のみんなもそうであろう。ボールを蹴るスピードもコントロールも、大分落ちている。
そりゃそうだろう。確かに、日本代表のプレイには感動した。しかし、うちらの本業はテニスだ。うちらが一案好きなのも、やはりテニスなのだ。そのテニスをする場所で、ボールを蹴るなんて。コート整備してくれた人に申し訳ないじゃないか。


「せやなぁ…やったらイメトレするか」

「いめとれ?いめとれって、何や、白石?」

「頭ん中でサッカーするんや。俺がこうパス出したら、金ちゃんがシュート!みたいに」

「ふーん…何やよう分からんから、ワイいやや」

「そうか…」



金太郎はんの言葉に、しゅんっと、音がするくらいに落ち込む蔵リン。
いつもだったらまぁ、可哀想とかご愁傷様とか思うのだけど。でも今日ばっかりは、そうはいかない。

だって、その通りだもん。
うちだって、嫌やもん。

そう思っていたのは、どう考えてもうちと金太郎はんだけじゃなかったみたいで。


「…白石、何でこないなことはじめたんかは分からんけど…せやけど、こないつまらんことやっとっても、仕方ないんやないか?」

「そうやな…白石はん。せめて何かあったんか、教えてくれんか?」


テニス部でも一・二位を争う良心である健坊と師範にまで言われてしまっては、いくら我らが部長様だって、居心地が悪い様。

加えて謙也クンは財前ちゃんと一緒にDS始めるし、ユウ君はこっち見たまま動かんし。千歳君は先ほどから立ったまま、夢の世界へとトリップしてしまっている。
こんな中で、目の前には真剣な眼差しを向ける善人が二人も揃っている。居心地悪いこと、この上ないだろう。


「…蔵リン、えぇ加減理由くらい言うてや。意味あることやったらうちらかて、協力するで?」


うんともすんとも言わなくなってしまった蔵リンに、助け船を出すつもりで声を掛けてみたけど。相変わらず部長様は、口を噤んだまま。


あぁ、言えないような理由なんだ。
どうしようもない理由なんだ。


そう直感した瞬間のことだった。



「くーちゃん?何してるん?」
「ゆ、ゆかり!!」


声のした方を見れば、蔵リンの言葉通り、コートを囲むフェンスの外には彼の妹である友香里ちゃんが立っていた。
妹というだけあって、どことなく我らの部長様に似ている彼女の顔は、てんでばらばらのことをしている部員に囲まれた兄を見て、呆れ半分驚き半分といったところだろうか。

そんな友香里ちゃんは、蔵リンの足元に転がっていたサッカーボールを見つけると、一瞬目を見開いたかと思うと一気に破顔して。


「やっだーくーちゃんたら、冗談やったんに、本気にしたん?かっわい〜」


女子特有の、けらけらと高い笑い声を上げた。


何のことだと疑問符を浮かべるうちらの中、その言葉に真っ先に飛びついたのは誰でもなく、蔵リンで。

「じょ、冗談ってなんやねん!兄ちゃんはなぁ、友香里にちょっとでもえぇところ見せようと…」

「やーかーらー、そう思う時点でカッコ悪いねんで?くーちゃん、黙っとればカッコえぇんに、そんなんやから、どっか残念やーて、言われるんやで?」


その何枚も上をいく友香里ちゃんはまたけらけらと笑うと、ほななーと可愛らしく、手を振って去ってしまった。




残されたのは荒れ果てたコートと、そこにへばりつくような体勢で失意を表す蔵リンと。
それから呆然と、ただそれを眺めることしか出来ない、男子テニス部レギュラー陣一同だけだった。



後日。
友香里ちゃんに蔵リンに何を言ったのかを、聞いてみると、少しませた妹ちゃんはけらけらとまた笑って、それからW杯の日本戦を家族で観ながら蔵リンに放った言葉を、教えてくれた。
それは予想していた通りとはいえ、そして彼がどれほど妹を可愛がっているかを知っていたとはいえ、

あまりにも滑稽で、そしてもう笑うしかない、事実だった。


「くーちゃんにね、言うたったんです。サッカー選手カッコえぇわーって、今時男やったらサッカーや、うち、サッカーやっとる人、ホンマに好きやでーって…まさか、あんなにすぐ反応するなん、思わなかったんですけどね。まぁ、せやからくーちゃんからかうんは止められんっちゅーかぁ…あ、先輩たちは迷惑掛けてしもうたみたいで…ホンマ、すみません。せやけど、これからもくーちゃんのこと、よろしゅうお願いしますね」



結局、妹ちゃんの「今時男やったらサッカーや」という言葉に、踊らされていた蔵リン。そしてそれに付き合わされていたうちら。


うーん、一体一番の被害者は、誰なんやろうね?



End.





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