※Beautiful Worlds 14と15の間の話。


伸ばした手を拒まれても、振り払われても。
それでもきっと俺は、手を伸ばし続ける。

欲しいものを手に入れる日まで、ずっとずっと。




Depend on you



「にーちゃん、どこいくっちゃ?」

これは俺の、一番古い記憶。何度も繰り返し思い出す、記憶。

妹が立ちあがることすら、まだ出来ない頃。両親は俺たちを置いて、忽然と姿を消した…らしい。気付いた時にはもういなかったし、写真すら残っていない両親の顔すら、俺は覚えていない。
両親に捨てられた俺たち兄弟のことを、可哀想だとか憐れだとか、好き勝手言う人は多かった。誰も、手なんか差し伸べて、くれなかったけど。そう言われる度に、そういった瞳を向けられる度に、俺は“可哀想な子”というレッテルを貼られている気分になった。

じいちゃんとばあちゃんの家に引き取られる前まで、色々な所を転々としていた。妹が一緒の時もあったけれど、俺一人の時の方が圧倒的に多かった。

その度に、やっと言葉を覚え始めたばかりの妹から向けられた言葉。


「…ミユキんこつ、いらんの?ミユキのそばに、いてくれんの?」


大きな瞳を俺だけにむけてくるその小さな身体を潰れそうなくらいに抱き締めて。
大丈夫、大丈夫って、それしか言葉を知らないみたいに俺は、繰り返していた。

この頃から俺はずっと、俺と一緒にいてくれる人を、俺とずっと一緒にいてくれる人を、求めていたんだ。

そしてこんな俺の気持ちを理解出来るのは、妹だけだと思っていた。だから俺は妹の傍を離れないようにしようって、思っていた。


だけど妹はその後すぐ、じいちゃんとばあちゃんにちゃんと引きとられて。二人にも、捨てられないで、最期まで一緒にいられて。ずっと傍にいることを、許されて。
きっと二人に引き取られた瞬間に、ちゃんと妹は“家族”を、自分を傍に置いてくれる人を、手に入れていたのだ。



そんな妹が、俺の気持ちを理解出来るはずがない。
そう悟った俺は、無性に寂しくなった、泣きたくなった、誰でもいいから俺を、見てくれる人が欲しかった。


そんな時出会ったのは、俺が入っていた施設に入所してきた、一人の男だった。
男にしては長めの髪は金色に染められ、鬱積した施設の中でも常に笑顔を浮かべていた彼は、太陽みたいな人だった。

誰にも分け隔てなく手を伸ばし、そして誰にでも分け隔てなく、愛情を注ぐ。そんな男だった。とても同じ歳とは思えない位に彼は、立派で力強くて。

きっと彼なら俺のことも、受け入れてくれる。俺のことを、傍に置いてくれる。
そう思っていた。


だから俺は伝えたんだ。俺の傍にいて欲しいって。俺のことを、受け入れて欲しいって。


彼に出会って二度目の春の、ことだった。



「…なんば言うちょる…そぎゃんこつば言われても、困る」


だけど、伝えた想いに対して返された言葉は、とても残酷なもので。

初めて彼の、笑顔以外の表情を見た。それが自分に向けられる軽蔑の表情だとは、思いもしなかった。


その日から彼は、俺との間に見えない壁を作った。別に、無視されているとか避けられているとか、そういったものじゃない。
だけど、大きな溝が出来てしまった。どうやっても埋められることの出来ない、溝が。

俺たちは表面上、とても仲の良い友達を演じていた。それを彼が望んだから、俺もそうしていたにすぎないのだけれど。
友達としてなら、傍に置いてくれる。そう思ったからに、すぎないのだけど。


そのまま何度も季節が変わった。彼は俺のじいちゃんやばあちゃんが亡くなった時も、一緒に泣いてくれた。

だけど俺を、それ以上自分の傍に置くことは、絶対にしなかった。






「…大阪ば行っても、連絡くらい寄越すったい」


別れの時、そう言いながらもきっと彼は、ほっとしていたのだろう。
もう俺と、関わることがなくなると。

そんなことを考えながら、俺は大阪へとやってきた。


高校三年になってから転入してきた俺のことを、奇妙な目で見る人間の方が圧倒的に多い。どうして?なんで?繰り返される質問に飽き飽きしていた俺は、いつの間にか屋上を自分の住処にしていた。


空を見ていると、自分なんて本当にちっぽけな存在だって思い知らされるようだったけれど。
同時にこんなに広い空が広いならば、その下のどこかに俺の傍にいてくれる人がきっといるって、思えたから。




そんな空の下で、謙也に出会った。



最初目がいったのは、彼と同じ眩しいくらいの金髪。そして。


「あーこない走ったん、久しぶりや!ん、すっきりしたわ!」


彼以上に眩しい、笑顔。
今この瞬間、俺だけに向けられている笑顔。


その笑顔を見た瞬間、俺の気持ちは全部謙也に、向けられてしまったんだ。



一人佇んだ砂浜、海を眺めながらぼんやりと思い出すことは全て、自分にとっては辛い結果にしか繋がらない思い出たち。
だけど俺にとっては、大切な財産。

あぁ、これからどうしよう。
謙也にも、拒まれてしまった。
空は広いし、目の前に広がる海だって、きっとどこか遠くの国にまで繋がっている。いっそこの国から、出て行ってしまおうか。



一体どこにいるのだろう。俺の“運命の人”は。
本当にいるのだろうか、俺の“運命の人”なんて。



そう思った時だった。



携帯が鳴り響く。絶対にもう鳴らないと思っていた、謙也専用の着信音。

その瞬間芽生えた、淡い期待。謙也だったらっという、想い。


もし俺が望むものを正直に伝えたら君は、どんな言葉をくれるのだろう。
期待しても、いいのかな。もう捨てられることはないって、もう手放されることはないって、


期待しても、いいのかな。



「あの海で、待っとるから」


それだけ言うと一方的に切られた電話。

あぁ、俺はもうずっと前から海にいるのに。一緒に来ようって約束したから、ずっと待っていたのに。



眩しい金髪が目に飛び込む。
謙也が、俺の為に走ってきてくれた。それだけで、いいじゃないか。それだけで、十分じゃないか。


そう思いながらも、俺は。




「ごめん。ごめんね、謙也。謙也の重りになってしもて、ごめん…好きになってしもて、ごめんなさい…」



いつの間にか誰よりも、目の前で息を切らせている謙也のことを、好きになってしまっていたんだ。
謙也の傍にいることを、望んでしまっていたんだ。



ごめんね、ごめんね。好きになって、本当にごめん。傍に置いてほしいだなんて、我儘を言って本当にごめん。

大好きなのに、迷惑かけてごめん。困らせてごめん。重りになってしまって、ごめん。


もう迷惑もかけない、困らせたりもしない。


だから、だからせめて。



「…お願いだから、俺んこつば、嫌いにならんで」



小さくなっていく金色に、呟いた。



段々とその金色が滲んで行くのはきっと、目から零れ落ちる涙のせいだろう。
それを拭うこともせず、俺は謙也の後ろ姿をしっかりと心に焼き付けるように。これが最後かもしれないから、と。


ずっとずっと、見続けていた。


波の音だけが辺りを支配するまで、ずっと、ずっと。




End.





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