「きょーはな、ユウ君の誕生日やねん。で、パーティやんねんえど、自分らも呼んだるわ。せやから自分らも準備の手伝いしろや」

スナック菓子の袋片手にびしっと、指差した財前くんの言葉に。
俺と小石川と忍足、そして千歳はただ、頷くことしかできなかった。





一氏ユウジの教訓





「ほんなら健坊と蔵リン、謙也クンはケーキ担当な。ほんで、千歳くんとうちが飾り付け。光はえぇ子やから、そこでじっとしとれや」
「なんで!俺かてちゃんとケーキ作れるもん!」
「……自分、絶対つまみ食いするやろ?せぇへんて言えるか?あぁ?」
「…ごめんなさい」


目の前で繰り広げられるコント(にしか見えないやりとり)をぼんやりと眺めていると。ほな開始!という小春の声と手拍子で現実に引き戻された俺たちは、彼の指示に従って、動き始めた。
ここはユウジんちの隣の家…つまりは、小春の家。部活に出てから帰ると言うユウジを置いて、さっさと帰ってきてしまった俺たちは今、小春の家のキッチンにいる。真ん中に据えられたテーブルの上には、ケーキ作りに必要であろう材料と、作り方の書いてある紙が一枚。
ほな、任せたでーと言い残すと小春は、千歳を連れてパーティの会場になるというリビングへと消えて行った。



「…さて、どないしたもんか…二人とも、どう思う?」
「俺甘いモン苦手やねんけどなぁ…取り敢えず、計量とかすれば、えぇんちゃうん?なぁ、忍足?」
「俺、男子厨房に入らず派なんやけどなぁ…」


紙に書かれた細かい文字を眺めながら、三人であーだのうーだの言いながらも。小石川の意見がもっともだということとなり。計量カップ片手に俺たちの初めてのケーキ作りが、始まったのだった。
一応レシピはあるし、成績はいい俺と小石川と、美的センスはいい忍足の三人がいるのだから、何とかなるだろうと、その時の俺はタカをくくっていた。ケーキなんて簡単に出来ると、お菓子作りを完全になめ切っていた。



その考えが間違いだったと、俺はすぐ知ることになる。


「えと…粉をふるうって、何やねん…袋ごと振っとけばえぇんか?」
「予熱?湯煎?なんのこっちゃ?」
「もったりとかサックリとかゆっくりとかシッカリとか…訳わからへんわぁ!!」


完璧に見えたレシピには、謎の暗号だらけ。それぞれが思った通りのことを行うが。



「…てかこれ、めっちゃ無意味な気ぃすんねんけど…」
「辞書辞書…えと、予熱っちゅーんは…」
「もぉ全部一緒でえぇわ!要は混ざっとればえぇんやろが!」


どう見ても、ケーキを作っているようには見えない。ただの滑稽な集団だ。
事実、最初はむーっとした表情をしながらも小春の言いつけを守り、椅子に座って足をぶらぶらとさせていた財前くんも、今は腹を抱えて笑い転げている。
いつもだったらそんな財前くんもかわえぇ!とか思っているのに。今日は殺意しか生まれてこない。ケーキ作り、恐るべし。


「…と、取り敢えず、これで焼けば、えぇんやな?そやな?」
「…たぶん。だいじょうぶやと、おもうで…」
「腕、めっちゃえらいわぁ…」


ようやく、粉やらどろどろした液体まみれになりながらも何とか完成させた生地を型に流し込むと。
オーブンの中へ、投入した。
生クリームは既製品が用意されていたから、あとは焼き上がるのを待って飾り付けをするのみだ。そう考えたら、自然と力が緩んで来て。馴れない仕事を終えた俺たち三人の身体はもうとっくに、限界を訴えていて。


「なんやねんこの匂いはぁ!!」
「事故!?事件!?どっちっちゃ!!」


血相を変えた小春たちが飛び込んでくるまで、俺たちはその惨事に気付くことはなかった。
財前くんは相変わらず笑い転げていた。あーまた殺意が…






「…何をどうしたら、ケーキ作っとってこないな惨事になんねん」
「すまんユウジ!堪忍な!!」


あの後、すっかり炭と化してしまったケーキ(になるはずだった物)をオーブンから取りだして。そのショックで誰もが項垂れているところに、一人元気だった財前くんがちょうど帰って来たユウジを、連れて来た。その時ユウジの後ろで「俺のこと仲間はずれにするからやー」と笑う財前くんに、生涯三回目にして本日三回目の殺意を覚えた。
そして今はユウジも含めた全員で。すっかり散らかってしまった小春の家のキッチンを片付けている。なんというか、本当に申し訳ない。そして本当に情けない。


