中学に入って、もう3カ月が経った。
それでもワイの敵は、未だ敵のままだ。




新入生、不安。



「たのもー!!」

図書室では静かに!なんてポスターが貼ってあるすぐ横。ワイは大声を張り上げた。
幸いにも?この時室内にいたのは、ワイが探し求めていた人物と、めっちゃ会いたくなかった奴の二人だけ。

「金太郎?」
「…んー?誰やと思うたら、遠山やん」

司書のせんせーが座るでっかい椅子の上に重なり合うように座っとる、二人だけ。


まぁ、春日が椅子に座る光の膝に乗っかっとるだけだんやけど!光にそんな気ぃがこれっぽっちもないことくらい、分かっとるんやけど!

でもまぁ、自分の恋人が他人と…しかも結構美人の部類に入る女の人と、そんなに密着していることを許せるほど、ワイの心は広くなく。


「もう!春日離れろやー!ひかるは、ワイのやー!!」


ダッシュでそこまで近付くと、光の上で悠然と足なんて組んでいる春日の腕を掴んだ。


「いったぁい!」

と。
そんなに強く掴んだつもりはなかったのだが。途端にあがったのは甲高い悲鳴。それに吃驚して手を離すと、光に目で責められる。

女の人には優しく。
それはワイも光も、小さい頃から口をすっぱくした家族に言われ続けていること。その、庇護の対象であるはずの女の人=春日から上がった悲鳴にワイは吃驚して、思わず手を離してしまったのだが。
そのまま春日は、光の方へと身体を寄せる。ちょ!くっつき過ぎや!そう叫んでやりたかったが、痛い目に遭わせてしまった手前、強く出ることが出来ない。


「…金太郎。春日先輩に謝りや」


いつの間にか、光の彼女の呼び方が、白石先輩から春日先輩に変わっていた。
いつの間にか、光がワイよりも彼女を優先させることが、増えていた。

いくら女の人には優しくしなくちゃアカンからって、それはないと思う。だって、ワイの方が春日なんかより、ずっと光のことを知っているし。ずっとずっと、光のことが好きだから。光だって普段滅多に口にしてくれないけれど、ワイのことを好きだって言ってくれる。ずっと一緒にいたいって、言ってくれる。

それなのに、春日が絡むと話は別だ。春日だけじゃなくて、女の人全般なんだけど。
小さい頃からの言いつけからか、女の人に強く出られないワイと光のことを、春日は利用しているように思う。
同じクラスの連中とか、一部を除いたテニス部の連中は、春日のこと美人やとか、女神やとか言うてるけど。そんなんちゃう。

春日はただの、嫌な奴だ。


「金太郎!…春日先輩、ホンマすんません。怪我、しとらんっすか?」


ぶうっと頬を膨らませたワイに窘めるような声を上げてから、少し高めの声を、春日に送る。
それだけで光が、春日に対して気を遣っていることが分かってしまって、嫌だった。ワイじゃない誰かに対して、そんな態度を取る光が、嫌だった。
だけどそれ以上に、ここで春日に謝らないでいて、光に嫌われてしまうようなことになったら、嫌だ。それこそ春日の思うツボであるように感じる。

だから、本当嫌々、渋々といった風にワイは、頭を下げて。


「どーも、すんませんでした」


ちょお最近売れとるお笑い芸人意識して、言うてやった。謝っただけ、マシっちゅーことにしてもらおう。
顔を上げると、まだどこか納得しないような表情を浮かべた光と、満足そうに微笑む春日がいた。
その表情は、先ほど痛いと悲鳴を上げたものとは正反対。全然痛くないと言っているような顔で。

目が合った瞬間。にやりとその口角を上げる。そして口の形だけで、「うそ」と言ってみせた。


あぁ、やられた!また騙された!
そう確認するには、十分過ぎる行動た。

「ほれ、用がないんやったら、さっさと帰りや。うちと財前は、これから委員会の仕事あんねん」
「仕事て!さっき二人でいちゃついとっただけやん!」
「いちゃつ…そないなこと、しとらんやろが。ただ休むんに椅子が一個しかないからて、あぁいう体勢になっとっただけやろ…」


