夢の中へ






「カーット!!!」




メガホンを通した部長の声が響く。同時に、師範の肩に乗せられたカメラが下ろされ、モニター周りに先輩たちが群がる。お疲れさんと、副部長に差し出されたタオルとスポドリを受け取りながら、俺たちもモニターの方へと歩み寄った。





夢の中へ




「あーワイもう疲れたわ…この、しーくれっとぶーつ?めっちゃ足痛なんねん」


ぽいぽーいと、音を立てるように足にはめられていた(履かれていた、と言うよりもこっちの方が正しいと思う)物体(シークレットブーツらしい)を投げ捨てる。それにユウジ先輩が「俺の傑作を!」と怒鳴ったが、誰もそれを気に留める者はいない。みんな、モニターチェックに大忙しだからだ。


「あー…ホンマかったるかったわぁ…ユウジ!作るんやったら、もっと足にえぇもん作ってや!」


さっきまで俺よりも高い位置にあった金太郎の顔が、途端いつも通り、俺より低い位置に来る。その様子に少しだが、安心している自分がいた。


「…完璧や…パーフェクツや…これで次の藤吉郎祭、優勝は間違いなしやで!!」


手にしたままのメガホンを震わせながら、部長が叫ぶ。モニターチェックをしていた先輩たちの顔もどこか誇らしげだ。その様子に、自分たちは彼らが求めていた演技が出来ていたことを、実感する。それは金太郎も同じだったようで、「やったな、ひかる!」と、いつものように笑った。






事の始まりは、数か月前。学園祭で俺たち男子テニス部が何をするかについて、話し合っているときのことだった。

ぶっちゃけなくてもそんなにやる気のない俺は、部長に見つからんように机の下で、携帯をいじっていた。だから、気付かなかったんだ。こんな展開になっているだなんて。しかも俺まで、巻き込まれているだなんて。


『はいはーい!うち、お芝居っちゅーか映画?撮ったら楽しい思いまーす!』


小春先輩がそんなことを言ったような気はする。だけどやっぱり俺には関係ないだろう、どうせ三年生と一部のやる気ある後輩だけで勝手にやってくれるんだろう。そう思って、俺の意識は全て、液晶画面上で楽しげに躍るペットに注がれていた。


『なんやそれ!めっちゃおもしろそうやん!よっしゃ、次の藤吉郎祭はそれで決まりや!』
『出来るか不安やけど、中学最後やしな』
『機材やったら氷帝の奴らに頼めば何とかなるやろ。よっしゃ、侑士に電話してみるわ』



和気藹藹。

そんな感じで話し合いは進んでいるようだった。あぁよかった、俺、巻き込まれそうにない。そう言えばそろそろ食事の時間だなぁと、お世話ボタンから食事コマンドを選び、必死に水あめを練っている最中のことだった。



『キャストはレギュラー全員や!文句は言わせへんで!!』




もう少しで、俺の気持ち(というかボタン連打した力)がこもった水あめが完成するって時に!部長の高らかな宣言が響く。その時はじめて、自分はもうとっくにメンバーに入れられていたことに気付いた俺は、携帯電話を落とした。液晶画面の中では、最大にまで膨れ上がっていた水あめが、音もなく落ちていた。あぁ、また練り直しだ。







それから今日まで。
部長と小春先輩が合作で作ったという分厚い台本?を渡された俺たちは、練習の合間や休み時間、休日なんかを利用して、少しずつ映画?を撮り続けてきた。嫌々参加していた俺だったが、NG出す度に厭味言われたり、ぜんざい取り上げられたりしたもんだから、途中からは真面目に取り組んでやった。俺がちょっと本気を出せば、演技くらいちょろい。

一番心配だった金太郎だったが。メインを張る俺たちに比べたら出番も少ないし、たこ焼で釣れば簡単に、部長や小春先輩が注文した通りの動きをしてみせた。次に心配だった千歳先輩も、練習や授業はさぼっても撮影をさぼることは、一度もなかった。珍しいこともあるものだ。

やっと撮影も終盤に差し掛かった頃、「何やスピンオフ的なもんもあった方が、おもろいんちゃうん?」という謙也先輩の思い付きのせいで、撮影量は大幅に増加し、俺たちの負担も半端なく増えた。
ホンマ、負担多すぎて。テニス部じゃなくて映研にでも所属してるんか?と言いたくなるような状況に、思わず逃げだそうとしたこともあった。だけどそんな時。



『まぁ、これが中学最後やからな。大目に見てやってくれや』


ぜんざいと缶しるこを持った副部長が、そんな事言ってきたもんだから。その顔があまりにも切ないっちゅーか優しいっちゅーか…兎に角、ここで嫌や!ということは簡単かもしれない。だけどそれは、人間としてしちゃいけないことだっていうことが、わかった。
そう言えば文化祭が終わったら、先輩らは完全に部活引退するんだっていうことを、俺はその時やっと思い出した。