「ケーキなん、簡単に出来るて、思うたんやけどなぁ…」
「そりゃ間違いやで、白石」


俺たちに背中を向けて黒い物体が飛び散ったオーブンの中を布巾で拭きながら、ユウジが話す。


「ケーキだけやないけどな。料理っちゅーもんは作ってくれた人の想いがめっちゃ籠うてんねん。こんなもん作りたいとか、誰かと一緒に食いたいとか、誰かに喜んでもらいたいとか、そういう想いがな」


その言葉に、俺たちはハッとする。
今日はユウジの誕生日で、それを祝う為にケーキを作っていた。

なのに俺たちは何とかなるとか、訳わからないとか、言ってばかりで。
ちっともそのケーキを贈るユウジのことを、考えていなかった。


一緒に食べて嬉しい相手がいることを、すっかり忘れていた。



「…ま、初めての料理なん、誰もが失敗するもんやけどな。これが分かったら、甘いモン嫌いやとか言うてないで、ちゃんと女の子らからのプレゼントも、受け取ったれや。少なくとも、自分らに食うてもらいたいて、想いながら作ったもんなんやから、な」



振り返ったユウジは、綺麗に笑っていた。
その笑顔につられるように、そして自分たちの行いを恥じるかのように。
俺たちも一緒に、笑った。いつの間にかあれだけ悲惨な状態にあったキッチンは、綺麗に片付いていた。



「んでここに、俺が自分らと一緒に食いたいなー思うて作った、ケーキがあんねんけど…」


そのタイミングで、ユウジが自分の荷物の中から小さな箱を取り出す。それに真っ先に飛びついたのは、もちろん財前くんで。


「ユウ君の作るケーキ大好きや!せやけどユウ君もめっちゃ好きや!!」


ユウジの腰にしっかりと抱きつき、満面の笑みを浮かべてケーキをねだる幼馴染を小春が引っ剥がし。


「…取り敢えず、リビングに移動しましょうか。話はそれからや」


本日の主役を、パーティ会場へと案内したのであった。






ユウジの作ったケーキは、売り物じゃないかと思うくらいに見た目が綺麗で。味も勿論美味しくて。
甘いものが苦手だと言った小石川も、これなら行けると取り分けられた分を、笑顔でぺろりと平らげてしまっていた。
皆がユウジのケーキを笑顔で食べて、そしてその腕を絶賛する。そんな俺たちの顔を見て、ユウジは満足そうに笑っていた。


「…なんや、この飾り付けよりもケーキんが見事過ぎてすっかり忘れてもうたけど…ユウ君、誕生日おめでとう。これ、うちらから」
「ん、おおきに。みんなも、おおきにな」


隣の部屋に置いてあったプレゼントを小春から受け取ると、その笑みはもっと深いものになって。


「俺も選ぶん、手伝ったんやで」
「そかそか。光、おおきに、ありがとう」


今まで何もさせてもらえなかった財前くんのアピールもしっかりと受け止めて。その頭をゆっくりと、撫でていた。そんな二人を見て、俺たちも自然と笑顔になっていた。
今度はちゃんと、心の底から嬉しいって気持ちに溢れている、笑顔だった。




その後、ユウジからケーキの作り方を口頭でだけど教えてもらって。今度一緒に作る約束も取り付けた。
俺、結構負けず嫌いやから、ケーキ作りも絶対マスターしたると言うと、皆笑った。




「ユウジ」
「ん?」
「改めて、誕生日おめでとさん」
「…おおきにな」




今日はユウジの誕生日。
だけどユウジに色々なことを教えてもらった、そんな一日だった。






取り敢えず今日の教訓。
料理は奥が深い。そしてそんな料理を作ってくれる人たちに、感謝。





Happy Birthday Yuji Hitouji!!








彼彼。



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