しっしっと手を払う春日に対して噛みつくと。呆れた声で光が言う。

おい、ちょっと待て、それ、本気で思っているのか?ここは図書室だぞ?椅子なんて、腐るほどあるじゃないか。

そう言ってやりたかったが、光があまりにも真剣な顔をしていたので、言えなかった。くそ、春日が光のこと洗脳してしまっているんだ。
純粋で人を疑うということを知らない上に、女の人に対しては絶対的な優しさをもつ光を上手く操っているんだ。


「金太郎、俺らホンマにこれから仕事あんねん。やから、邪魔せんといてくれるか?…帰ったら、相手したるから」


そんなことを思っていたワイの制服の裾を引っ張って、光が言う。最後の部分はやっと聞きとれるくらいに小さな声であったが、しっかりとワイの耳に届いた。
その耳が少し赤かったことも、見逃さなかった。

最後の部分まで聞こえていなかったのであろう、春日は喜々とした表情でワイを追い払う。だけどワイは、光を信じることができた。それに待っていれば光はワイを見てくれる。そんな自信があったから、春日に言われたからではなくワイ自身の意志で、図書室から出た。


図書室の扉を閉めた時の春日の嬉しそうな表情と、かちゃんと音を立てて落とされた錠に、その自信が揺らいでしまったことは言うまでもない。



***



「…ちゅーことがあってん。白石、何とかしろ」
「何とかて…で、今現在財前と春日は…」
「まだ図書室に居るわ!やから何とかしろ」


健ちゃんが出してくれたスポーツドリンクを一気に嚥下すると。だん!と音を立ててペットボトルを机に置いた。その衝撃で白石が書いている文字が揺らぐ。それに少し眉を顰めたが、白石は何も言わずにその部分を消すと、また綺麗な文字を書き綴った。

図書館を追い出されたワイが向かった部室には、思った通り白石と健ちゃんが居って。
まぁ十中八九、邪魔者のいない所でいちゃつこうとしていたんだろうが。そんなことには気付かなかったフリをして二人の間に割って入ると、先ほど図書室であったことを洗いざらい話す。
それからどうすることも出来ないと分かっていながらも、白石にどうにかしろと注文をつけて。

そんなワイの言葉に対して目線は下に落としたまま紡がれた白石の言葉に、スポドリによって若干冷やされた怒りがまた、ふつふつと沸いてくる。

あぁくそ、何でワイはこんな所にいるんだろう。


「やから、どうも出来んて…ちゅーか金ちゃんは、なんでそない春日につっかかるんや?まぁ、色々腹立つ女ではあるけどなぁ。意味もなく、他人傷つけるような奴ちゃうで…多分」

次に白石が発した言葉に、ワイは答えることが出来なかった。


光のことを信用していないわけじゃない。
ただ、自信がないんだ。光がいくらワイのことを好いていてくれると言っても、相手は女の人で、それも誰もが認める美人で。そんでもって多分、光の前だと性格もいい先輩っていう風に、偽っているんだろう。

そんな人間に、ワイは勝てるのだろうか。

光だって男だ。同じ男であるワイよりも、女である春日に惹かれたって、仕方ないことなんだ。本能には抗えないもんだって、小春が前に言っていた…何や、小春と春日って名前似てるな。うん。どうでもいいけど。