「あとはこれ編集して、効果音とかつければ完璧やな!」
「そうね〜謙也クン、放送委員でしょ?何とかしてや」
「は?何とかって…俺一人なん、無理やろ無理!」


ぼんやりと。昔(というほど昔でもないが)のことを思い出している間、先輩たちはまだわいわいとやっていたようで。その様子は楽しそうだったけどやっぱりどこか、あの日の副部長と同じような…何とも形容し難い空気を、滲ませているようだった。


「謙也はん一人やったら大変やろう。ワシに出来ることがあったら、言うてくれ」
「俺も手伝うと。みんなでやれば、大丈夫ったい」


今となっては。
いつもだったら部長らの悪ノリを窘めるはずの師範が、一緒になって騒いだり無理なスケジュールを押したりしたことも。いつもだったら真っ先にサボるはずの千歳先輩が、一度もサボらずに撮影は真面目に取り組んでいたことも。
みんなこれが最後だって、心の片隅にあったからじゃないか、とか考えてしまうわけで。


「よっしゃ!二人が手伝うてくれるんやったら楽勝や!一緒に頑張ろうな!…ほな、編集はユウジと副ちゃんな」
「な!何で健二郎なんかと一緒やねん!小春と一緒がえぇわ〜!!」
「…悪かったな、健二郎“なんか”で」


謙也先輩が途中で撮影を長引かせるような思い付きを言ったことも。小春先輩のアイデアだからと、ユウジ先輩が小道具やら衣装やらを自ら作ったことも。逃げだしそうな俺に副部長が、フォローを入れてくれたことも。
全部少しでも長く、そして少しでも多く、俺たちと一緒にいるためだったんじゃないか、とか勘くぐってしまうわけで。


「ちゃんとみんな喜んでくれて、よかったな!」


そして隣でにこにこ笑っている幼馴染が滅多に文句も言わず、ここまでやってきたのも結局は、引退していく先輩らへの、せめてもの恩返しだったのかもしれない、とか考えてしまうわけで。


「金ちゃん!財前!こっから先のこと決めるで!さっさと部室入りや!!」
「ほらほら〜早うせんと、二人は当日の進行役にしてまうで?」


いつも以上にはしゃぐ部長も、言いだしっぺの小春先輩も。
せめて映像の中ではずっと色褪せず、思い出を残しておきたいと思ったんじゃないかとか、そんな先輩らはどんな気持ちでこの日を…撮影最終日を迎えたのかとか、色々と想像してしまうわけで。



なら、俺はどうなんだろう?俺はどんな気持ちで、この数か月を過ごして来たんだろう。
めんどくさい?かったるい?早く終わればいい?やりたくない?
どれも、一度どころか何度も思ったことだ。だけど、どれも当てはまらない気がした。



「…ひかる?何変な顔しとんねん。そない撮影、嫌やったんか?」


色々と考えていたら、付き合いの長い幼馴染に変な顔と言われるような表情になっていたらしい。あぁ、俺らしくもない。だけど指摘されたからって、もやもやが晴れるわけではなく、きっと表情だって、変な顔のままなのだろう。


「ワイは、めーっちゃ楽しかったで!」


そんな俺のもやもやを、知ってか知らないでか。
目の前の幼馴染は、それが世界の摂理だとでも言うように。それが本当に、当たり前のことだとでも言うように、笑った。よくこいつの笑顔は太陽みたいだって、言っている奴がいて。その度になにを馬鹿なこと言うとるんやって、思っていたけれど。

それはどうやら、事実のようで。




「…俺かて、楽しかったわ」



この数か月は、十四年という短い人生の中でも、ホンマ楽しかったって言える時間だった。
俺の中のもやもやを、綺麗さっぱり吹き飛ばして。心の中に埋もれていた、その答えだけを明るく照らして。



「そか、ワイと一緒やな」



金太郎は、また笑った。その顔を見た俺の表情はもう、変な顔なんかじゃなくなっていただろう。






「金ちゃんざいぜーん!えぇ加減にしなさい!」
「金ちゃんに光ーはよせんと、白石ホンマにキレるでー」
「そうよ〜早う来てくれんと、うちかて困ってまうわ〜」
「小春を困らすなん、百万年早いわぁ!さっさとしろ!」
「ユウジ落ち着けて…ほれ二人とも、そろそろ冷えてくるで、中入りや」
「健二郎はんの言う通りやで。風邪でもひいたら大変やで」
「そうっちゃ。おやつもあっとよ〜早く来るとよか」


部室の扉から縦一列に器用に顔だけを出して、こっちを見ている先輩たちみたいな顔を、しているんじゃないかって…あぁ、でもあんなにだらしない顔ではないだろうけれど。きっと同じような雰囲気を出せているんじゃないかって、思う。
本当、俺らしくもない。そんな風に感じてしまうことも、こんなことを考えてしまうことも、本当に、俺らしくない。



「ほれ、ひかる行くで!」



だけどまぁ、今くらいはいいだろう。ほら俺、まだ十四歳だし。若気の至りとかっちゅーことで、何年か先には笑い飛ばせる話なんだ。
そう思いながら、部室の方へと向かって走り出した金太郎の背を追い。俺の両足も地面を蹴り上げた。




俺が十四歳の、夏から秋にかけての出来事。
俺が、どんな時でも絶対に忘れなかった、大切な思い出。




End.






彼彼。



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