CANDY



委員会後の自主練習だったからか。その日、四天宝寺中学男子テニス部の部室にいたのは、部長である白石と財前の二人だけであった。


「…ん?財前、ちょおこっち来ぃ」


特に会話もない部室。その真ん中に設置されたテーブルで部誌を広げていた白石はその手をとめ、ちょいちょいと、彼に背を向けて着替えをしていた財前を呼び寄せる。
眉間に皺をよせながらも、一応は部長である白石の言葉には逆らわない財前はなんすかと、着替えの手を止めてそちらへと近付いた。
自分の言葉に従う行動に嬉しそうに目を細めながら、目の前に来た後輩の耳たぶを見る。そして自分が感じた違和感が間違いでなかったことを確信するとそれを、声にした。


「ピアス、どないしたん?」
「…あぁ、今日寝坊してもうて。着けるん忘れたんすわ」


白石の言葉によく気付いたなとでも言うように目を見開いて。財前は自分の耳たぶへと手を伸ばした。いつもだったらそこで存在を主張しているピアスはなく、ただ僅かな凹凸を感じるだけ。普段と違う感触が気に入ったのか、財前はその上を指で何度も撫でる。


「…なぁ財前。その穴俺も触ってえぇか?」


そんな財前の指の動きに合わせるように、白石の中ではある欲望がむくむくと大きくなっていて。それを口にすると今度は何を言いだすんだとでも言うように目を見開いた財前の方へと、綺麗に包帯の巻かれた腕を伸ばした。


「ちょ、やめてくださいよ部長!」
「えぇやろ…減るもんちゃうし」
「減ります!」


が。
ばちんと音を立てて、振り払われる。そんな後輩の可愛くない行動に対して白石は、振り払われてもめげずにその手を伸ばし続けて。


「減らんやろうが!寧ろ俺の知的好奇心が満たされるっちゅーねん!」
「い、いやや、寄んな変態!!」


じりじりと、財前を壁際へと追い詰めて行った。
口では散々悪態をつきながらも、にじり寄ってくる白石に対して財前は為す術がなく。ただ自分と壁、そして白石と自分の距離を縮めるばかりで。
ごつんと、頭に鈍い痛みが響く。振り向かなくても分かる、壁にぶつかったのだ。目の前には楽しそうに目を細め、両腕をこちらへと伸ばした白石。まずい。捕まる。

そう思ったときにはもう、遅かった。



「つーかまえた。ほれ、観念して穴触らせろや」
「ほ、ホンマ止めてくださいってぇぇえ」


がしっと。右手で頭を掴むと包帯の巻かれた左手を、ゆっくり財前の右耳へと伸ばす。それ以上その手を見ていたくないとばかりに財前は、ぎゅっと目を瞑って、来るであろう衝撃に身を縮込ませていた。



さわさわさわ。



「ほぉー…なんや、こりっこりした肌触りやなぁ…」
「ちょっ…ホンマ、止めっ」



だが訪れたのは、予想もしなかったくらいに穏やかな感触。痛みとは程遠い、どちらかと言えば心地よさが勝るような触圧。


もみもみもみ。



「ちゅーか財前。耳たぶもっちもちで、めっちゃ触り心地えぇやん!こない穴開けてしもて…勿体ない」
「勿体ないとか、わけわからんっすわ!」
「まぁ、これもこれで、オツやけどなぁ…」
「ほんま…いやっすわぁ!」


続けて襲ってくる左耳への攻撃?を交わすこともなく。ただ白石の手によって与えられる刺激に身を委ねる。


「いやや何て言うて…ホンマは気持ちえぇくせに」
「そないなこと…ないっすわぁ…」
「ほーれ、ここが気持ちえぇんやろ?俺は、気持ちえぇで?」


身体の奥底へと息を吹き込むように、耳元で呟かれる。耳一帯を這うように吹きぬけて行った息と与えられ続ける刺激。それはまるで脳から背中を伝い、全身へと行き渡るように、財前の中を駆け巡った。普段全く縁のないような刺激に、白石の腕の中の後輩はみるみる、抵抗する力を失っていく。


「…よくピアスホールがせーかんたいやって聞くけど、ホンマなんかなぁ?気にならへん?」
「そないなこと、どうでもいいっすわ!ホンマ、マジ止めてください!!」
「そう言わんと。俺の知的好奇心満たすん、手伝ってくれるやろ?」
「い、いやっすわー!!」


言葉と共に、嫌々と頭を振ってみせるが、それも弱々しいもので終わる。思い切り振れば耳たぶだけを掴んでいる手なんて、簡単に振り解けるだろうに。そんな事を思うと、自然と口が弧を描いてしまう。
ホンマは気持ちえぇくせに。先程と同じ言葉を繰り返したことによって、ゆっくりと、だが確実に、財前の首が縦に振られそうになった瞬間だった。




「おっはよーさん!今日もテニス、いっぱいやるでー…って、二人とも、何でそない隅っこにおるんや。さっさとテニスしよーや」

「し、白石!?自分、何やっとんねん!さっさと光から離れろっちゅー話やぁ!!」

「あらあら…二人とも、真っ昼間からお熱いわね〜」



タイミングを見計らったかのように、がらっと、一気に引き開けられた扉と、なだれ込むように入ってきたチームメイトたちによって、それ以上財前の首が動かされることも、白石の知的好奇心が満たされることもなかったのだが。



「…今度ゆーっくり、俺の好奇心に付き合うてな?」

「……か、考えといたりますわ!」



その後しばらく、財前の耳を色取り取りのピアスが彩ることはなかったとか。
そして彼がピアスを着けない日数と比例するように、白石と財前の距離が縮まったことは、言うまでもない。











「…ちゅーような話を、今度から学内新聞で連載しよう思うとるんやけど。どう思う?」

「……なんすか、その、嘘だけで作られとるような話は……趣味悪っ!」

「やっだー蔵リン。やることがオッサーン!文章の中でもセクハラ魔なんね」

「ちゅーかそんなん読んで、喜ぶ奴がおるんか!?白石の白石による白石のためのセクハラやろ?つまらんわ」

「……クラスの女の子たちは、喜ぶばーい……ふふふ」

「千歳?どないしたん?腹でも痛いんか?」

「……謙也?さっきから隅っこで、どうした…ってぇ!何で鼻血吹いとんねーん!!」

「ず、ずまんっ!」

「これで鼻を拭きなはれ、謙也はん…」

「お子様謙也クンには、刺激強すぎたんやなー…よっしゃ!本人の許可も得たことやし、次の連載はこれに決定や!勿論、この話は事実に基づいて書かれていますって、注意書きも付けるで!」

「って!許可しとらんでしょうがぁ!!……ホンマ、やってられんわ!」





End.






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