「…まぁ、金ちゃんがどないな風に思うとるんか、一遍ちゃんと、財前に伝えるんがえぇかもな」


そう言うと白石は、すっかり黙りこんでしまったワイの頭を、包帯の巻かれていない方の手でゆっくり撫でた。健ちゃんもワイの横に座って、何度か肩を優しく、叩いてくれた。




「失礼しまーす…と、何や金太郎、ここに居ったんか」


もういい加減子ども扱いするなと、二人の手を払おうとした時だった。ずっと閉められていた扉が開いて入ってきたのは誰よりも愛おし人。


「おー財前、えぇところに来たな。今、金ちゃんがなぁ…」
「あーー!!な、何でもない!何でもないから!!…ひかる、帰るんやろ。一緒帰ろ」


白石の言葉を遮るように声を発すれば、不思議そうな顔を向けて来た光の手を取って。後ろでにやにやしているであろう白石と健ちゃんの方は振り返らずに、ワイは部室を後にした。



***



「…ちゅーか俺、部室に忘れモンしたから取りに行ったんやけど」
「へ?ホンマに?あー…そりゃ堪忍なぁ…今から、取り戻る?」
「別にタオル一枚やし。なくても困らんからえぇけど…自分、もうちょお周りに気ぃ配った方がえぇで?」


嫌がる素振りを見せなかったのでそのまま光の手を握って、一緒に帰る途中。光の言葉にまたしても項垂れる。

そりゃワイは一つのモンしか見えなくて、猪突猛進っちゅー言葉はワイの為にある!と自分でも思っているくらいだけど。きっと春日はちゃんと気ぃ配れるんだろうけど。春日だったら光に溜息つかせたり、呆れさせたりしないんだろうけど。

そう考えたら、泣きたくなってきた。悔しい、悔しい、だけど、負けたくない、手放したくない。


「ワイ、ひかるが春日に取られてまうなん、嫌やからな!ワイより春日んこと好きになるなん、絶対に嫌やからな!!」


ぎゅっと。握ったままだった掌に力を込める。
自分勝手なことを言っている自覚はあったので、顔は上げられなかったけど。それでも自分が思ったよりもずっと大きな声が出て、少し驚いた。

それくらいワイは、光を春日に…違う、春日だけじゃない。誰かに光を取られてしまうのが、嫌なんだ。光の一番が自分以外の誰かになってしまうことが、嫌なんだ。


「……何アホなこと言うとんねん……俺、自分が思うとるより大分、金太郎のことすき、なんやから、な……ほら、さっさと帰るで」


握り絞めた手を逆に握られて、思い切り引かれる。光はもう前を向いて歩きだしていたけれど。
髪の隙間から見えるピアスだらけの耳は少しだけど、赤かった。

それだけでワイの不安は一気に消えて、そして沈みっぱなしだった気持ちは浮上する。
ワイをこんな風に出来るのは、世界でたった一人、光だけなんだ。


「なぁひかるー今のもう一遍言うて!」
「い、いやや!」
「なぁなぁーひーかーるぅー」
「いややっちゅーとるやろが!」
「へへー…ワイもひかるんこと、だーいすきやで!」


そのまま勢いに任せて抱きつこうとしたけど。天下の往来で何すんねんと、思い切り叩かれた。
その痛みはワイに、光がくれた言葉が本物だってことを教えてくれるモン以外の、何モンでもなかった。

抱きつくことは許してくれなかった光だけど。さっき図書館で言った台詞を突き付ければ、きっと部屋の中ではひっつくことを許してくれるだろう。

早く家に着かんかな。そう思いながら光の手をもう一度、ぎゅっと握りしめた。





「ふふふ…仲良きことは美しきかな…やな!」

「春日…金ちゃんたちにちょっかい出すん、えぇ加減止めろや。可哀想やろ」

「何言うとんの!うちのおかげで!二人の距離が更に縮まってんで?恋愛にはライバルと嫉妬がつきもんやろが」

「…そういうモンなん?」

「そういうモンなん!……で、小石川はいつになったら喋るん?」

「自分らが喋りっぱなしやったから、口挟めんかっただけや…まぁ、終わりよければ全てよし、やな。白石」

「せやな、小石川」





「うちがおるん忘れていちゃつくなやぁ!!!」






End.






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