彼と彼らの日常。 「ほんなら改めまして。十年ぶりに全員集まれたことを祝して、かんぱーい」 小春の掛け声で、各々注文していたドリンクのグラスを宙に掲げる。だが俺は、そんなこと出来ずに、机とお友達になっていた。 だって、だってそうだろう?あの財前くんが、あの、小さくて可愛かった財前くんが… 「…えぇ加減、現実見ろや、白石」 「うっさい!こ、小石川にこの気持ち、分かるわけないわぁ!」 すっかり成長して、“青年”という形容詞が似合う人物になってしまっていたのだから… 小春の説明によると。高校卒業すると同時に本格的に渡米した財前くんは。そっちの食事がうまく作用したのか、それともただ単に成長期が遅かっただけなのか分からないが。高3の時のユウジもびっくり!な成長を遂げ。今では骨格もすっかり男らしいモンになってしまい、元より整っていた顔は、先ほど彼が来店した際にあがった嬌声が証明してくれているように、小石川以上のイケメンになっていた。 あぁ、何やねんこれ。別に、財前くんの成長が嫌なわけじゃない。ただ、十年前と変わらず可愛い財前くんに会えると、楽しみにし過ぎていただけだ。うぅ… 「ちゅーか財前、今何しとるん?」 「デイトレーダー」 「ふ、ふーん…まぁ、似合うとるんやない?」 しかも、デイトレーダーなんて…別に否定するわけじゃないけど、不健康な生活を…こんなんだったら、アメリカなんて行かせるんじゃなかった!そう思ったのだったが。 「…あと、金太郎の通訳とか。金太郎のツアー着いてったりとか、しとる」 そう言った時の表情が、どっか幸せそうだったから。俺の小さな願望は、ぐっと我慢することにしよう。話に出て来た金太郎君は、今では日本どころか世界を代表するテニスプレイヤーになっている。彼のおかげで昨今、自分の子どもにテニスを習わせる親が多いそうだ。 「そう言えば蔵リンて、今何しとるん?仕事で呼び出されたー言うとったけど」 「あー俺?児相でカウンセラーやっとんねん」 「え?」 小春だけでなく、俺の職業を知らんかった皆の目が丸くなる。まぁそうだろ。だって俺、弁護士になるんだって法学部行ったんだからな。 「自分、何で?」 忍足の途切れ途切れの言葉が、自分で今の状況を必死に理解しようとしているのであろうことを、容易に伺わせた。まぁ、驚いても仕方ないだろうし。十年前の俺が今の俺を見たら、絶対腰を抜かすか逆上して今の俺を、責めている。 「何で…て、言われてもなぁ…何となくかなぁ…何となく、子どもも味方に、なりたかったんや。自分なん必要ない言うとる子どもたちの、味方になりたかったんや」 小石川の方をちらりと見ると、少し気まずそうな、だけど嬉しそうな顔をしていた。 俺が児相で働こうと決めたこと、親から必要とされないと感じている子どもたちの味方になりたいということを、小石川には言っていた。その時も彼は今と同じような表情をしていた。 「…まぁ、別にえぇんちゃう。白石が、何しとったって…人に迷惑掛けとらんのやったら」 「…せやなぁ、光の言う通りや」 暫く沈黙が場を支配していたが、ぶくぶくとメロンソーダを泡だてて遊んでいた(こういうところは、ちっとも変わっていない)財前くんの言葉により、また和やかなムードへと戻っていく。 「おおきになぁ財前くん」 「別に、思うたこと言うただけや」 周りの会話が弾み出した頃、隣でパフェを口に運ぶ財前くんに礼を言うと。ぶっきらぼうにだが、言葉が返って来た。それが何だか、嬉しかった。ついでにパフェを一口分けてもらおうとしたが、それは全力で拒否された。……うん、こうなるってわかっていたけどね。 *** 「ちゅーか、誰も結婚しとらんの?こんなに人数おるんに?俺ら全員、アラサーなんに?」 追加で注文したピザを頬張りながら、悲鳴にも似た声を忍足が上げる。そう言われてみれば誰一人、結婚指輪も嵌めていなければ、結婚しました!的な連絡を受けてもいない。 このメンバーが集まると、すっかり高校生気分になってしまうのだが。考えてみれば忍足の言葉通りだ。俺の姉もとっくに嫁いでいるし。妹もそろそろ結納がどうのという話を、母親としていた。 「結婚と言えば健坊!あんた、めっちゃ見合い話あるそうやん。何にぜーんぶ断っとるそうやん!編集さんからのツテで聞いとるで。何でなん?」 小春が身を乗り出して、テーブルを挟んで反対側に座る小石川に詰め寄る。そう言えば小石川も、未婚だったよな。モテるだろうに。選びたい放題だろうに。勿体ない。 「小石川。好いとぉ人、おっとやろ?」 くすくすと笑いながら放たれた千歳の言葉に、小石川の目が泳ぐ。冷める前に俺も食べようと、ピザに手を伸ばしていた俺と目が合うと、彼は曖昧な笑みを浮かべて。 「それは…なぁ?」 同意を求めて来た。 何だ?この中じゃ一番、小石川と会っている自信はあるが、お前の好きな相手なんか俺は知らないぞ。それとも何だ?このピザ狙っているのか? 「何や?これは俺の分やで、小石川にはやらんぞ」 「…いや、なんでもあらへんわ、もう…はぁ」 何でため息やねん。辛気臭い。 そう思いながらピザを頬張る俺と、明らかに落胆している小石川とを、他の皆は交互に見て笑みを零していたなんて。目の前にあるピザを咀嚼することに一生懸命だった俺も、下ばかり見ていた小石川も気付かなかった。 *** 「ほな、またなー」 「また連絡するし、集まりましょーねー」 手を振り別れる。そうするとまるで学生だった頃のように、明日にでもすぐに、会えるような気がした。 帰る方向が同じだからと、小石川と並んで歩く。一番頻繁に会っている相手だと言っても、こうやって並んで歩くことは、ひどく久しぶりのように感じる。 「せや、さっき何で俺の方見とったん?そないピザ食べたかったんか?」 「あー…いや、そうやなくて…その、なぁ?」 何気なく放った疑問に、小石川はまた目をさ迷わせ、同意を求めるような顔をする。そんなことされても、俺はお前が何を望んでいるのかなんて、分からない。うーんうーんと、頭を動かしまくる俺、そんな俺を相変わらず、仕方ないなって顔をして見詰めてくる来る小石川。 そう言えば、最初もこんな感じだったな。ずっと俺たちは、こんな風に並んでいたな。 そう思ったら、俺の中で一つの答えが導き出された。それは今までの彼を見ていたら、至極当然の、結論。 「わかった!小石川、友達と離れるんが嫌なんやろ!結婚してもうて、俺たちと遊ぶ時間のうなってまうんが、嫌なんやろ!」 俺だって嫌やもん。 そう付け加えてやると小石川は、一瞬唖然としたように目を見開いてから。 「…まぁ。そんなもんやな」 そして笑った。釣られて俺も、一緒になって笑った。 三十間近の男が二人並んで、大声で笑いながら歩く。傍から見たらこんな時間から酔っぱらっている奴くらいにしか、見えないだろう。 だけど、何だか可笑しくて、嬉しくて、そして心地良くて。 そのまま二人、笑いながら想いで話に華を咲かせながら、まるで高校の頃のように並んで歩いた。 俺たちはもう、子どもじゃないし。それぞれが全く違う場所に立っている。 だけど今日、久しぶりに皆に会って、皆で揃って話をして。 それでも俺たちは、ずっとこうやって並んで歩けるんだろうなって、思った。 立つ場所は違っても、ずっとこうやって並んで歩けるんだって、確信した。 月が綺麗な夜だった。 End. Back |